11.まずは足元から片づけるとしよう★
整った顔を涙に濡らし、彼女の口は開かれる。語られたこの国の実情は酷い物だった。
数年前から王侯貴族が富を独占し、己の欲を満たすために税金を引き上げたのだ。民は日々の食事にも困窮し、奴隷のように自由もなく働かされた。そうして吸い上げた金で肥え太った特権階級が集う王宮は、飢えた国民をよそに暴食を貪る。
国力は下がり続け、魔物の防衛に回す金まで使いこんだ貴族の提案で、今回の召喚が行われたという。異世界から勇者を呼んで戦わせ、用が済めば始末する――数えきれないほど行われた悍ましい現実。
声を震わせながらこの国の罪を告白し、ロゼマリアは地に頭を擦りつけて詫びた。
「あなた様を巻き込んでしまい、申し訳ございません、私も驕っていたのです。あなた様が指摘されるまで、異世界の方の置かれる境遇を理解していなかった。本当に……お詫びで済むことではございませんが、なにとぞ、民だけはお許しください」
「いえ、姫様は他の貴族と違います! ご自分の宝石やドレスを売り、国民に施しをしてこられたではないですか」
侍女が彼女を庇う仕草を見せた理由がわかった。王族の一員である彼女は自らに与えられた物を売却し、その金で食べ物を施したのだろう。投げ出された白い手に目をやる。
「なるほど、ご立派なことよ。王族として持つ最大の権力を行使せず、優しい顔を見せて民に施したのか。与えるだけの施しに、民を救う力などない。お前がしたことは独り善がりの自己満足に過ぎぬ」
絶句した侍女とロゼマリアに、まだ理解しないのかと眉をひそめた。
「王族ならば、自己犠牲の方法はいくらでもあった。幸いにしてお前の外見は整っておる。有力な貴族に取り入り、減税を条件に嫁げば、どれだけ多くの民が助かったか。お前は一番簡単で美しく見える方法しか選ばなかった。手が届く範囲の数人を助け、国全体を見捨てた女が、何を憂い嘆くのか。お前の嘆願など、オレには関係のない話だ」
「姫様は! そんな方ではありません。身を削るようにしてっ、民を……」
びたん、隣で尻尾を振るリリアーナが不思議そうに呟いた。
「でも、ご飯食べてたでしょ? 私は獲物とれない日もあったけど、あなたは毎日食べた。だからふっくらしてる。その隣も同じ。サタン様の言葉、間違ってない」
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ずっと袖を握って離さないリリアーナの手は傷だらけだ。庇護する親のない子竜が、自力で餌を取って食べ、必死に生き抜いた証拠だった。目の前で伏した女達の手は、傷もあかぎれや痣もない。宝飾品こそつけていないが、白い手に苦労の跡はなかった。
施しすら自分の手で作って与えたわけではない。身の回りの物を処分して金を作っただけだった。リリアーナの指摘は、子供故に歯に衣着せぬ率直な言葉ばかりだ。
「……本当ですわ、私……非礼に非礼を重ねて、こんなこと」
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ぽろりと涙が零れる。考えたこともなかった。王太后である祖母から「民に施しをするのは王族としての嗜みであり、慈愛を示す行為」と教えられて育った。以前は予算が組まれた孤児や不遇の人々への施しが途絶え、真っ先に手を付けたのは己のもつ宝石やドレス。これらを売れば、民に食事を与えられる。
拝むように感謝されて、心のどこかで優越感に浸ったのだ。自分は慈愛溢れる美しい存在なのだと……そんな自惚れを一刀両断に切り捨てられ、ロゼマリアは心の片隅で安堵していた。
これでもう、偽善を取り繕わず済む。己を偽って美しい姿を保たなくても、構わないと。
「他の王族はどうした?」
「すでに逃げました」
金品を抱えられるだけ馬車に放り込み、取る物も取り敢えず逃げた。残ると告げたロゼマリアと、数人の侍女を残して王宮に人はいない。がらんとした王宮の中で、塔が崩れる姿を見た。世界が終るかのような光景に、ロゼマリアは己の命を含めたすべてに諦めがついた。
「致し方ない。まず足元から片づけるとしよう」