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210.主君の不興を買うこともあるまい

 テッサリア国上空で、黒竜王は旋回した。眼下に広がるは、小麦の豊かに実った美しい景色だ。穂が重く垂れ、風が吹くと緩やかに波のように揺れた。


 食料であるという以前に、この穏やかな光景を守れと命じられた事実を噛み締める。人々の営みとともにある麦の穂を守るのなら、当然この国の民も傷つけずに助けねばならない。人間という卑小な生物を、あの魔王は守る気があるようだ。


 かつて仕えた魔王は、人間と魔族を分離しようとした。特に危害を加えたわけでもない人間から、一方的に憎まれ攻め込まれる状況を憂いた。一部の魔族が暴走するのは、人間側も同じだ。よい行いを心がける者もいれば、他者を傷つけ奪うことを生業とする者も現れる。


 互いに長所も短所も受け入れる余裕があれば、魔族と人間は共存できるだろう。そんな世界を夢見ながら、前魔王は対立を避けるために拒絶を選んだ。


 距離を置くことで魔族と人間の衝突を防ぐ。その方法しか選べぬ己を悔やみながら、優しいあの人は凶刃に倒れた。あの時の絶望は今も忘れられない。だから遺言を守って、彼女の遺児を育てた。己の子を犠牲にしても、魔王の命令を優先したのだ。


 群れに馴染めず痩せ細った彼女に居場所を与えるため、異世界からきた勇者候補を殺すよう命じたのは記憶に新しい。あの時選べた最良の策は、娘リリアーナの運命を変えた。


 異世界から来た魔王に従う。本来は勇者を召喚するはずの魔法陣だが、繋がった世界に勇者に該当する者がいなかったのだろう。最強の存在を強制召喚した人間の愚かさは笑えない。


 どうして無理やり呼ばれた者が協力してくれると思うのか。命懸けで魔族最強の王と戦うと信じられたのか。


 黒竜の革を纏う新たな魔王から感じるのは、圧倒的な魔力と威圧――思いがけぬ優しさだった。度量の大きさもさることながら、彼に敵う魔族はこの世界にいない。あの男になら、己のすべてを捧げて悔いはなかった。


 一声高い声で鳴き、麦畑の向こうに見えた土埃へ向かう。ユーダリル国の象徴である黄色い布を首や鎧に巻いた兵が押し寄せた。その数はざっと二万ほどか。自国を守る兵力を残し、余剰戦力をすべて投入したらしい。


 早々に裏切ったグリフォンは今頃、聖女の末裔とともに侵入者を始末している。我が娘リリアーナは魔王の側に、そして俺は同盟国の救援に……魔王サタンの采配に無駄はなかった。


 急降下した腹や目を狙い、矢が放たれる。どうやら魔族が介入することは想定していたらしい。矢が届かないと気付けば、彼らは麦畑に散った。混乱なく攻撃体制に入ったユーダリル軍の上を飛びながら、作戦を練る。


 このままブレスで片付ければ、勝敗は一瞬で決まる。しかし麦畑の一角に入り込まれたため、焼き払えば麦に損害が出る。初めて任された仕事で損失を出し、主君の不興を買うこともあるまい。


 小さな蟻を1匹ずつ狩り出すのは骨が折れた。炎、氷、水は使えない。ならば選べる手段は限られるが、確実な方法を選べばよい。


 まだ若いグリフォンや娘には思い付けぬ、年の功で戦果を見せてやろう。長寿ゆえに魔力操作に長けた黒竜は、黒瞳でぎろりと地上を睥睨し、複雑な魔法陣を空中に描いた。

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