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〜Story1〜

ディアドロス王国の城下町の外れには、小さな公園がある。

外れというと聞こえが悪いかもしれないが、穏やかに時が流れ、陽の光に照らされる暖かい場所だ。

時にはパレードもここを通るし、王が視察に来ることだってある。

少し乱暴者の人がいるかと思えば、にこにこと人の良い笑顔を浮かべるものもいる。

清濁併せ呑むこの地域では、ちゃんとした店のない売り子が菓子や雑貨などを売っている。


この公園では、少女が花を売っていた。

木でできた重いものを運ぶための荷車には、いくつもの入れ物が置かれて、そこに花が入っている。

咲き乱れた花達を、客に言われて美しく束にするのが少女の仕事だった。

彼女は、レーナ=アーチボルトと名乗っている。

まだ13歳くらいに見えるレーナは、笑顔を絶やさずひたすらに通る人々に声をかけている。

公園に生える常緑樹たちも美しいが、はっきりと明るく存在を主張しつつも溶けるように景色に映り込む花々と少女には光が見えるような気までしてしまう。

作る花束は評判で、よくプロポーズ用に作って欲しいと頼まれる。

花自体も評判で、レーナが居候する家で育てられていて、そこの奥さんが大事に育てた花達だ。

可愛らしいその売り子と、それを取り囲む咲き乱れる美しい花々を揶揄して、いつしか花の精霊と呼ばれるようになっていた。

レーナは少しばかり鈍感なようで、人々からの視線も呼ばれ方も全く自覚などしていない。

そんな少女も花のことになるととても敏感になるので、この商売をやっていけているのであろう。

毎日客足は途絶えることがない。


「レーナちゃん、孫の誕生日なのだけど、明るい色合いで小ぶりの花束を作ってくれないかしら?」

「分かりました。お孫さんて、エカテリーナちゃんですよね?」

「そうよ、覚えててくれて嬉しいわ。もう5歳になるのよ、リーナは。」


妙齢の女性は嬉しそうに話す。

彼女はこの近辺の名士の奥さんで、よく花を買いに来る。

どんなにお金持ちでも孫を想う気持ちは変わらないようで、エカテリーナを溺愛している。


レーナは、ピンク色の髪をした可愛らしい元気のいい女の子の姿を思い出した。

無邪気な笑顔が周りをパァっと明るくしていたことが印象的だ。

本人を知っている方がそのイメージに沿って花束を作れるので楽しい。

荷車から、ガーベラ、アイビー、ラナンキュラス、アンスリウム、霞草、カーネーションなどの葉や花々を丁寧に抜きとって片手でとりあえずまとめる。

生きている花はあちこち好きな方を向いてしまうので、綺麗にまとめるのが難しい。

なんとなく花の向き加減や色合いを確かめてもう片方の手で丁寧に整えていく。

そして自分で納得してから、薄く色がついている光に透ける紙を2枚ずらして巻き、リボンで仕上げをする。

レーナはエカテリーナがこの花束を受け取るところを想像したのか、ふふっと微笑して女性に手渡した。

生命の生み出すオレンジとピンクのコントラストが美しい。


「どうぞ。エカテリーナちゃんによろしくお願いしますね。おめでとうと言っておいてください。」

「ええ。確かに伝えるわ。ありがとう、幾らかしら?」

「300アテナになります。」


この国の通貨の単位はアテナで、100アテナあればお菓子が2つほど買える。

この花屋は相場より少し値段が低いので、手軽に誰でも手が伸ばせる。

一輪からでも売ってくれる良心的な店なので、貧しい人々もよく買いに来る。

「これでプロポーズするんだ」とか「これで旦那も天国へいけるよ」とか「お姉ちゃんが結婚するのお祝いできる」とかいってみんなが花を嬉しそうに眺めるのを見るのがレーナの幸せだ。


そして彼女には、もう1つ楽しみができた。

毎週決まって同じ時間帯に男の子がやって来ることだ。

彼が初めて来たのはレーナが9歳の時。

花を1人で売り始めてから数ヶ月ほど経った頃だった。


高価そうな服を着て1人きりでやってきた彼は少し疲れているように見えて、レーナは花を売る手を止めてしまった。

綺麗な顔立ちが憂いを帯びて、不思議な雰囲気を醸し出していたのだ。

少年はレーナと目があうと微笑して近くにあったベンチに座った。

ただ俯いているだけのはずの少年に影が落ち、幻想的に見えてくる。

オレンジの光は何もかもをすかし、心の中まですかしてしまいそうだ。

レーナはなんだか心がもやもやして、早めに仕事を切り上げて少年の隣に恐る恐る近づいた。


「どうしたんですか?」


レーナがそう聞くと、少年は迷ったように下をしばらく見つめてから、


「家で揉め事があって。」


と答えた。

もう母親がいないレーナにとって自分が揉め事に巻き込まれることはなく、居候している家で喧嘩が起こることしかない。

それも家族の間でしか起きることはないので、レーナがそこに加わることなどないのだ。

苦いものが喉元を通り過ぎ、少し胸が痛んだ。

しかし、心底悩んだように顔にも苦渋を浮かばせる少年には悪かったが、羨ましい、と感じてしまった。


「揉め事?」


少し罪悪感のようなものに苛まれながら、疑問が先だった。

そもそも揉め事がどんなものなのかが想像がつかない。

ただの喧嘩、というわけではないのかもしれないと、レーナは少年に聞き返した。


「うん、まあ、後継者争いっていうの?」

「後継者、ですか……。」


確かにただの喧嘩というには少し内容が重すぎる。

そもそも後継者など決める必要もないレーナ達庶民にとっては縁がないことで想像がつかなかった。

高価そうな服をきているところからして、やはり貴族かどこかの御坊ちゃまなのだろう。


「私には想像がつかないことです。きっと私がなにを言っても、一時の心の葛藤にしかなりません。もし本当に辛いなら、泣いてもいいと思うんです。男の子だから泣いてはいけない、なんて大人の勝手な言い分だと思いますから。」


小さな手で拳を握りながら、レーナは少年に言った。

少年はきょとんと目を不思議そうにレーナに向けると、ぷっと吹き出した。

レーナの言ったのはただの子供の屁理屈だ。

しかし時に屁理屈はどんなに正しい真実よりも確かに説得力があるものにかわる。

声を出さずに静かに震えるのをみて、レーナは笑われているのだと気づく。


「なにか、おかしかったですか?」

「いや、そんなことない。……泣いても、いいかな。」


少年が夕陽を浴びながら笑っているのを見て、レーナは肯定しかすることができなかった。

少女が頷いたのを確かめると、少年は静かに涙を流し始めた。

レーナはそんな彼を優しく抱いて、頭を撫でてやった。

そして、抱えた身体からは、小さな嗚咽が漏れ出してきた。


辺りが闇に覆われて少し冷えてきた時、少年はやっと身体を起こした。

少し腫れた目をそっと触りながら笑いをこぼした。

それは明らかな自嘲。

しかし確実に、すっきりした表情が少年の顔にはまっていた。


「ありがとう。俺はライジェント、12歳。宜しく。」

「元気になってよかったです。私はレーナ=アーチボルトといいます。9歳です。よろしくお願いします。」


2人は嬉しそうに笑みを交わす。

初対面の相手に年齢を名乗るのは一応マナーだ。

女性などは言わなくても許されるのだが。


「でも、年下の女の子に慰められるとかかっこ悪……っ。」


思い出したように頭を抱えるライジェントを見て、レーナはおかしそうに笑う。

夜の公園に幸せの明かりがほんのりと灯った。


それから毎週ライジェントは公園に遊びに来た。

数ヶ月経つと、ライジェントは「ライって呼んで」とレーナの呼び方を直させた。

レーナもライジェントが来るのが楽しくて、つい仕事を早く切り上げてしまう。

今日もライが来る、と思うと、つい鼻歌を歌ってしまった。


「レーナ、ご機嫌だね。」


もう背後からの声に、レーナは飛び上がる。

まだ声変わりのしていないその声は、もう13歳になったライのものだった。

持っていた花をちゃんと入れ物にしまってから、少しむくれてライの方を向く。


「ライ、びっくりさせないでくださいっ!」

「いいだろ、別に。それに毎週やってるんだからそろそろ慣れたらどう?」

「うぅ……」


ライはいつも武芸の鍛錬をしていて、気配を消す事を覚えたのだ。

そのせいで毎週毎週花を取り落としそうになる。

迷惑だが、そこを含めて楽しんでしまっているのだからレーナも人の事を言えない。

してやったり、という顔をするライに軽く睨みつけるだけで終わってしまう。


「あとちょっとだけ待っててください、片付けしますから。」

「わかってるよ、慌てないでいいから。」


最初にあった頃より背が伸びたライを見て、羨ましく思う気持ちときゅっと胸に詰まる気持ちが混ざりあって襲ってくる。

自然と胸の前で手を握りしめてしまって、慌てて片付けを再開した。


♢*♢*♢


荷車の花はいい匂いをレーナに纏わせる。

ライは会うたびに美しくなっていくレーナに惹かれていく。

ライはディアドロス王国第2王子だ。

現国王____つまりライの父親である____は第1王子クラウド、第3王子セルバス、そして第2王子のライジェントを後継者候補として指名している。

ライはその重圧に耐えきれなくなり、あの日城から抜け出しこの公園へやってきた。

その時のレーナの言葉がライを励ましてくれた。

初めて1人で城下へ来て、初めて会話をした少女。

美しいキャラメル色の髪は日に当たって眩く輝き、白い肌は大理石のようにすべすべとしていた。

見たままでもそのことは分かったが、出会ってからこれまでそれに触れてよくわかった。

彼女の美しさは人々を魅了する。

それは外面も、内面も。

ライは自分の気持ちに鈍感なわけではない。

自分が花売りの少女に恋したことにライはとっくに気がついていた。

純粋な想いは、離れて再び会うごとに募っていく。

それを隠すように、ライはレーナに悪戯を仕掛けるのだ。


「ライ、ごめんなさい、遅くなって。」

「別に大丈夫。そんなに待っていないから。」


いつものようにライの隣にレーナは腰掛けた。

2人の距離感は妙に近い。

心の距離が近いからかその距離に違和感を感じないのだろうが、それが彼等が恋人だと勘違いされる所以でもある。

ただでさえ2人とも他より整った容姿を持っているのだ。

お似合いだ、と言われても仕方がないのだろう。

そう言われるたびにレーナは真っ赤になって反論するのだが、ライは全く動じず、そんなレーナの姿をニコニコと見ているだけだ。

好いている人と一緒にいて付き合ってるの、と言われて嬉しくないわけが無かった。

レーナの方は羞恥が勝ってしまうようだったが満更ではないのだろう、いつも照れくさそうに笑っている。

ライはその笑顔を見ると自然と笑顔になる。

レーナの照れ笑いを見ると、なんだか甘酸っぱいものが心の中に流れ込んでくるようになるのだ。


「レーナの髪はさ、綺麗だよね。」


前触れもなく、ライはレーナの髪を指で梳きながら言った。

ふわふわと柔らかくもコシのある艶やかなキャラメル色の髪の毛。

最初出会った頃は肩あたりまでしか無かったのに、もう背中の半ばあたりまで到達している。

たまに頭皮にあたる指と、首元をくすぐる髪の毛に首をすくめることを繰り返していた。


「ライ、やめてくださいっ、くすぐった……んっ……」


ライは、可愛らしい声に一瞬どきりと手を止めたが、再び髪を撫で始めた。


「俺、くすぐってないし。撫でてるだけだよ。」

「それでもくすぐったいんです!……ぴゃっ!?」


レーナは飛び上がった。

耳に息をかけられて何かぞわぞわしたものが走ったのだ。

ライは穏やかな笑顔をレーナに向けた。

レーナを見ていると、心が安らぎ、王宮で汚れたのが洗い流されるように感じていた。


「レーナ……俺、暫くここには来られない。」

「え?」

「後継者の、試験、みたいなものがある。そのために仕事をこなさなきゃいけないからさ。」

「そう……ですか…。寂しいけど、待ってます。ライが、戻ってくるの。私のこと、忘れないでくださいね。」

「……ああ、約束だ。」


小指と小指を絡ませ、額をコツンとくっつけて、「約束」とつぶやいた。


これは、レーナが13歳、ライジェントが16歳の夏のこと。

読んでくださりありがとうございます。

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