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230.犠牲の上に立つ者が背負う覚悟

 アガレスはモノクルの縁に触れながら、報告書を読み上げた。ビフレスト国において王族を民が排除したことも、逃げ出した貴族がユーダリルやイザヴェルへ向かった話を淡々と語る。


「手を打ってよろしいでしょうか」


「ああ」


 頷いて承諾を示す。魔力の大量消費で怠さの残る身を椅子の背に預け、眉を寄せた。ユーダリルとイザヴェルにとって、ビフレストの元貴族に利用価値はない。おそらく国に入る前に惨殺され、迷惑料がわりに彼らの資金を回収するだろう。それを横から奪おうとは思わなかった。


 ビフレストからの賠償金の一部だが、すぐに別ルートで回収できる。あの2つの国が()()()()()()、金など戻ってくるのだ。彼らが賢く立ち回る心配は不要だった。本当に賢い指導者がいる国は、軍事国家になどならない。


 民は国の宝であり、財産だ。民のいない国王など存在しない。その原理を彼らは理解していなかった。民はいくらでも生まれる消耗品だと思っているからこそ、軍事に国家予算の大半をつぎ込むような愚かな政策をとる。


「難民の受け入れに関し、一部の地区から要望が出ております。取りまとめておきました」


 先読みする宰相の差し出した案は、新たにできた湖の開拓地にグリュポスの民を優先して入植させるものだ。オアシスとなる豊かな土地を、先に割り当てるつもりだった。


「なるほど。箱の大きさは決まっている、か」


 好ましい方法ではないが、難民の数が多過ぎる。選民意識の高い大国の民は、貧しい暮らしに耐えられない。豊かなバシレイアの民から奪い、自分達の利益や食料を確保しようとするのは目に見えていた。


 それらの騒動を防ぐ目的が含まれた案は、人間が考えたとは思えない残酷な意図を含む。人間を上から選別し、自分達にとって都合の良い数だけ残すための(ふるい)だった。


「私は幻想は見ません」


 アガレスはきっぱり宣言した。全員を助けられる、そんな都合のいい幻想は存在しない。守るべき自国の民と、戦を仕掛けた民が両手にぶら下がる現状で、どちらかの手を離さねば全員が共倒れになるのだ。


 どちらの手を離すのか、先に決めておくのは人の上に立つ者の義務だった。選ぶ権利ではない。手を離した者の、消える命を背負う覚悟でもあった。


「オレもだ」


 奇遇だと喉を震わせて笑い、手元の資料を引き寄せた。さっと目を通し、僅かに考える。頭の中で計算されていく未来を、アガレスはただ無言で待った。何度も計算し、見直し、別の策を探っても完全な解決策は見出せない。打開策があるなら、示して欲しかった。


「多少、軽減する策はある」


 すべてを助け切ることは不可能だ。両手で掬った水が指の間から溢れるように、どうしたって救えない命は存在した。それを否定しないし、落とした命の価値を無視もしない。地図を引き寄せ、川の流れを変更する案を書き込んだ。


「……これなら損失は半分程度でしょう」


 納得した様子のアガレスに頷く。人間である彼では思いついても、実行する手立てがない。しかし魔王であり、魔法が使える魔族ならば、抜け道を作ることが出来た。


「ウラノスとアルシエルに任せる」


 優秀な魔法陣の使い手と、強大なブレスを放つ黒竜王を選んだオレに、アガレスは「承知しました」と頭を下げる。顔をあげた彼の表情は、提案時より綻んでいた。

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