380.しぶといのも強者の条件だ
マルファスに回復の兆しが見られた。双子が勝手に飲ませた試験薬とやらが効いたらしい。材料を確認したククルが「劇薬じゃない!」と声を荒げたが、成功したこともあり叱りすぎないよう声をかけた。
駆け出したアガレスが崩れるように膝をつき、感激して泣き出す。人間の文官出身者同士、やはり同族の無事は感動したようだ。肩を叩いてからマルファスと視線を合わせる。先日のぼんやり濁った目と違い、理想の国家づくりに邁進していた頃の輝きが戻っていた。
「しぶといのも強者の条件だ」
よく戻ったと、その精神力を褒めると瞬きした瞳にじわりと涙が浮かんだ。その姿にもしかしたらずっと意識があって、伝えられないもどかしさを感じていたのかと思い到る。どんな強者でも生き残らなくては価値がない。そう告げたオレにマルファスは再び瞬きで答えた。
記憶落ちの実は、魔族なら記憶を消す効果しか出ない。人間に使った事例を聞いたことがなく、このように動けなくなる症状は初めて知った。今後のために資料を残すようアナトに命じる。こういった文献を記すことは、魔王の治世が安定していた証拠となる。後世で役立つこともあるだろう。
「マルファス、生きてたんだね」
近づいたリリアーナは、思いのほか優しい手つきでマルファスの額に触れた。少し考えて、ククル達に駆け寄った。
「マルファスは洗った方がいい」
……それは臭うという意味か。気づかなかったが、竜種は爬虫類を先祖に持つため臭いに敏感だ。彼女がそう言うなら、とオレは浄化を掛けた。魔法による浄化は、服や装飾品など肌に触れたものにも適用される。
寝かせた長椅子ごと浄化したため、リリアーナが興奮して手を叩いた。
「すごい、臭くなくなった」
「リリー、そういう時は綺麗になったの方がいいと思う」
笑いだしそうな顔で口元を手で押さえたククルが、震える声で提案する。注意より柔らかい表現だったためか、リリアーナは素直に受け取った。
「うん、きれいになった。もう臭くない」
どうしても臭いの話は含まれるようだ。この状況にマルファスは瞬きを頻繁にして、抗議する姿勢を見せた。だが双子は腹を抱えて笑い出し、オレも口元を緩める。マルファスが生きているからこその言動だ。失っていたら、臭いどころの話ではなかった。
「これは僕が持ち帰る」
なぜかククルがしっかり腕を回して所有権を主張する。誰も反論しないのを確認し、ククルは満足そうに担いだ。小柄な少女姿だが、神族だった彼女は本来成人女性だ。それでも違和感のある光景だが、彼女の馬鹿力は前世界で有名だった。
「きちんと世話をしろ」
「うん! ありがと」
本人の意思確認は、後日で構わないだろう。気に入ったから巣に持ち込むのは、竜種を含めて魔獣系の特徴だ。魔族に落ちてからのククルは魔獣に近い言動が多かったので、オレはさして気にしなかった。羨ましそうに見送ったリリアーナが、そっと袖を摘まんで引っ張る。
「あのね、私もサタン様の世話する」
「好きにしろ」
嬉しそうに笑ったリリアーナの頭を撫でてやる。誰かの真似をしたい年頃なのか。深く考えずに返答し、手元の書類を一通り確認して署名した。顔を上げると、リリアーナは左右に大きく尻尾を振りながら待っている。尋問という名の拷問に向かったアスタルテはまだ戻らない。ここで待っても仕方あるまいと頷き、彼女が望むまま腕を組んで執務室を出た。




