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262.最後の希望だからこそ約束できぬ

 僅かな財、資材や家畜を含め、国民の半数が犠牲となる。家畜も大半が埋まり、牧畜を営むことが困難となった。このままでは国が滅びてしまう――しかし他国と隔絶されてきたキララウスは、助けを求める先がない。他国と外交を結んでこなかったため、逃げ場がなかった。


 民の命を優先し、国土を捨てる覚悟を決めた国王により、準備を始めるのは……国が崩壊する寸前だった。スライマーンは後悔が滲んだ顔で、ひとつ大きな息をつく。


「そんなとき、バシレイアの魔王陛下の評判を聞いたのです」


 少しでも麦などの食料を得ようと、一番近いテッサリアへ家畜のチーズを持って出向いた者が、噂を持ち帰った。テッサリアの麦を荒らそうとした軍事国家から、バシレイア国王たる魔王陛下が守ってくださったと――人が治めるテッサリアと同盟を結ぶ魔族の存在に、キララウスは希望を見出したのだ。


「ご迷惑なのは承知で、崩れる山から逃げてきました。我らはもう、帰る土地もないのです」


「……不躾な質問に、お答えいただいたことにお礼申し上げます」


 文官として、次期大臣が決まっているから、マルファスは何も約束できなかった。己の小さな約束が、キララウスの希望になると知っている。だからこそ、実現できるかわからぬ約束は口にしなかった。


 絶望した民に期待を与え、それを覆すほど残酷な仕打ちはない。かつて自分達が置かれた状況で身に染みたからこそ、口を噤む。王族ゆえに聡いスライマーンは、それでいいと頷いた。


 交渉は国王である父の役目だ。要求を出し、それに対する見返りを示さなくてはならない。どんなに困難であっても、それが敬われる存在の対価だった。民を食べさせ、安全な場所で守り、一族の血を存続させる。スライマーンも王族として覚悟していた。


 バシレイアは最後の希望なのだ。


 ばさりと翼の音がして、グリフォンが新たな荷を運んでくる。それを受け取るキララウスの民が、嬉しそうに頭を下げた。備蓄の食料を家族構成に合わせて配給し、民は量や種類に文句を言わずに受け取る。善良な民であるからこそ、痛ましさにアルシエルは同情した。


 天災は魔族にとっても危険だ。森が火事で焼失すれば、エルフや魔狼は生活に困る。ドラゴンも寝床の岩場や狩りに使う山が吹き飛べば、しばらく不自由するだろう。侵略なら対抗できるが、大自然相手に何ができる? 圧倒的な物量が違い過ぎて潰されるのがオチだった。


「ちょっと! あんたたち、暇なら手伝いなさいよ」


 人化して麦の分配を手伝うオリヴィエラに叱られ、神妙な顔で俯いていた男達は苦笑いする。慌てて駆け出すマルファスが分量を計算して、人数で割る。手伝いを始めたアルシエルは、重い物を率先して運搬した。


 手分けして汗を流す現場は、魔族を区別しないキララウスの民と一体になり、賑やかな夜営テント周辺では子供が遊び始めた。逞しくも慎ましい山の民は、船から下ろした家畜に水を与えて休ませながら、国王の持ち帰る成果を待つこととなった。

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