牛鬼登場でござる
「お前、鬼武者のくせに小娘相手に逃げて来たんか!」
日本テクノロジーコーポレーション本社ビルでは、黒瀬が鬼塚と川島に助けを求めに行ったのだが、逆にキレられてしまっていた。
「しかし奴は強すぎます。太刀筋が全く見えなかったんです」
「あの澤田ちゅう奴は、どないした?」
「奴なら、真っ先に逃げて行きました」
鬼塚は、アイコスを吸いながら思案している。
また厄介な相手が現れたもんだ、一般の鬼を守るための鬼武者が逃げ出すとは。
俺は、今までの平穏な生活に満足していたのに、会社のお陰で金は腐るほどあるし。
「なんで、アイコスなんか吸ってるんです?」
黒瀬が不思議そうに聞いて来た。
「ヤニが付くのが嫌なんや、と言うか、そんなんどうでもエエねん。とりあえず、お前は3ヶ月の減棒処分や」
「そんなぁ、死ぬ思いをして来たのに」
「うるせぇ!鬼武者が3人がかりで、小娘一人から逃げて来るとは前代未聞や!本当はクビにしてやりたいんやが、組合がうるさいから減棒で済ましてやるんやで、ありがたいと思って、トットと失せやがれ!」
鬼塚は怒鳴って黒瀬を追い出した。
「クソっ!あの給料泥棒が」
「社長、どうします?」
同席していた、川島がたずねる。
「新しい転生者っていうのは、かなりの手練らしい。こりゃ本物の殺し屋が必要やな」
「本物と言いますと?」
「牛鬼や、確か営業部に居たやろ」
「ああ、営業部の若林ですね」
「なんや、牛鬼は若林と名のってるんか?」
「そりゃ、牛鬼のままだとマズいでしょう。しかし、牛鬼が最強レベルの殺し屋だったのは、奴の祖父までですよ。奴は仕事は優秀ですが、戦闘には向かない優男です。今回の任務は無理でしょう」
「まだ本来の力が覚醒して無いだけやろ。大丈夫や、その若林に殺らせろ」
「どうしてもと、おっしゃるなら、ねんの為に黒瀬ともう一名、鬼武者を付けますよ」
「ええよ、黒瀬は転生者の顔を知っとるしな」
若林は、黒瀬と杉本という鬼武者に昼食を誘われ、オフィス近隣の定食屋に来ていた。
「黒瀬さん、僕にはそんな任務は無理ですよ」
「わかってる。しかし社長命令だ、やらない訳にはいかないだろう」
黒瀬は、虎之助の強さを身を持って知っており、この3人では、とても倒せないことを一番、理解している。
「若林は見てるだけで良いよ、俺と黒瀬で殺るから」
杉本は鬼武者らしく自信まんまんである。
一番若い若林は、戦闘経験もなく、見るからに優男である。
自分一人で充分だが、黒瀬も居るのであれば楽な任務だ。
楽観的な杉本を見て黒瀬は、虎之助に会う前の自分を見ているようで、哀れに思えた。
「ヤバい!」
黒瀬は、とっさに顔を伏せた。
2つ隣のテーブルで、小次郎と虎之助が定食を食べていたのだ。
気づかれ無いように、店を出なければ。
「お主は黒瀬じゃないか、その2人は友達でござるか?」
黒瀬の願いは、むなしく、すぐに虎之助に見つかってしまった。
「同僚と後輩だ」
黒瀬は、小声で応える。
「姉さん、そいつら何者なんですか?」
小次郎も、こちらのテーブルにやって来た。
「拙者のLINE友達でござるよ」
若林が興奮気味に
「この娘、黒瀬さんの知り合いですか?紹介して下さいよ」
と、いきなり頼みこんで来た。
「お前、姉さんに手を出すつもりか?」
若林を脅すように、小太郎が言った。
「良いじゃないですか、別にアンタの彼女じゃ無いんでしょう?」
「なんやと、この野郎!俺の彼女や無いけどダメや!」
小太郎は喧嘩ごしである。
「おい、若林。もう止めとけ」
黒瀬が注意した。
「なに言ってる黒瀬、その男を拙者に紹介するでござる。LINE交換するでござる」
虎之助はLINE友達が欲しいようである。
「姉さん、知らない男性に、むやみに連絡先を教えちゃダメですやん」
「そうでござるか?」
「そうですよ、また桜田刑事に怒られまっせ」
「あの意地悪な女か。じゃ、止めるでござる」
「ちょっと待て。桜田刑事って、こいつが社長の言ってた転生者なのか?」
虎之助たちの会話を、黙って聞いていた杉本が驚いて、たずねた。
しかたなく、黒瀬は小声で
「そうだ」
と答える。
黒瀬の返事を聞いて、小太郎も気付いたらしく
「お前ら、鬼やったんか!こんな所で飯なんか食いやがって!」
小太郎が刀に手をかけた。
戦闘態勢に入った小太郎と杉本に向かって
「待て、待てお前ら、こんな所でやり合うな。場所を選べ!」
黒瀬は慌てて、2人を止めた。