少年は飢えている
俺の名は勇者。
本当はベルセルクという名前があったのだが、
たった一年で魔王四天王を倒した頃から、周りに「勇者様だ!」と称され、ならば名前を変えてやろう、と考えて、名が勇者になった。
職業、地上最強の魔物ハンター。
年収、億から先は数えていない。
武術、あらゆる技を使いこなす。
魔術、あらゆる技を使いこなす。
武器、プカプカと浮かぶ魔導書。
「ちょい、何を妄想に耽ってるのさ」
横から口うるさい、魔導書の『モワ』に小突かれた。
「なんだよ。たまには良いだろ? こう見えても、いっつも大変なんだぜ?」
「だからって……魔王が目の前にいるのよ」
そう、俺の目の前には厳つい風貌のおっさん、もとい魔王がいる。
この世界で唯一俺たちに肩を並べることが可能な魔物だ。
要約すると、彼は強い。
強い上に悪さばっかするから、こうして俺たちが駆除に来ている。
「分かってる。だから、イメージトレーニングしてたんだろうが」
「ホントかしら。相手はあの魔王なんだからね」
相手が誰だろうと、モワと一緒なら大丈夫だ。
俺は彼女を信じている。
魔導書、モワ。
彼女に出会ったのは、遡ること約一年前。
当時の俺はビックリするほど弱かった。
どれくらい弱いかというと、もうそこら辺のスライムに負けるほど、弱かった。
おまけに頭も悪い。
完璧なダメ人間だったんだ。
……
ゴブリンに負けて、泣きながら草原を逃げ帰っていた、ある日。
俺は、落ちていた本に足を引っかけて転んでしまった。
大声で「うわぁああああぁん」と泣いていると、急にその本が喋り出した。
「こら、男は泣いたらいけないのよ」
「わっ! 何だお前!」
「私はモワ。世界最古の魔導書」
モワは凄かった。
ガキみたいな感想だけど、彼女はとにかく凄かった。
何故なら、全属性の魔術が使えるのだ。
しかも消費魔力ゼロ、俺が念じるだけで超強力な魔術をバンバン放てる。
というのが、俺が肉体・精神共に強くなったきっかけである。
俺たちは誰にも負けなかった。
次から次へと魔物を殲滅し、ギルドから一生分の金を貰った。
俺は力を、地位を手に入れた。
……
そうさ、負ける訳がないんだ。
相手が誰であろうとな。
「ええい! 白髪の貴様! いつになったら我に戦いを挑むのだ!」
「何言ってんの、魔王さん。もう始まってるじゃん」
「なぬ!?」
刹那。
魔王の右手が吹っ飛んだ。
俺が、風属性の魔術で切断したからだ。
「あとさ、『貴様』じゃなくて、『貴様ら』な」
特大の魔術を念じる。
煙がうざいから、爆発は止めよう。
一瞬で切り刻むような魔術……例えば鎌鼬のような——。
次の瞬間。
魔王がバラバラになって、絶命した。
「はは、呆気なかったね。余裕過ぎるわ」
「そうね。お疲れさま」
本当に俺たち、頑張ったよな。
「それでさ、聞いてほしいことがあるんだ」
「なに?」
俺がお前に対して、ずっと抱いていた感情。
「モワが好きだ! 結婚してくれ!」
「……あなた、正気?」
「当たり前だ。心の底から愛してる」
「私は……ダメよ」
どうして!
喜んでくれると思ったのに。
「私はただの魔導書よ」
「俺はお前の全てに惚れたんだ。結婚してくれ」
「全てに? いいえ、違うわ。あなたは私の力に惚れたのよ」
そう言うと、彼女は上空へと飛んで行った。
「待てよ! モワ、戻ってこい! 頼む!」
ふと空耳が聞こえる。
「ごめんなさい、私はあなたが好きだったわ。好きだからこそ、これ以上あなたと一緒にいることはできないの」
……
『《魔術新聞 本日のお勉強》
魔導書、それは世の魔術を記した書物。
使用した者は悪魔に取り付かれたように力を求めることから、またの名を呪いの書という。
中でも、人間が誕生する前から存在し、使用者と契約を交わす魔導書は禁書とされている。
魔導書と契約した者は、寿命を減らす代わりに恐ろしい魔術を得ることが可能だ。
もちろん強力な魔術ゆえ、
使い道が限定される上に、寿命が減ってしまうので、わざわざ好き好んで魔導書を使う者はいない。
学者たちの間では「もしも魔導書を使う者がいるとすれば、力に飢えた愚か者か、無知な人間だけである」と囁かれているほどだ』
「ばあさん、儂にも魔導書があれば、憎き魔王を倒せるかのう」
「魔王ならこの間、白髪の勇者様が倒してくれたでしょう」
「おん? ぼけたかい、ばあさん。勇者様は黒髪じゃよ」
「それは約一年前の話ですよ」
……
「うわああぁん」
散々だ。
負けて、転んで、泣いて。
俺はダメな奴だ。
何度、ゴブリンに負ければいい? いつになったら勝てる?
力が欲しい。
魔物に勝てる力、否、誰にも負けない力を。
「こら、男は泣いたらいけないのよ」
「わっ! 何だお前!」
「私はモワ。世界最古の魔導書」
魔導書?
どこかで聞いたことがあるような。
ま、いっか。
「あなた年齢の割に、力に飢えているのね」
「俺は九歳だ」
「そう。あなたは力が欲しいの?」
「欲しいッ! 誰にも負けない力がッ!」
それがあれば何だってできる。
世界を支配している、あの魔王を倒すことだってな。