404.臨機応変な作戦変更は現場の特権よ
「俺が餌かよ」
「最適でしょ?」
不満そうなヴィネを連れ、オリヴィエラは林の入り口で微笑んだ。気の毒そうな顔だが、ロゼマリアは口を挟まない。魔族の常識が少しわかってきたのだ。
人間相手だと非常識で異常なことも、魔族はさほど気にしない。元から体の作りも考え方も異なるため、それを否定せず受け入れることを学んだ。
足元をじっと見つめ、ヴィネは溜め息をついた。拾った枝で魔法陣を描き始める。ウラノスのように容易に使いこなす域に達していないため、空きスペースで空間の座標計算をする。何度か検算して確認し、魔法陣に追加した。
「じゃあ行ってくる」
「魔力を抑えめにね。攪拌は私がやるわ」
「俺が脱出してからにしてくれよ?」
あっという間に作戦を共有した。というより、攻撃パターンが近いタイプなのだ。互いにどうしたいか、自然と察していた。転移魔法陣で地下空間へ飛んだヴィネを見送り、オリヴィエラは地下水の誘導を始める。複雑な魔法陣を地面に貼り付け、中央に座って魔力を注いだ。
「話しかけても平気かしら」
「構わないわ」
ロゼマリアの声に、オリヴィエラは笑顔で返す。事実魔力を注ぐだけの作業なので、この場から動かなければ問題なかった。
「地下の魔物をどうやって誘き寄せるの?」
「あのミミズもどき、正確な名前は忘れたけど……エルフの魔力が好きなのよ。若いエルフの瑞々しい魔力を感じると、見境なく襲いかかるわ」
「そんなっ! 大丈夫かしら」
「平気よ、エルフの方が強いもの。ただ時々逃げ損ねるエルフもいるみたい」
曖昧に濁したのは、人間や他の魔族との間に生まれたハーフの存在だ。魔力の種類は似ているが、圧倒的に量が少ない。そのため大きな魔法を使えず、森から離れた場所にいると食われることもあった。
エルフは森の番人であり、管理人だ。生まれながらに持つ属性や特性も、森に関する魔法に特化していた。森がなければ、彼らの力は半減する。だが……ヴィネは違った。彼はハイエルフだ。森があれば最強だが、離れていても緑があれば操れた。
人工的に作られた庭だろうと、雑木林程度の小さな緑であっても。ハイエルフなら力を引き出せる。その意味で、ヴィネは最適だった。若いハイエルフの魔力を感知すれば、ミミズはこぞって集まる。
「先に水が来ちゃったわ」
地下水を一時的に迂回させて時間を稼ぐ。巨大な地下空洞に、ミミズが近づいていた。ふと思いつきで、地下水を細く網目状に大地へ染み込ませる。大河の大きさで引っ張った水を、細い水路に流すイメージだ。網で空洞を覆うように水を行き渡らせた時、大地が振動した。
「きたっ!」
ドンっ、大きく揺れた地面にヒビが入る。続いてオリヴィエラの足元が崩れ始めた。大地の内側へ吸い込まれるように、地表の木々が倒れていく。
「ロゼマリア、背に乗って」
駆け寄ったグリフォンが頭を下げ、跳ね上げるようにロゼマリアを回収した。そのまま空へ舞い上がる。直後、雑木林があった大地は空洞を押しつぶす形で陥没した。




