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第一章 女王、降臨

「おい、女王がついに東京上陸ってマジ?」

「らしいぜ…ついに女王を拝めるのか…!」

「この前パリで乙種2類を1人でぶっ飛ばしたんだろ?化け物だろ…」

街を歩いていると、そんな話を耳にした。

今この世界は、世界のいたるところに出現し、人を襲ったり建物を破壊したりするファンキーな動物集団「魔獣」と、それを討伐し金を稼ぐ戦闘員「ハンター」の戦場と化している。そして、その魔獣の出現率が他の地域と比べ桁違いに高いのが、この日本、特に東京である。

あぁそこの君、この話を聞いたからといって、そんな、電動歯ブラシのように震える必要はない。東京は世界一の魔獣動物園であるが、それと同時に世界一のハンター集結都市である。それもそうだ。魔獣には危険度に応じてそれぞれ甲種、乙種、丙種とランク付けされており、一番弱小なランクである丙種ですら一体数百ドルから数千ドル、都市全体に避難勧告が出る乙種以上ともなると一体数万ドルもの報酬金が出る魔獣がわさわさ、庭に種を蒔かれたミントの如く湧いて出てくるのだ。(おっと、この例えが分からないからといってくれぐれも実践しないように。絶対に、実践しないように。)ぶん殴り放題の稼ぎ放題なのだ。もちろん相手によってそれなりの腕が必要だが。

その結果、仮に魔獣が出現しても、ほとんどの場合が大きな被害が出ることなくハンターによって討伐されるため、東京は世界でも最高クラスに安全な都市でもある。寝ている間に天国に行くようなことはまずない。超熟睡である。

「…ばっかばかしい…」

私はそう呟く。

女王。

世界には数十万人ものハンターがいるが、そのハンター達の頂点…年間報酬金獲得ランキング第一位に君臨し続けるハンターのことである。「女王」と呼ばれていることからわかるように、女性だ。

一説によればランキング100位以内のハンター10人がかりで相手をするのが普通の魔獣を一人でさっさと片付けたり、それ以下の雑魚魔獣に至っては近くを通っただけで片付けたり、戦闘中に間違えて近づくと魔獣と一緒に片付けられたり、貧乳らしく、そのことを口にすると魔獣より速く片付けられたりする…らしい。

まぁ、これらは全て人づてに聞いた話なのでどこまでが本当の話なのかは定かではないが…とにかく、人間とは思えない…化け物、らしい。

そんな女王が、ついに東京に。

もうそれだけで、この魔獣動物園は大フィーバー、この話題を知らないものはいないほどのニュースになっている。

「たった一人、乙女が観光しに来ただけでしょ?騒ぎすぎじゃないですかね…アイドル熱愛報道じゃあるまいし…」

私はそう呟いて、そして気づいてしまった。そうか、女王はアイドルなのかもしれない。魔獣を快刀乱麻の早業で片付け、その残骸の上でステップを踏み歌う、ハンター界のトップアイドル…それが女王の正体

「んなわけあるかあああああああああ!!!」

…私、通称「女王」は、そんなくだらないことを考え、叫ぶ。背中のケースに入ったデッキブラシが小さく震え…女王は大きくため息を吐く。

ウウウウウウウウウウウウウウ!!

突然大きなサイレンが鳴り、近くを歩いていた人々が一瞬足を止め…みな、足早にその場を去っていく。

避難勧告のサイレン…乙種以上。

さすが東京である。他の地域では乙種以上なんて普通に生活していたら滅多に出会うことはない。このサイレンを初めて聴き、パニックを起こす人だって少なくはない。

しかし、今私がいるこの場所で、パニックを起こしている人は一人もいない、みな足並みを揃え、巣に帰るアリのように、ぞろぞろと避難所へ向かう。

やがて、人っ子一人いなくなり、付近には私だけが残された。おー早い早い。

さて、それでは…人もいなくなりましたし、「本職」へ向かうとしましょう。私はとりあえず…人々が向かった先、避難所とは逆向きに歩き出した。





俺は、戦慄した。

そいつは突然、地面を割って這い出てきた。そして…次の瞬間、1メートル程横にあった自動車が、真っ二つに割れた。

いや…両断された。

「っ…!?」

反射的に後ろへ跳び…さっきまで俺のいた地面に、大穴が空く。


そいつと数メートル程距離をとり、俺の武器…漆黒の両手剣を構えつつ、改めてその姿を確認する。

姿を、見慣れた「かわいらしい」動物に例えるならば、カマキリ。

しかし…カマキリ相手ならどれほどよかっただろう。残念ながら、パッと見ただけでカマキリと違うところが三つあった。

一、デカい。体長三メートルはありそうだ。

一、鎌が多い。 おかしいな…残像かな…六つは見える…

一、鎌を振り回し、暴れている。ワーオ、クレイジー…


あと、カマキリは車をお野菜みたいにスパスパ切らないし、地面を蜂の巣みたいに穴だらけにしない。


「おい、赤髪、大丈夫か!」

仲間のひとりが駆け寄ってくる。赤髪というのは俺のことだ。あ、言いたいことはわかるが、後にしてくれ、今忙しいから。

「ああ…でも、あれは…」

奴の姿を見るだけで、全身から汗が噴き出てくる。

「サイレンが鳴ったってことは、乙種以上だ。とりあえず他のハンターの到着を待とう。俺たちだけじゃ無理だ。」

今ここにいるのは俺と、仲間三人の四人だけだ。仮に乙種最低ランクの三類であったとしても、最低十人以上で戦うのが普通だ。

「だな…てか観測部は何やってるんだ。解析早くしろ…!」

観測部とは魔獣の発生、形態を観測、解析し、魔獣のランク付けをする機関である。乙種は乙種でも、最低ランクの三類と最高ランクの一類では危険度がチワワと土佐犬くらい違う。基本的に住民を速やかに避難させるため避難勧告のサイレンは見切り発車で発令されるが、細かな情報はそれより遅れてハンターに知らせられる。

「くっ…とりあえずは隠れて様子見を…っ!?」

その時、目の前にいた魔獣が、


消えた。


「ぐあああああ!!!」

すぐ後ろで悲鳴がした。振り向くと…仲間が、ビルの壁にめり込んで気絶していた。

轟!!と突風が吹いたかと思ったら、全身に強い衝撃が走る。硬い何かに、自分がめり込むのがわかる。

「がっ…!」

あまりの衝撃に意識が飛びそうになる…が、殺気を感じ、咄嗟に両手剣で腹部を庇う。

数瞬遅れで、凄まじい衝撃が剣越しに響く。全身に激痛が走る。しかし全身の筋肉に力を叩き込み、なんとかその場から転がり逃げる。

地面に転がったところに、気配を感じる。もう、何も見えちゃいない。感覚だけで両手剣を力一杯振り回すが、その一撃は空を切り、また俺の全身を強い衝撃が襲う。

「うっ、うぅ…!」


ダメだ。全く、相手にならない。


朦朧とした意識の中、視界にデカいカマキリが映った。六本の鎌を構え、確実に、俺に狙いを定める。

逃げられない、力が、少しも入らない…

終わりだ。何もかも。


全てを諦め…右手に持った両手剣から、手を…離す。


その瞬間。


カマキリの、頭が…吹き飛んだ。


「…?」

おいおい、走馬灯で赤髪さん理想の勝利ダイジェストを流してんじゃねえよ。こういうのは元気な時にだな…


ダァン!!と凄まじい音がしたかと思うと、カマキリの胴体が地面に叩きつけられ、全身をバラバラに消しとばしながら一度宙に浮き、再度地面に落ちた。もう、全く動かない。


「…??」


何が起きたのか、全く、理解ができなかった。そして理解が出来ぬうちに、いつの間にかカマキリの残骸の上には、一人の人間が乗っていた。


長い髪をツインテールにした、手には…デッキブラシが握られた、少女。


女王。


数日前から東京を賑わせる、そんなワードが頭をよぎった。


まさか、あれが…女王。


「はっ…はははっ…」

もう笑うしかなかった。サイレンが鳴る魔獣…乙種以上確定の、正真正銘の化け物。そいつを…単独で、瞬殺。


薄れていく意識の中、最後に見えたもの…女王が、天に向かい、何かを叫んでいる。なんだろう。勝利の雄叫びだろうか。わからないが…俺は思う。


こっちのが、遥かに化け物じゃねえか。と。



「ふざけんなあああああああああああ!!」

私は叫んだ。ストレスを全てこの魔獣に叩き込んだつもりであったが、まだ、まだ足りない。もういっそこの足元の残骸が塵になるまでべったんべったん地面に打ち込んでやりたい気分だ。なぜなら…

「東京ってホームセンター全然ないじゃああああああああん!!??ふざけんなああああああ!!!!」

人がいなくなった今こそ、人目を気にせずイケメンを探せると思ったのだが…なんと、近辺に、全く、ホームセンターがなかったのだ。全く。


これは、私にとっては死活問題。いや、もはやアイデンティティーの喪失とも言える。


怒りが、収まらない。


手に持ったデッキブラシ…埼玉県某所にて出会った、銀河系有数のイケメン、通称「源ちゃん」を握りしめ、もう一度足元の残骸に一撃叩き込もうかと考えるも、バカバカしくなってやめた。ポケットから携帯を取り出し、電話帳の一番上…観測部に連絡を入れる。

「はい、こちら女王でーす。先ほどの魔獣、サイレンが鳴った…あれ、多分終わりましたー…あーそうですそうです。カマキリを友達と通信交換したみたいなやつ…今足元に残骸が…はい…はい、負傷者は二名です。一人はかなり傷が深そう…はい、お願いしまーす。」

適当に連絡を済ませ、辺りを見回す…倒れてるのが二人、壁に隠れてこちらを伺うのが二人…他には気配はない。今のうちにけが人の様子を見たほうがよさそうだ。

まず、すぐ近くで倒れている青年…赤い髪の両手剣使いの元に行く。これは…ひどい。魔獣の攻撃を何度かまともに食らっている。ハンターでない一般人であれば軽くミートボールにでもなっていただろう。

首元に手を当てる…大丈夫、息はある。

「赤髪…赤髪ィ!!」ふと声がしたので私は顔を上げる。先ほど壁に隠れていた二人が走ってこちらに向かってくる。反応からして青年の仲間だろう。赤髪というのは彼の通り名か…まぁ…あれだ、名前が…いや、ここではよそう。今は忙しいのだ。

「大丈夫か!赤髪!!」青年のすぐ横まで駆け寄ってくると、仲間の一人が青年の肩をゆすり声をかける。…反応はない。

「大丈夫ですよー。息はありましたから。気を失ってるだけでしょう。」

「ほんとか!?良かった…良かった。」赤髪の仲間は安心したのか、その場にどかっと座り込む。

倒れているもう一人の所に行き、声をかける。反応はないが…手足はとりおりピクリと動いている。こちらも治療をすれば問題ないだろう。

「な、なぁ…」仲間の一人が声をかけてくる。「あんた、女王だよな?その強さ…それに手に持ってた、デッキブラシ…」

「…ええ、そうですけど…」

まぁ、身分を隠すほどのことでもあるまい。観測部との連絡で名乗ってたし。

「やっぱり…!」

「すげえ!やっぱり!本物の女王だ!」

「ランキングぶっちぎりの1位!まさに女王…!」

ヤバい。盛り上がってしまった。めんどくさいことになりそうだ。私は人々が街に戻ってくる前にイケメンを…イケメンを、探しに!行きたいのだけれど!!

「…普通の女の子なんだな…!てっきりもっと…」

「お、おいサック!」

「っ!す、すまん!悪気は…!」

「いいですよー別に、「ゴリラの化身か何かだと思った。」とかよく言われますしー。」

「は、はは…あ、自己紹介が遅れたね。俺はサック。こいつは仲間のトンガリ。よろしく。」

「よろしく!」そう言って2人が手を出してくる。握手か。おおーなんか初々しい。面白そうだから握っておこう。

「この人と、向こうの赤髪って人は二人の仲間ですね?もうじき救護班が来ますから、おねがいしまーす。それじゃ、私はここで。」

「え、ちょっと!女王!この後俺たちと飯にでも!」

「せっかくですけど、遠慮しておきます。用事があるので…みなさんがお揃いの時、また誘ってください。それではーではではー。」

返事を待たずに、ダッシュ!命短し恋せよ乙女。人類とのコミュニケーションに割く時間すら惜しいのだ。さぁーてイケメンイケメンーっと。

……

…その後、3時間ほど街を探した。表の通りはもちろん、人気の少ない路地裏も行き、ビルの中も探し、途中魔獣も現れ、資源ごみとして片付けた。しかし、ああ…なんということでしょう。なんと、なんと、である…


この街には。デッキブラシは、どこにもなかった。


もう、ダメだ…私は生き甲斐を失った。ここはイケメン集う街、東京のはずである。ゲイシャやテンプラに興じている男がイケメンてるかどうかは知らんが、とりあえず、「イケメン集う街」というのは聞いた事がある。それなら…ゲイシャフジヤマがイケてるのなら、デッキブラシ達もイケメン揃いであるのいうのが!当たり前なのではなかろうか!!なのに、この街には…!そもそも!デッキブラシ自体が!

ウウウウウウウウウウウウ!!

ちょっと!!サイレンうるさいんだけど!?!?なにこの街!?片付けられたいの!?ああああもう!!どこ!?片付けてやる!!!


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