268.配下の変化と努力は褒めるべきだろう
アースティルティトは補佐に徹し、アガレスが持ち込んだ大量の書類を捌いていく。彼女の情報処理能力は優れているが、来たばかりの世界では過去の知識がそのまま適用できず、余分に時間がかかったとぼやいた。かなりの手際の良さだが、当人は不満らしい。
「あの……邪魔していい?」
ククルがひょこっと顔を覗かせる。ノックもしないあたりが、ククルだ。過去に執事だった男が何度も注意したが、家族に会うだけだと突っぱねていた姿を思い出した。
「構わん」
許可を出すと、ぞろぞろと入ってくる。許可を得たのはククルだが、当然のように双子がついてきた。そこまでは想定内だが、着替えたリリアーナとクリスティーヌが手を繋いで顔をだし、ウラノスまでちゃっかり続いた。
現在、船着き場のキララウスの現場にいるロゼマリア、オリヴィエラ、マルファス以外はほぼ揃った。アルシエルは身体が鈍ると言い残し、狩りに出かけたので留守だ。ぞろりと揃った魔族を見回す。それなりの広さがある執務室がやけに狭く感じられた。
「どうした」
誰も口を開かないので促せば、リリアーナがもじもじしながら一回転する。何かを見て欲しいと強請る所作に、彼女の姿を眺めた。先ほど乱れていた金髪は綺麗に結い上げられ、ワンピースも着替えている。ふわりと裾が舞って、すらりとした健康的な足が膝まで覗いた。
「似合う?」
「ああ。似合う」
事実なので淡々と返す。感情があまり乗らない声にも、彼女は嬉しそうに頬を緩めた。そこでさらに気づく。いつも足元で床を叩いていた感情豊かな尻尾がない。
「尻尾を消したのか」
驚いて指摘する。アルシエルはごく当たり前に消していたが、ドラゴンにとって尻尾は特別だった。常に側にあり、人間が手足を消せと言われるのと同じくらい身近な存在だ。それを魔力を操って上手に消したとしたら、かなり努力が必要だろう。
「気づいた!」
嬉しそうにクリスティーヌが手を叩き、指導したウラノスが孫娘に大きく頷いた。ククルと双子がハイタッチで喜ぶ。どうやらオレが気づくか試したらしい。
手招きすると素直に寄ってくる無防備なリリアーナのため、執務机を回り込んで視線を合わせた。撫でてやろうと伸ばした手だが、折角綺麗に結い上げた髪を崩してしまいそうだ。引っ込めるのも変だと思い、その手で彼女の頬を撫でた。甘える子猫のように両手で掴んで頬ずりする。
ひとしきり撫でてやれば、満足そうに手を離した。
「こちらでも人たらしですか」
呆れたと言わんばかりのアースティルティトが呟くと、ククル達がくすくすと忍び笑った。意味が分からず眉を寄せて、不快だと示す。しかし彼女らは楽しそうだった。
「こちらの書類に署名なさったら、彼女達と視察か散歩でもどうぞ」
首のネックレスに触れながら、アースティルティトが休憩を勧める。窓の外はまだ明るく、書類整理を始めてからさほど時間は経過していなかった。しかし、彼女の手際の良さでほとんど終わりに近い。側近の勧めに従い、オレはリリアーナ達を連れて船着き場の視察に出ることにした。