【1章5話:専属メイド・ツグミ】
海上要塞都市・ハジマリに転送されるためにはけっこう面倒な手続きが必要である。
目的や渡航理由はもちろん、現住所やハジマリでの住居も記載しなくてはならない。平和の街は治安を保つための努力は欠かさないのだ。
現実世界でも海外に行く際はパスポートや、手荷物検査等、面倒な手続きを要するだろう。
異世界でも海上要塞都市・ハジマリに関しては面倒な手続きが求められるそうだ(異世界キャプチャ調べ)。
しかし俺は当然のように手続きなど済ませているはずもなく、ホームレス状態だった。
「実はハジマリには強制的に転移させられたんだ。だから本当は手続きを踏んだ転送はされていなくて俺は寝場所がない・・・・・・」
俺は半ば本当、半ば嘘をついた。アマーサは俺の言葉で「敵の転送魔術で俺がハジマリに飛ばされた」と解釈するだろう。
しかし俺の言葉はそういう意味合いではなく、「何者かの神的な力によってハジマリに転移した」という意味だった。
「じゃ、じゃあ最初に会ったときに転送されて来たって言ってたのはやっぱり嘘だったの!?」
「ああ、初対面の人に事実を言うのはまずいと思ったからな」
ハジマリへの不法侵入が発覚した場合は逮捕され、最悪処刑され、死ぬ。
アマーサに事実を伝えて通報でもされたらまずい、と俺は思って初対面のときは嘘をついたのだ。
「だけど今はアマーサは信頼できるパーティーだ。だから本当のことを言おうと思った!」
「も、もう・・・・・・。信頼できるなんて照れちゃうよぉ」
アマーサはもう俺に対して上からなことを言うことはないだろう。
本当に親密になれるパーティーメンバーができて良かった。
決闘に勝ってアマーサがこんなにもかわいらしくなるのなら、賭けをした甲斐があったと感じた。
これからも異世界での鍛錬を頑張っていこう。
「カイトがどんな敵と戦ってたのかはわからないけど、敵もカイトの強さを恐れて平和の街に送ったんでしょうね!」
「あ、ああ。そうかもな」
アマーサは笑顔で俺のことを褒め称える。
本当は戦闘経験はアマーサとしかないが、俺としても勘違いをしてくれた方が助かるため、彼女の笑顔に戸惑いながらも俺は否定をしなかった。
「わかったわ! エルフの屋敷も空いてる部屋がたくさんあるし、カイト一人くらい泊めても大丈夫よ!」
アマーサは手をパンと叩いて、俺の提案に乗ってくれるのだった。
「あ、あと、カイトとも一緒にいたいしねっ! も、もちろんパーティーとしてねっ!!」
「ありがとうアマーサ。これから長い年月を一緒にしていこうな!」
「え、そ、それって・・・・・・」
「もちろんパーティーとしてな!」
「そ、そうよね。あはは、一緒に頑張りましょ!」
アマーサが一瞬悲しそうな表情を浮かべていたが、すぐに明るい表情に戻った。
「長い年月って言ったら何年くらいかな? 最低でも300年くらい??」
「俺はアマーサみたいなエルフじゃないからそんな長生きできねえよ!」
あははは!
俺たちはお互いに笑い合った。
◆ ◇ ◆ ◇
俺たちは宮殿の正門に向かった。
宮殿の正門に到着すると、
「お、お帰りなさいませ、お嬢様っ!」
小柄なメイド服を着た少女がお迎えをしていた。
髪はアマーサのように派手ではなく、暗めの紫色のツインテールである。
声色や雰囲気、セリフに詰まっているところから、内気なイメージを感じた。
アマーサとの決闘に情報リソースを割いていたため、俺はメイドの詳細な情報などあまり覚えていなかった。後でしっかりと確認しておこう。
「お、お嬢様。その変な服装をした人は・・・・・・?」
「いきなり初対面の人に変な服装だなんて言わないの! ツグミ、あなたは本当に気が回らないわね!」
「も、申し訳ございませんっ!」
しょんぼりしたようにツグミと呼ばれたメイドは俺とアマーサに謝罪する。
というかアマーサも初対面で変な服装って言ってただろ・・・・・・。
まあそんなこと指摘しても話が進まないので俺は自己紹介をする。
「俺はカイト。今日からアマーサとパーティーを組むことになった! だから空き部屋を提供してくれると嬉しい」
「ぱ、パーティーメンバー!? お嬢様、ついに自身よりも強い人を見つけたのですねっ!」
ツグミというメイドは大きな瞳をキラキラさせてアマーサを見つめていた。
どうやらアマーサにパーティーメンバーができたことを相当喜んでいるようだ。
「そ、そうよ。と、ところであなたもちゃんとカイトに自己紹介しなさい!」
アマーサは少し照れているようだったが、すかさずメイドに自己紹介を催促した。
「は、はい! 申し遅れましたカイト様! わたくし、アマーサ様の専属メイドのツグミと申します! よ、よろしくお願いしますっ!」
ツグミはぺこりとお辞儀をする。
「ああ、こちらこそよろしく!」
メイドのツグミか・・・・・・。
異世界キャプチャに書いているかもしれないが、メイドはアマーサの補助的役割だ。
だから異世界キャプチャにもモブキャラ程度の扱いでしか書かれていないのかもしれない。
「ツグミ。私は身支度を済ませてくるからカイト君を空き部屋に連れて行ってあげて」
「はい、かしこまりました! カイト様、わたくしに付いてきてくださいっ!」
ツグミは下から見上げるようにして、俺に屈託のない笑顔を浮かべる。俺は頷いた。
初めてカイト様なんて呼ばれて照れてしまう。
「それじゃあカイト君、また食事の時間になったら呼ぶからとりあえず部屋でゆっくりしてて!」
「ああ、ありがとうアマーサ」
アマーサは彼女自身の部屋に戻り、俺は自分の部屋へと案内される。
異世界キャプチャにそのような情報が書かれていたため、俺はアマーサといったん別れて、ツグミに部屋を案内してもらうことにした。
「それにしてもカイト様はお強いのですね。アマーサ様が認めることなんて初めてですよ?」
「アマーサの実力は俺もわかっているよ。エルフの中でも相当優秀らしいな」
「はい、アマーサ様はエルフ族でも片手に数える程の実力で、〈期待の新精〉なんて呼ばれています!」
「へえ、初めて聞いたな」
異世界キャプチャでは〈期待の新精〉なんて言葉聞いたことなかったが・・・・・・。
「まあわたくしが勝手にそう呼んでいるだけですけどねっ」
「ははっ。そりゃあ初めて聞いて当然だったな」
「カイト様もそう呼んだら良いんじゃないんですか?」
ツグミは俺に笑いかける。
「じゃあそうしようかな。期待の新精、すごい良いネーミングセンスだと思うよ」
「あ、ありがとうございますっ!」
どうやらツグミは内気ではあるが、冗談などは言えるようだった。
現実世界でコミュ障を発揮して、何もおもしろいことを言えないことがある俺とは大違いである。
「ですがアマーサ様はわたくしのことをあまり好いていないようですけどね・・・・・・」
ツグミは寂しげに独り言をぼそりと呟くのだった。
彼女の心情や心境は俺にはわからない。
下手に聞いたら墓穴を掘ることだってあるかもしれない。
だからツグミとの深い会話は彼女の情報を調べてからにしようと考えた。
「ここがカイト様の部屋です。ゆっくりごくつろぎ下さいっ!」
いろいろ考えているうちに俺の部屋に到着したらしく、ツグミが部屋の扉を開いた。
「ああ、ツグミ、ありがとな!」
ではごゆっくり、とツグミは言って部屋の扉を閉めるのだった。
とてもきれいな部屋でベッドも大きく、装飾品は高そうなものばかりが並んでいた。
すげえ・・・・・・。
俺は一国の王子様になったような気分だった。
エルフ一族にとってはたいしたことのない部屋なのだろうが・・・・・・。
「キャアッ!」
俺が部屋の絢爛さに感動していると、廊下からツグミの声が聞こえてきた。
俺は扉を開けて、部屋の外を見渡すと、ツグミが転んでいた。
「・・・・・・」
「・・・・・・申し訳ございませんカイト様! お恥ずかしいところをお見せしてしまいましたっ!」
ツグミはとても照れた様子で、ピューとすばしっこく俺の元を去った。
するとまた俺の見えないところでツグミは「キャア」と声を上げていた。
どうやらまた転んでしまったようだ。
・・・・・・。
ツグミはドジっ子メイドのようらしい。
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