385.不正は根から排除しなくてはならぬ
吸血種の残虐さを理解しているつもりで、実際のところ分かっていなかった。青ざめたアガレスはふらふらと戻ってくる。止めても自分の目で見るまで納得しないだろうと好きにさせたが、妙なトラウマにならねばよいが。
口元を押さえて青ざめた宰相に眉を寄せ、オレは溜め息を吐いた。人間はぜい弱な種族だ。強かでずる賢い面も併せ持つが、ドラゴンの力強さもグリフォンの打たれ強さもない。力加減を間違えると潰しそうな彼は、少しすると崩れ落ちた床から立ち上がった。
「見苦しい様をお見せし申し訳ございません」
謝罪する余裕を持ち直し、静かに頭を下げる。ぽんと肩を叩いて気にするなと示し、文官が集う区域の廊下を先に進んだ。執務室を出たオレは、過去に処理された書類を数枚手にしていた。不自然な金の流れがいつから起きていたのかを調べるためだ。
手元にあった数週間分はアガレスとアスタルテが処理した。抜き出した不正の中に長期計画がかかわる書類が混じっていたのだ。それを追いかけなくては、不正を見逃してしまう。
過去にすでに失われ、取り返しがつかない金だとしても見逃す理由にはならなかった。公正な裁きは当然必要だが、公金は税金だ。徴収された民の血税を無駄に使うのは許されることではなく、失われた金額も補えばよい話ではなかった。
二度と同じ不正事件が起きぬよう、原因を調査する。複数の部署で確認しなくては承認されないシステムを作るのだ。もちろん完璧にこなせる者が1人ですべて管理すれば、人件費や無駄は大幅に削減できた。それは働く文官の仕事を奪い、人間の自立心をつぶす。
誰かに頼れば自分は働かなくても生きられる状況なら、魔族であれ人であれ働かくなるのは必然だった。多少の人件費の無駄は、チェック体制の強化と働く意欲や人間の生活の確保という部分に注げばよい。
集められる税金の一部は、王城に住まう者の生活費に充てられる。それは国民により王族が生かされるという意味だ。対価として王族は矢面に立ち、民を守る義務を負った。これらの仕組みを理解せぬ王は国を亡ぼす。
さかのぼった不正書類を手に執務室へ戻ったオレが椅子に座ると、リリアーナが足元に座った。ずっと無言で後ろに付き従った彼女は、慣れた様子で足元に絨毯を敷いて膝をつく。柔らかく毛足の長い絨毯にぺたりと足を開いて座り、機嫌よく尻尾の手入れを始めた。
金額を誤魔化したと思われる場所を特定し、印をつけていく。簡単だが面倒な作業が終わる頃、部屋はやや薄暗くなっていた。食事を抜いたと気づいた途端、足元のリリアーナを思い出す。確認すると横になり眠っていた。
長い金髪を床に散らし、大切そうに尻尾を抱きしめている。表情は微笑んだように柔らかく、その表情にオレの口元も緩んだ。起こすのは可哀想だが、夜に腹が減って目が覚めるのも嫌だろう。起こすと決めて立ち上がろうとして……なぜか、暗くなる部屋でしばらく彼女の寝顔を眺めていた。




