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また出会い、別れる

作者: 雪吹つかさ







 わたしはそいつの事をセイと呼んでいた。本名が誠次だから頭だけとってセイ。男友達にはもじってまこと、とかまーとか呼ばれていたのを聞いた覚えがある。わたしが言うのもなんだがそれは不憫じゃなかろーか、なんて思ったけど本人は笑っていたのであった

 そんなセイとは幼馴染み――腐れ縁というやつで、小中高とずっと一緒だった。セイは明るくて、お人好しで。誰かに利用されてしまう事もあったけど自然と人が寄ってくる不思議なパワーを持つやつだ。小学生の頃から野球好きで、わたしを何度も誘ってきた。わたしは野球が好きではなかったものの、楽しそうにバッドを振ってははしゃぐそいつに誘われる度に入っていた。中学高校では部活で入っていた辺り本当に野球が好きだったのだろう


 幼馴染だからと色んな事に巻き込まれる事もあった。男子達の抜け出し事件に始まり、壮大な計画と称された修学旅行先での単なるお遊び、闇鍋大会、紙飛行機を長く飛ばせるかの実験、チキンレース。わたしの周りの友達は完全に呆れていた。わたしは巻き込まれてばかりだったけど、セイが憎めない奴で最初は怒ってもついつい許してしまうのだ


 そんなセイが、わたしの隣にいた

 わたしはまだ暑かったから、半袖に短パンという格好をして家のベランダに出ていた。ペットボトルのジュースを片手に持って、外の気温に耐える準備をしているからベランダに出ていても問題なしだった



「最近またあっついねー」


「九月とは一体。秋だよな、九月って」


「どうなんだろ……。何にしても最近は暑いよ」


「……でもあれだよな? 何ていうか忘れたけど……そろそろ涼しくなるんだろ?」


「さあ。そうだといいなー」



 多分慣用句のなんちゃらというのをセイは言いたいんだろうけど、今パッと思い浮かばないから流しておいた。そこでふと思い出す。確か冷蔵庫におやつになりそうなものがあったんだ



「そうだ。おはぎあるんだけど食べる?」


「おはぎ? あんこはあんまり好きじゃないなぁ」


「そっか。無理ならいいけどさ」



 結構セイの事は知っていると思っていたけどあんこは好きじゃないらしい。そう言えば今まで甘い物を食べているところをあんまり見たことがなかったなあ

 セイが食べないならわたしも食べないでおこう。中に戻りかけた足を戻してベランダの縁に片腕を置いて外の景色を眺める。空は夕暮れの色に変わって来ていた。太陽が沈んでくるとさっきまでの暑さは少し和らいだ。それでも長袖を着る程ではない。マシになっただけ


 セイを横目で見てみる。小学生の時と違って男らしくなって、腕とか肩とか足とか――――とにかく筋肉がついた。なのに一つも汗をかいていなかった。ちょっとだけ羨ましいとか思ったりして。目線を空に戻した



 ――陽が沈むなんて、なんてことはない日常的な光景を二人で眺め続ける。こんなにも日暮れの空を眺めるのは初めて。日常的だけど幻想的。それでいて夕方というのは不思議で、不気味さも兼ね備えている。夕方は欲張りだ

 そんなバカな事を考えていたらセイが空に背中を向けた



「セイ?」


「そろそろ俺行くよ」



 一瞬で言葉が喉で止まって出なくなる。セイはあっさりとしているけどこうして会って話すのは実に久しぶりだ。それなのにまるで明日も会えるみたいに言う



「そ、そんな急ぐ事ないじゃん。もう少し話そうよ」


「でももう暗くなるし、行くよ」


「……せっかく久しぶりに会えたのに」


「そうだったっけ? なんかお前と会うとそんな気がしないや」



 笑ってそう言うセイに眉間に皺が出来てしまう。笑い事じゃない。不満を顔に出して訴え続けるけどセイはどこか承諾してくれそうな空気じゃなかった。だからなんとなく、続きがわかってしまう



「でも、やっぱりもう行かないと」


「……そっ、か」


「また会えるよ」


「そう、だよね。うん……またね。セイ」


「ああ。次に会えるのは……春くらいかな」


「半年くらいだね」



 わたしと違って曇りのない声に、わたしは空だけを見る。とても見ていられそうになかった。いなくなるのが見えてしまうのは嫌だったから



「あ、そうだ。どうせならあんこより野球の話とかがいいな。野球部がどうなったかとか」


「……わたし野球部じゃないし」


「それから炭酸とか」


「いつものヤツ? それならまあ買っておいてもいいけど」


「ありがとな。じゃあ、またな」



 最後に後ろからかかった声にわたしは振り向かなかった

 もう声が聞こえなくなって、すっかりぬるくなったペットボトルの蓋を開ける。蓋を回して開けて一気に飲んだ。半分くらいまで減ったジュースの蓋を閉める

 せっかく取り込んだ水分は、目から出てきてしまった


 ――セイの隣は心地良かった。とにかく楽しかったのだ。私にとってはそれが当たり前だった

 周りを巻き込んで照らす明るさとそれが当然のように誰かを助けるお人好し。見ていて気持ちいいと思うこともあった

 だから、セイが溺れた子供を助けてそのまま帰らぬ人になったと聞いた時も「ああ、セイらしいなあ」なんて思ってしまった

 でもすぐには信じられなくて、夏休みを終えて登校した時に周りが火が消えたようになっているのを見て漸くセイがいないことがわかった


 なのにここ数日は姿を現した。いつもどおりに

 そして、消えてしまった



 ――ああ、やっぱりセイはもう。

 ……でも



 『また会えるよ』



 なんて呪いじみた言葉。でも安心する言葉

 そんな事を言われたら次を期待してしまう。日常ではなくなってしまったけど、それが少し――ううん、かなり淋しいけど。また出会える。それだけは嬉しかった



「……野球部覗いてあげようかな」



 そして春にはぼたもちの代わりに炭酸を用意してあげよう。春夏秋にしか会えない幼馴染に

 炭酸ジュースを飲みながら野球部の話でもしよう


 冬を越したらまた会おうね、セイ


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