鬼武者でござる
梅田の高層ビの最上階で鬼塚がくつろいでいると、部下の川島が男を一人、連れて来た。
「なんや。そいつは誰や?」
「一般の鬼で澤田と名のっています。なんでも、15人の鬼の仲間が転生者に殺られたので、逃げて来たそうです。我々に助けを求めているのですが、どうされます?」
「15人かぁ。相手は何人や?」
「4人と一人です」
「なんじゃそりゃ?」
「5人を殺ったのが4人で、10人の戦闘部隊を殺したのが、一人の転生者です」
「なんや、そういう事か」
鬼塚はアイコスを吸いながら思案した。
確かに我ら鬼武者は、昔から一般の鬼を守る役割である。
大企業の経営もしているので、戦闘でも経済的にも、一般の鬼たちを保護するように、先祖代々、言い伝えられている。
だが、リスクは犯したくない。
この『日本テクノロジーコーポレーション』は、ネット通販や携帯電話事業を手掛け、業績は国内でも、最大手になるほどに成長してきた。
転生者は鬼族全体のために抹殺しなければならないが、警察に目を付けられたくはない。
「そうや。あいつ何ていったかな?仕事はイマイチだが戦闘能力が高い鬼武者がおったやろ?」
「黒瀬ですか」
「そう黒瀬や。あいつに他の鬼武者を、2人ぐらい付けてやったら大丈夫やろ」
「わかりました。お前、鬼武者を3人出してやるから、その転生者どもを抹殺してこい」
「ありがとうございます。鬼武者が居れば、あんな奴らどうって事ありません」
澤田は、転生者に復讐できるこを確信して喜んでいる。
「ところで、貴方は、なぜアイコスを吸っているのですか?鬼は肺癌にならないのに」
澤田は、ふと疑問に思った。
「普通のタバコは、部屋や服にヤニが付くから嫌なんや」
鬼塚は、面倒くさそうに答えた。
「虎之助の様子はどう?」
桜田刑事が宿舎の様子を見に来た。
先日の件で虎之助は、現場に遅れた罰として宿舎の掃除・洗濯を一人でやらされていた。
「意外と真面目にやってるが、どうも気になる」
左近は、鬼の戦闘部隊が全滅していたことが腑に落ちないようだ。
「あの件は、今調査中よ。そのうち鑑識からなにか報告があるわ」
桜田刑事が奥へ入って行くと、虎之助が古臭いエプロンを付けて掃除をしている。その姿は、まるで大正時代の若い女中さんのようである。
「がんばってるようね、虎之助」
「あっ。お主は、意地の悪い桜田刑事。拙者、がんばっているので磔獄門だけは、許して下され」
「誰が意地が悪いですって!」
「間違えたでござる」
「何をどう間違えたのよ!せっかく服を買いに連れて行ってあげようと思ったけど、止めとくわ」
「服は欲しいでござる。拙者、服を買ったことが無いでござる」
女性の転生者は虎之助が始めてなので、とりあえず桜田刑事のお古を着せていたのだが、虎之助の方が華奢なので、少しダブついている。
「仕方ないわね、じゃ行きましょうか。ただし、今度、私のことを意地悪とか言ったら、市中引き回しの上、打ち首にするからね」
「わかったでござる。拙者もう言わないでござる」
桜田刑事と虎之助が、ショッピングセンターで服を選んでいると、2人に気付かれないよう、4人組の男が少し離れて付けて来ていた。
「この胸に巻くブラジャーとやらも、買って欲しいでござる。お主がくれたのは大き過ぎて動きにくいでござる」
「そうね、アンタならこのAカップで良いんじゃない」
「そうでござるね、拙者ならこのAカップというので充分でござるよ」
「じゃ支払いして来るから、アンタはここで少し待ってなさい」
「わかったでござる」
4人の男たちが話し合っている。
「やつ一人になったぞ、どうする」
「どうするも、こんな人混みでは、どうする事もできん。しばらく付けるぞ」
黒瀬は慎重である。
4人の男たちは、虎之助を抹殺するために呼ばれた鬼であった。
「そんな事しなくても、いい方法があるでござる」
虎之助が提案する。
「どんな方法だ?」
黒瀬は聞いた相手の顔を見た。
「うあっ!コイツいつの間に!」
虎之助が、すぐ横に居たので驚いた。
他の3人も驚いている。
4人が放つ殺気に気づき、虎之助の方から接触して来たのである。
「拙者、連絡用にスマートホンを持たされているので、LINEの交換をするでござる。これで連絡して邪魔が入らない所で死合うでござる」
「LINEでか。罠じゃないだろうな?」
澤田は疑っている。
「罠でもかまわん。来る転生者が多い方が好都合だ。まとめて始末できるからな」
黒瀬は自信まんまんである。
「では、拙者は行くでござる」
「虎之助、ドコ行ってたのよ!探したじゃない」
桜田刑事は怒っていた。
「申し訳ない。友達ができたのでLINE交換してたでござる」
「ともだちって、女の子?」
「30歳ぐらいの男だったでござる」
「アンタ身体は若い娘なんだから、変な人とLINE交換しちゃダメよ」
「気を付けるでござる。帰ってAカップのブラジャーを、着けてみたいでござる」
「そうね、もう帰りましょう」
その夜、廃校のグランドでは、鬼武者たち4人が虎之助を待っていた。
「場所は本当に、ここで合ってるんだろうな?」
黒瀬は少しイラついている。
「あってるはずだが遅いな。スマホで連絡してみろ」
「わかりました」
澤田がスマートホンを取り出そうとした時、虎之助が現れた。
「遅れて申し訳ないでござる」
「お前、一人で来たのか?」
「一人でござる。なかなか宿舎から抜け出せなくて苦労したでござる」
「鬼武者さんたち、頼みますよ」
澤田は、少し後方に下がっており、始めから逃げ腰である。
「なにをビビっておる。貴様、鬼武者が3人がかりで負けるとでも思っておるのか!」
黒瀬が澤田に怒鳴っていると、パタッ!と音がした。
振り向いて見ると、連れて来た2人の鬼武者が首を切り落とされ倒れている。
「ひいっ」
澤田は、いちもくさんに逃げ出した。
「待て!逃げるな貴様」
黒瀬は焦りながら、特注の細長い金棒を、かまえた。
「では、いくでござる」
虎之助が向かって来る。
転生者とはいえ、こんな若い娘に殺られる訳にはいかない。
カキッ!
虎之助の一撃を、なんとか受け止めた。と思ったら、腹部を深々と切られていた。人間なら致命傷である。
黒瀬は腹部を押さえながら
「待て!またLINEする、勝負はお預けだ」
「どうしたでござる?なにか急用でござるか」
「ちょっと上司から呼び出しが」
と、適当な言い訳をして、スマホで上司と話すフリをしながら逃げて行った。
一人廃校に残された虎之助は
「急用なら、仕方ないでござるね」
と、刀を鞘に収めた。
宿舎に帰ると、無断で外出したことがバレており、虎之助は桜田刑事と左近に怒られてしまった。
「勝手に夜一人で外出しちゃダメでしょう!」
「友達からLINEがあって、呼び出されたでござる」
「友達って女の子?」
「オッサッ、いや女の子でござる」
「今、オッサンって言いかけなかった?」
「女の子でござるよ」
「お前、鬼を切って来たな」
沈黙していた左近が口を開いた。
「そんなこと、してないでござるよ」
「鬼の情報は、ちゃんと私たちに報告するのよ」
桜田刑事は、プリプリ怒っている。
「承知したでござる」
ーーこの娘からは血の匂いがする。本人は否定しているが、確かに鬼を切って来たな。いったい何者なんだーー
しおらしく返事をする虎之助を、左近は疑いの目で見るのであった。