ヘイリー・スチュワート
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日本の夏はとても暑い。
羽田空港に到着したヘイリー・スチュアートは、空港のバス・ターミナルのすぐわきに植えられた風でさざめく街路樹を眺めながら思った。セミがけたたましく鳴いている。
富士スバルライン終点にある「富士スバルライン五合目」行に乗り込むために、パリから羽田までにかかった時間と同じくらいをバスの中で過ごさなければならない。
ヘイリーは憂鬱だった。
それにしてもこれほど日本の夏が暑いなんて、これじゃあ、日本は温暖湿潤気候じゃなくて熱帯の気候だわ……。
ヘイリーは心の中で不平を言いながら、長旅でバラバラになった金色の髪の毛をほどくと、後ろでくくることにした。
髪には汗が程よくにじみ、簡単にくくることができた。
まあ、山梨に着けば、ここよりは少しはましになるだろうけれど。
ヘイリーは日本の気候を楽観視しながら、予定時刻ぴったりに到着したバスをほめて、乗り込んだ。
夏になると、都市部だけが異常に気温が上がる現象があるのをヘイリーは知っていたからだった。このヒートアイランド現象は、ヘイリーが普段、生活するフランスのパリだけに起こるものではないのだ。
山梨はヒートアイランド現象の対象外となるかは別にして、東京ほど都市化が進んでいないので、東京よりも涼しいことは確からしい。
そういう風に想像していた。
あー、暑かった。
冷房の効いた車内に乗り込んだヘイリーは、生き返る思いで、肩にかけていたリュックを下し、膝の上に置いた。白地に花柄のワンピースに黄色いリュックは印象的だ。
リュックから空港の売店で買った飲み物を取り出し、口の中に入れる。
生き返るー。
のどの渇きをいやし、体温も下がったので、とても気持ちが良くなってきた。
降りる河口湖駅まで大分あるから少し寝ようかしら。
ヘイリーは座席に頭をもたげ、目を閉じた。そして、いつの間にか眠りについていた。
富士山駅・羽田空港線は、山梨県の郡内地方と羽田空港を結ぶ空港リムジンバス(高速バス)路線で、停車地は、羽田空港国際線ターミナル、第2旅客ターミナル、第1旅客ターミナル、富士急ハイランド、富士北麓駐車場、河口湖駅、富士山駅、富士山五合目、である。
ヘイリーは、河口湖駅でバスを降りる予定だった。それから、世界文化遺産に登録された富士山の構成資産を見て回る予定をしていた。
構成資産というのは、世界文化遺産となりうる対象の、顕著な普遍的価値を具体的に証明するものとして選ばれた資産のことである。実際に構成資産とするためには、対象との関連性の証明、だけでなく、国から、重要文化財や、天然記念物、特別名勝などに指定される必要がある。
世界文化遺産、富士山における構成資産とは、富士山登録の際に話題になった三保の松原を含め、富士五湖や、4つの浅間神社、忍野八海などがあげられる。
ヘイリーはそのすべてを見て回る予定だった。まず河口湖駅でバスを降り、冨士御室浅間神社に立ち寄る予定だ。