【SSコン:段ボール】 封を開ける
「俺はダンボールだ」
そういった男はどこからどうみても人間だった。男はそれ以降、家の玄関の隅に黙って座っている。
「あなた……何をしているんですか?出てってください!」
何度そう言っても、男は三角座りのまま私を見つめるだけだった。周りから、肝が据わった人間だ、なんて言われる私でも流石にこの男は気味が悪い。やっぱり警察を呼ぶべきか……と、携帯を取り出した私。
「出ていかないのなら警察を呼びます。いいですね?」
「……呼んでもイイが、俺はダンボールだ。お前がオカしなヤツだと思われるゾ。」
「は?」
いやいや、お前は人間だろう。
「何を言っているのかよくわからないのですが。」
「ダカラ、言っているだろウ。俺はダンボールだ。」
ますます意味がわからない。普通、段ボールは喋らない。いや、男は人間だ、って何を言っているんだ私は?混乱する私をみて男はニタリと笑った。
「よく喋ル段ボールだロう?これは俺ダケ。でも、俺は段ボールだ。ソレ以上でもそれ以下でもナイ。」
「えぇっと、出てって…ください。」
「ドウして?」
人間が段ボールな訳がない。こいつは人間なのだ、それも、
「頭、おかしい……。」
「オカシイのはどっちだと思ウ?」
どっちだ?決まっている。
「頭がおかしいのはあなたの方です!あなたはどこからどうみても人間です。段ボールが喋ることもない!早くこの家から出てって!」
「俺はこの家に届けラレた荷物だ。出て行くコトはできない。」
__嘘だ。コイツは人間だ。頭があって、手足があって、口があって、目がある。
されどこの男、この異常者は本気でここから動く気はないらしい。そう、本気で自分のことを段ボールだと思っている。
それからコイツは一度も瞬きをすることなく私のことを見つめ続けた。一言も喋らずに。
それは、数秒間かもしれないし、数時間だったのかもしれない。
ふと、彼が棚の上にあったカッターに目を向ける。いつ荷物が届いてもすぐに開けられるように置いてあったものだ。
「あのナァ、そろそろ開けて欲シイんだが。」
__「え?」
「俺をいつマデも放置するつもりカ?」
「つまり、……あなたを開封しろと?え、何を、言っているんですか?」
開封しろと言っても、どう開けろというのか。そもそも開けて何になるというのだ。
「ニンゲンは荷物が来るとスグに開けるんだロウ?よく使われるのは…コレだ、コレなんていうんだ?」
そう言ってカッターを手に取り、私に差し出してくる。
「ま、待て待て待て!!バカなことを言うな!お前は何がしたいんだ?!」
「違うノカ?じゃあ、アノ細長い、先が尖ったモノを使うのか?」
「つか…使わな、いや、え__」
「使わないノカ?手で開ケルのか?」
開ける?人間を開ける?そんなことをしたら……考えずともわかる。
けれど。
真っ直ぐに私を見つめるソレは好奇に満ちている。目前に迫る無垢で無邪気な期待に息がつまる。
こいつは、人間なのか?
人間だ。
いや、人間では無い。
人間であってほしくない。
「……お前は、人間なのか?」
「俺はダンボールだ。」
そうか、きっと、私がおかしいのだ。
そうだ、きっとそうに違いない。
私はどう言うわけか段ボールが人間に見えているらしい。人間、いつ狂うかわからないものだな。
頭がおかしいのはこちらだったようだ。
「ハハッ…」
私は、差し出されたカッターを受け取る。
「ヤット開けてくれるノカ?」
届いた荷物を開けるのは至極当然のことだ。いつまでも開けないという方が稀である。少しいつもと形が違うようだが、問題ないだろう。
そして私はいつも通り届いた荷物を________。
不意に、インターホンが鳴った。