377.本人の責でないことを責めても仕方あるまい
捕まえたエルフは、アスタルテが引きずっていった。尋問するというので、同行しようとした子供達を全員引き留める。トラウマになる光景が繰り広げられるからだ。夜中にトイレに一緒に行ってくれとククルに泣かれた経験があるオレとしては、これ以上被害者を増やす気はない。
「私は大人ですので」
そう言って青年姿のウラノスはいそいそと彼女を追った。有能な右腕アスタルテの残酷さは、前世界の部下ならよく知っている。嫌そうな顔で見送ったククルは、行きたそうに扉を見つめるイシェトを呼び寄せた。
「絶対に見ない方がいいよ」
自らの過去を振り返り、きっちり危険を言い聞かせる。双子はそれほど衝撃がなかったと嘯くが、一週間ほどの間アスタルテに近づかなかった。
「リリー、まだ唸ってるの?」
「だって……取られるもん」
ぷくっと頬を膨らませて唇を尖らせた黒竜の娘は、ぎゅっとオレの手を掴んで離さない。戻ってきたイシェトを威嚇する様は、嫉妬で毛を逆立てる子猫だった。ぽんと頭を叩いて気を引き、イシェトを視線で示す。苦笑いするククルと双子に手招きされ、わずかに距離を詰めた。
「取られないよ、だってイシェトはアスタルテがいいんでしょ?」
「え?」
頬を染めて仲良くなりたいと呟いたイシェトを見るなり、リリアーナの尻尾がぶんと大きく左右に揺れた。機嫌は直ったらしい。人前で尻尾を隠せるようになった彼女だが、これがあると感情がわかりやすいと告げたら毎日出しっぱなしになった。
人が来たらしまうと言うので、好きにさせている。外に尻尾を出した姿が本来の人化なのだから、その方が楽だろう。魔族ばかりのこの城で、そこまで人の姿にこだわる理由もあるまい。アスタルテも牙や爪は長いまま、双子も背中に翼を出していた。
リリアーナだけが我慢する必要はない。皆にせがまれ、魔王らしい外見を保つよう望まれたので、オレも翼と角は出すことになった。すっかり人外の住処だが、それでこそ魔王城と名乗るに相応しいだろう。ドワーフ達は環境が気に入ったと住み着く勢いだ。
「な……仲良くしてあげる」
歩み寄りを見せたリリアーナが手を伸ばすと、イシェトが嬉しそうに笑った。子供の諍いは終わったらしい。結局、何が気に入らなかったのか……さっぱり理解できなかった。
「マルファスの処遇は……その」
アガレスが心配に表情を曇らせて声をかける。
「問題ない。記憶落ちの実は解毒剤があるからな」
準備に多少時間がかかるが、薬草の採取はヴィネが担当して調合はウラノスに任せる。後遺症もなく元に戻るだろう。そう説明してもアガレスの表情は晴れなかった。
「不手際の罰は……重いのでしょうか」
なるほど、部下の処遇を気にしたのか。よい上司になったようだ。項垂れる宰相は、処分される心配で顔を上げられない。普通の人間なら自らに連帯責任が及ぶことを心配するが。
「本人の責でないことを責めても仕方あるまい。マルファスの罰は、仕事に励むことで償わせる」
大臣職はそのまま、体調が戻ったら仕事を精力的にこなすことが罰だ。そう告げた途端、アガレスはほっとした顔で膝から崩れ落ちた。




