βとμとαの登校中 1
β「まだ少し肌寒いな...冬はもう過ぎたんだが」
冬服を身にまといながらも手をすり合わせる。四月にしては思いの外気温が低い。そういえば昨日の天気予報でそんなこと言ってたな、と思い出し、空を見上げ、納得する。それでも寒いことに変わりはないけどな。
空は雲が殆ど無く、まさしく晴れ、と言っていい天気を告げているように見える。
中学校と高校は、家を挟んで反対側に位置するで、家を出た時点でθとはお別れになる。『θ「なんでお兄ちゃんと一緒に学校行けないの!?」』って去年から愚痴を何度も聞いたのは良くも悪くも頭にこびりついて離れない。
β「ん?....これは....」
通りなれた通学路を通っていると、背後に何か気配を感じる。誰かに付かれているようだ。感じる気配からして一人だな。それも感じなれた雰囲気。
こう見えて、俺は敏感な性格なのだ。こうしてのんびり歩いているうちも、俺の第六感は無意識にアンテナを張り続けているようだ。そんな第六感が、『今は焦るな』と伝えてくるので、俺は後ろに強く突き刺さる視線を、全く気づいていないかのように、歩くテンポを一切変えずに歩き続ける。こちらから何もしなければ相手も行動を読もうとして慎重に動こうとするものだ、いわゆる....あれだ、一触即発だ。だから、俺は振り返りもせず歩き続ける。
傍から見れば両者共に怪しく見えそうな謎の距離感を保ちながら、第六感による次の行動の伝達を待つ。四月なのに寒いとか、そんなことはもうどうでも良くなっていた。あ、言っておくが、第六感は別に違う人格とかじゃないからな?本当だぞ?てか、誰に向かって喋ってるんだろうか、俺は(笑)。おっと、そうこうしてるうちに。
β「よし.....逃げるか」
そう俺が思うのと、俺の足が行動に出るのと、後ろの誰かさんが走りだすのは、ほぼ同時だった。道行く人は少ないから、思う存分走れる。準備運動をしていないせいで、足がうまく動かないが、まあ、なるようになるだろう。あと、地味に荷物が邪魔だ、いっそのこと置いて行きたいが、時間的にそんな暇はないので、そのまま走り続ける。
?「.....っ!」
道を曲がる。荷物に少し振り回されそうになりながらもペースは落とさないように。相手も必死に追いかけているのがよく感じ取れる。早いところ振り切らないと体力的にも気力的にもこっちが先に負けそうだが、これは長期戦になるかもな.....
β「朝から散々だな.....こりゃ学校着いたら寝ることになりそうだな.....というか.....」
走りながら後ろを振り返る。そこには誰もいない。
β「振り切ったか.....」
これで一安心だ、走るのも疲れたし、いい加減のんびりしたいぞ........そう思って再び前を向き、俺の脳は足に止まるように指令を出す。しかし...
β「んん??.......おおわあぁぁ~~~!!」
ドーーーーン!!!
そう効果音を付けたくなるような豪快な衝突を通学路のど真ん中で経験した俺は、その衝突のせいで朦朧とする頭を働かせながら、現状を整理する。
一つ。登校中に何者かに追われる。二つ。逃げていたらいつの間にか振り切った。三つ。誰かと派手にぶつかった。四つ。なんか顔に柔らかい感触が.....あといい匂い。(今ココ)
β「いっつぅぁぁぁ........ハッ!!?」
光の速さ、いや、音速、でもない。まあ、とにかく素早く。俺は体を離す。一瞬、離れたことを後悔したような、してないような。一瞬だからどっちか分からないけど、まあ今はいいか。別に、柔らかい感触が名残惜しいとか、甘い匂いをもっと嗅いでいたいとか、そんなことはこれっぽっちも。うん、これっぽっちも思ってない。断言するぞ。本当だぞ!...うーん?.......だから俺は誰に向かって喋って......って、今はそんなこと考えてる場合じゃない!とりあえず、
β「す、すいません!!ちょっと急いでいたもので、注意が足りなくて....あの、お怪我はありませんか?一応絆創膏はあるのですが」
頭を抑え、似合わない丁寧な敬語で謝罪をする。我ながらとんでもないことをしてしまったと反省する。相手がお年寄りだったら怪我だけじゃすまなかっただろうに。車とかバイクとかなら尚、厄介になっていたこと間違いなしだ。未経験でもそのくらいは察せる。俺だって馬鹿じゃないし。かといって頭が良いともいえないけどな。ん?何だ?もし相手が老人だったら柔らかい感触とかいい匂いとかどうなんだ、だって?誰だよそんなこと言った奴。そこは察してくれよ、そういう思考になるのはお決まりかもしれないが、だからこそ俺は考えないようにしてたんだよ...そのせいで余計に意識を...ってそうじゃなくてだな...今はそんなこと考えるんじゃなk
?「どうして逃げたのよ~、おかげで疲れちゃったじゃないの」
その一言は思い耽っていた俺を現実に引き戻すのに十分だった。顔を上げ、相手をよく見てみれば、そこには.....
β「えっ?...なんだμ先輩じゃないですか。心配して損しましたよ」
μ「なんでそういうこと言うのよ、あなたって私に対して本当にデリカシーが無いのね、お姉さん、悲しくて泣けてきちゃうわ、グスン...」
β「もう嘘泣きには引っかかりませんよって、本当に泣いてる!?ああ、すいませんでしたよ、悪かったですから、泣き止んでください。確かに言葉は悪いかもしれないですけど、元はといえば、先輩が追いかけてくるのがいけないんですから、先輩にも非があるとは思いませんか?」
何を隠そう、ついさっきまで俺を追いかけていた犯人は目の前に、そう、μ先輩だ。この先輩は、俺の登校中に何故か追いかけてくる。なぜ逃げるのか?簡単だ、先輩と一緒にいるとまわりからの視線が痛いからだ。去年にそれを経験して以来、俺は先輩から逃げるのが日課(?)になっているのだ。去年は何回追われたっけな......五回から先は覚えてないが、三桁はあるか?思い返したところでカウントが減るわけじゃないから数える意味は全く無いのだが。というか、まだ学校まで距離があるぞ、どうなってんだ?
μ「あなたがいつもと違う道を逃げるものだから、予定より長く追いかけていたのよ。とっくに捕まえてる予定だったのに」
β「俺は必死に逃げていたのでそんなこと考えてませんでしたけどね」
今までは、追いかけっこをしていて、気がついたら校門前だった、なんてことがよくあったのだ。だから、今回も振り切ったあとは、即教室に入れるものと思っていたが、久々だったせいか、少々通学路を外れてしまったようだ。時間は...まだ間に合うか。良かったよ、早めに家を出てて。歩いても良さそうだ。
β「じゃあ、俺は学校に行くので、ここで失礼します。それでは」
背を向ける。さっきも言ったが、この人と一緒にいると周囲からいろいろな視線を受けるのだ。羨望、嫉妬、その他諸々と、明らかなものを感じる。そういうのに敏感な俺は尚、苦手なのである。まあ、理由は.....言わなくても.....分かるよな?と言うか、察してくれ。とりあえず、今は先輩から距離を置こうか、俺は今、疲れてんだ。早いうちにこの場を
μ「ど・こ・へ・行・く・の・か・し・ら??とうっ」
β「ひっ!?」
遅かった.....こうなってしまったらもう逃げられないだろうな、例の如く.....はあ、余計に疲れがたまる。精神的にも来るものがあるな.....だって、この状況.....
μ「一緒に行きましょ。あなたと私、ふたりきりで♪」
β「はあ、分かりましたよ、でもその前に、腕から離れてくださいよ。当たってますから.....」
μ「あら、何が当たってるのかしら?ちゃんと言ってくれないと、お姉さん、わからないわー(棒)」
β「そう言いながらもっと押し付けるの、やめてください。あと、先輩は俺の姉じゃないです、俺は先輩の妹じゃないです。」
μ「早く行きましょ、遅刻するわよ?」
俺の発言は虚しく無視され、右腕を先輩のおっp.....ゲフンゲフン、胸に(←変わってない)拘束されながら先輩は歩き出す。もちろん俺も動かざるを得ない。
時間を確認する。あー...確かにやばいな。
β「わかりましたよ、行きましょうか(呆れ)」
μ「分かってもらえたようで何よりよ」
β「むしろ先輩のほうが分かってないですよ。先輩こそ、自分が人気者だってこと、自覚してないじゃないですか。生徒会長なんですよ?まさか忘れてるなんて言わないですよね?」
最早、察してもらう必要が全くなくなっただろう。この人が視線を集める理由は二つだ。
一つ。先輩は生徒会長。まあ、生徒の大半の支持を得て圧勝したわけだし、そもそも人気者だったのだろう。たしか俺も、先輩に投票したはずだ。あの時は.....今は思い出さなくていいか。
μ「忘れるわけが無いでしょ、そもそも生徒会長なんだから、いちいち気にしてられないでしょう?それに、あなたも満更でもないでしょ?こんなに素敵なお姉さんに構ってもらえてるのだから」
β「自分で素敵って言わないでください、まあ、否定はしませんけど。」
μ「ふふっ、ならいいじゃない」
もう何を言っても無駄な気がしてきた。さっきから道行く人の視線が増えてる気がする。
「最近の若い子はこんな人前で痴話喧嘩をするのねぇ」
こらそこ、夫婦じゃないから。
「あのμ会長とあんなに近くに.....くぅー!羨ましい!」
「μ先輩と一緒にいる人、誰?ボソボソ」「ちょっとイケメンじゃない?コソコソ」
俺が望んでこうなってるわけじゃないぞ。むしろ譲ってやってもいいくらいだ。あと、女子、小さい声で話すのは気になるからやめてくれ、今なんて言ったんだ?
?「.....ぅぅーー、私だってあいつとゴニョゴニョ.....」
β「(はぁ、視線が痛い、早いとこ学校行って、解放されたい.....ん?)」
俺に刺さる視線の中に、気になるものを見つける。それも一年、いや、十年以上か、そんな雰囲気をまとった視線だ。まあ、その時点でその視線の主は明らかなのだが。そうして、後ろを向き、電柱に隠れる制服を見つける。
μ「あら?あらららら~~?そこで何をしているのかな~?アルちゃ~ん」
『アルちゃん』。そうμ先輩に呼ばれた少女、αが顔を真っ赤にしながらこちらを見ていた。
遅刻を覚悟した、βであった。