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小さな海の国のお話

作者: 辰巳 結愛

 こことは違う、どこかの国のおはなしです。


 大きな大陸の中の国の一つ。そこはとても小さい国でしたが、とても美しい海に面しているお陰か、漁が盛んで、色々な国の人も遊びに来る、とても豊かな国がありました。

 その国は、他の国とは違って、王様も女王様もいません。その代わり、住んでいる人みんなで意見を出し合い、物事を決める国でした。

 漁の時期や、取れた魚の分け方や、他の国から来た旅人の相手をする家の当番決めなど、全てをみんなで納得するまで話し合って決めていたので、その国はとても平穏でした。


 しかし、そんな平穏なこの国に、いつの頃からでしょうか。

 シャチのような顔をした、女の体をもつ怪物が現れるようになったのです。

 その怪物は手に銛に似た矛を持ち、時折漁に出てきた船を襲っては船を追い返しておりました。

 しかもその怪物が現れた後は、海は漁などとても出来ない程に荒れてしまうのです。

 ある日、人々は集まって言いました。

「あの怪物が嵐を起こしているに違いない」

「あの怪物はこの国を滅ぼす為にいるに違いない」

「あの怪物を倒さなければいけない」

 話し合った結果、国のみんなは現れるようになったシャチの怪物を倒す事を決めました。


 ですが、そうと決めたすぐ後から、どれ程船を出してもその怪物は現れませんでした。

 怪物が現れない為なのか海が荒れることもなく、漁に出た船は順調に決めた通りに魚を捕ることが出来るのです。

 最初の頃は国のみんなも「おかしい」と思いましたが、やがて、

「怪人が出てこないのは、きっと自分達が反撃してくると分ったからだろう」

 と思うようになり、更にしばらくしてから皆は怪物の事をすっかり忘れ、元の平穏な生活に戻ったのでした。



 それからしばらく経ったある日のこと。

 隣にある大きな国のとても偉い人が、船に乗ってこの小さな国にやって来ました。

 大人達は、突然やってきた彼らをもてなすための準備で忙しくなり、普段舟に乗せてもらえない子供達は、大人達が忙しくて自分達に目が届かない隙に、勝手に小さな舟を借りて、海に出たのでした。

 ですが、子供達が海に出た事など、忙しい大人達は気付きません。

 子供達が乗る舟は、あっと言う間に岸から離れていったのでした。

「凄い。浜辺じゃない海って、こんなに青いんだ」

「綺麗な魚がいっぱいいるよ」

 小さな舟の上で、子供達ははじめて見る「舟からの海」にきゃっきゃと騒ぎます。

 最初のうちは見るものすべてが新しく、楽しんでいた子供達でしたが、やがて海にいるのも飽きたのか、誰からか、陸に戻ろうと言い出しました。

 他の子供達もそろそろ陸に戻りたくなったのでしょう。大人達がするように、子供達も話し合って、皆で陸に帰ろうと決めたその時。

 気付いてしまったのです。

 陸が、豆粒の大きさにしか見えないほど向こうにあることを。そして、帰る為に必要な櫂が、いつの間にか流されてしまったらしい事を。

「ど、どうしよう。櫂がないよ」

「どうしよう、これじゃあ帰れないよ」

 大人達はいつも、「海は危ないからまだ舟には乗せられない」と言っています。だけど子供達は、海の何が危ないのか、まったく分っていなかったのです。

 子供達は今になって、大人達に黙って舟を出した事を怖く思いました。

 そして、ああ、危ないとはこの事だったのかと思うのです。

 どうしよう、どうしようと話し合っている間にも、小さな舟はどんどん沖に流されていきます。

 しかも、気のせいでしょうか。だんだん波が高くなっていき、子供達が乗る小さな舟は、ゆらりゆらり、ぐらりぐらりと大きく揺れ始めたのです。

「どうしよう、どうしよう?」

「帰れない、帰れない」

 子供達は泣きそうになりながら、ぱちゃぱちゃと自分達の手を櫂の代わりにして水をかきます。ですが舟は、子供達の努力を無視して、どんどん沖に流されていくのです。

 最初は豆粒ほどだった陸も、今では芥子粒ほどの大きさしか見えなくなってしまい……そしてとうとう、子供達はわんわんと泣き出してしまったのです。

 帰れないことも怖い。

 どこに行くか分らないことも怖い。

 そして何より、誰にも気付いてもらえないことが、怖い。

 色んな怖いものが重なって、子供達はただ泣きじゃくっておりました。

 どれ程の間泣いていた事でしょう。すっかり泣きつかれた子供達は、目を真っ赤に腫らしながら、それでもぱちゃぱちゃと水をかいて舟を陸に戻そうとしていました。もう、陸の姿はどこにも見えません。

 水をかく手も、だんだんと疲れてきてしまいました。

「……もう、帰れないのかな?」

「このまま、どこまでも流されちゃうのかな?」

「お父さんとお母さんに、会えなくなっちゃうのかな?」

 子供達がみんな、口々にそういい始めた、そのときでした。

――引き返せ――

 どこからか、女の人の声が聞こえたのです。

 子供達は大人の舟が来たのかと思って辺りを見回しましたが、それらしい舟はどこにもありません。

 どこから聞こえてきたのか分らず、子供達がもう一度きょろきょろと辺りを見回した瞬間。

――引き返せ――

 今度は先程よりもはっきりと聞こえた女の人のその声に、子供達は思わず

「どこ? どこにいるの?」

「出てきてよ、どこにいるの?」

 と声をかけました。

 すると……その声に答えるように。波の間から、シャチの顔をした怪物がその姿を表し、ゆっくりと子供達の乗る小さな舟に近付いてきたのです。

 しかも、その怪物は波の上を、地面のようにてくてくと歩いているではありませんか。

 大人達が話していた通り、シャチに似た顔、女の人の様なラインをしたしなやかな体、そして手には銛の様な矛を持っています。

「……うわ、うわわわわわっ」

「う、うわぁぁぁっ! 怪物だぁっ!」

「僕達、食べられちゃうの!?」

 怪物の姿に、子供達はすっかり怯え、そして出来るだけ怪物から離れようと舟の端に寄りました。

 しかし、逃げ場のない小さな舟の上のこと。あっと言う間に怪物は子供達いる小さな舟の前に立つと、不思議そうに首を傾げて言いました。

――何だ、この舟には子供しかいないのか? 危ないな。大人はどうした?――

「……え?」

 思いがけず優しい怪物の声に、子供達はきょとん、と目を見開いて目の前にいる怪物を見つめます。

 確かに怪物であり、顔も何だか怖く見えます。ですが、その怪物は舟の前に立っているだけで、それ以上近寄ろうとはしてきません。持っている矛の先も、子供に向かないようにしてくれています。

 やがて子供達は、その怪物が怖くないのではないかと思い始め……そして、子供の中の一人が、おずおずと口を開きました。

「大人には、黙って来たんだ」

「そうしたら、ここまで来ちゃって」

「櫂がなくなって、引き返せなくって……」

 引き返せない、と声に出した事で、また不安な気持ちが子供達にのしかかったのでしょう。子供達はしくしくと泣き始めました。

 それを見て、怪物は舟の外から、矛を持っていない手で、子供達ひとりひとりの頭を撫で……そして、優しく言ったのです。

――ふぅ。仕方ない。私が陸まで送ってやる。だが、今回だけだよ。……もうすぐ嵐が来るから――

 そう言ったかと思うと、彼女は小さな舟の後ろに回り、それを陸に向って押し始めたのです。

 最初はゆっくり。ですが、徐々に勢いをつけたように早く。それまでまったく見えなかった陸が、芥子粒ほどの大きさになって見え始め、やがては豆粒、そしてとうとう街並みがはっきりと見えるところまで、舟はあっと言う間に、子供達が望んだ陸へと到着したのです。

 そして、子供達が小さな舟から降り、最後の一人が地面に足をつけた、まさにその時でした。

 それまで真っ青だった空が、どんよりと黒く染まったかと思うと、ざああ、という激しい音と共に子供達の体に叩きつけるような、大粒の雨を降らせ始めたのです。

 おまけに、びゅうびゅうと激しい風も吹き始め、波はあっと言う間に高くなってしまいました。

 こんな海の中で、あの小さな舟の上に乗っていたら。きっと舟は木の葉のように海の上で舞い踊り、子供達は放り出されていた事でしょう。

 それこそ、目の前の怪物が現れなかったら、きっと……

 そこまで考えて、子供達ははっと気付きました。

 彼女は大人達が言うような、怖い生き物ではないのだと。

 そうだと気付くと、子供達は荒ぶる波の上に立っている怪物に向って、ぺこりと頭を下げて言うのです。

「助けてくれて、ありがとう」

 と。

 その言葉を聞いたからでしょうか。彼女は優しい声で言うのでした。

――この国の民を護るのが、私の仕事だからな。……さあ、ここも危ない。早く家に帰りなさい――

 子供達は素直に彼女の言葉に頷くと、高くなり始めた波から逃げるようにして、自分達の家に戻っていくのでした。


 そして、戻ってきた子供達を迎えたのは、ひどく心配そうな顔をした大人達でした。

 大人達は、いつの間にか小さな舟と子供達が消えている事に気付き、心配していたのです。ですが、気付いた時には既に子供達の乗った舟の陰も見当たらず、途方にくれ始めた頃に、海が大きく荒れ始め、助けにいく舟も出せないと、泣く泣く決めた頃に、子供達が雨に濡れて帰ってきたのです。

 大人達は、帰ってきた子供達を叱りました。

 そして、海の上にいた子供達と同じくらい、大きな声で、子供達を抱きしめながら、おいおいと泣きじゃくりました。

「心配したんだからな」

「そうだ。みんなとっても心配したんだからな」

「だけど、よく無事に帰ってこられたな」

 ある程度泣いてすっきりしたのか、大人の一人がそう言いました。

 すると子供の一人が、素直にあの怪物に助けられたのだと言ったのです。

 最初、大人達はそんな事があるはずがない、あの怪物はこの国を滅ぼす為にいるんだと口々に言いました。

 ですが、子供達の一生懸命な様子に、本当なのかもしれないと思い始め……そして、大人の中の一人が、やがてこう言いました。

「ひょっとして、シャチの顔の怪物が嵐を起こしているのではなく、嵐が起こるからシャチの顔の怪物が知らせてくれているのではないか?」

「なるほど。舟が転覆しないように、引き返させているのかもしれないな」

「それじゃあ、最近現れなくなったのは、海が荒れることがなかったからかな?」

 そう考えると、大人達もそう思えてきました。

 実際、シャチの怪物は舟を追い返しますが、彼女によって怪我をさせられた者はいません。本当にこの国を滅ぼすつもりなら、舟を追い返すのではなく、舟を沈めるくらいの事をするでしょう。

「それにあの人、『この国の民を護るのが、私の仕事』って言っていたんだ」

「そうだよ、あの人は怪物じゃなくて、きっと神様なんだよ」

 子供達の言葉を聞いて、国のみんなは考えました。

 本当に神様なのか、それともやはり国を滅ぼそうとする怪物なのか。

 そうして、みんなで話し合って。「しばらく様子を見ること」に決まったのでした。


 それから数回、小さな国のみんなは、嵐の前にシャチの顔の彼女に出会うことがありました。

 その度に彼女は、小さな国のみんなに、「嵐が来るから引き返せ」と言って引き返させ、難破した舟には、やれやれと溜息をつきながら陸に戻してくれました。

 そんな彼女に、小さな国のみんなはやがて心を開き、いつの間にか自然に、彼女の事を「神様」と呼ぶようになっていたのだそうです。




 さて、少し時間を戻って。小さな国の人達が、みんなでシャチの顔の彼女について話し合っていた頃。

 他の国から来た「偉い人」は、自分の船の中から双眼鏡をのぞきこんで、小さな国を見つめていました。

 偉い人の横にはたくさんの武器が山のように積んであり、船にもたくさんの大砲とその玉が置かれています。

「ふふふ。この小さな国なら、すぐに降伏するに違いない」

 実はこの偉い人、この小さな国を自分の国の領土にしようと企んでいたのです。

 人が良い小さな国の人達は、そうとも知らずにこの偉い人をもてなしていたのです。

 そして偉い人もまた、もてなされる中でこの小さな国の人達が武器を持っていない事を知り、簡単に領土に出来ると思っていました。

 本当は夜の闇にまぎれて大砲を撃ちこんで、小さな国を滅ぼそうとしたのですが、嵐のせいで大砲は使えず、仕方なく攻撃は明日にしようと決めたのです。

「ここを押さえれば、私の国は更に大きくなって、国王様にも褒められる。私ももっと偉くなれる」

 偉い人は、自分がもっと偉くなる為に、この小さな国を滅ぼそうとしていたのです。そして、それはとても簡単な事だと、偉い人は思っていました。

 ……しかし。

――引き返せ――

 突然、女の人の声が聞こえたかと思うと、偉い人の首に、銛のような形の矛が突きつけられたのです。

 偉い人がビックリして振り返ると、そこにはシャチの顔をして、女の人の様な体の怪物が、偉い人の部下を踏みつけて立っていました。

 偉い人の部下は気絶しているのでしょうか。踏まれているのに何も言いません。苦しそうに息を吐く音が聞こえますので、殺されてはいないようです。

「な、なんだ!? 怪物!?」

 持っていた双眼鏡を取り落とし、驚いた顔で偉い人はそう言うと、シャチの顔の怪物は更に矛を偉い人の喉に強く押し付けて、言いました。

――この国から手を引いて引き返せ。死にたくなければ――

 ぐいぐいと矛を押し付けられ、やがて偉い人の喉は矛の先に突かれたせいで血が滲んでいました。

 偉い人は、もっと偉くなりたいのです。ここで引き返したら、もっと偉くはなれません。

 どうしようかと悩んでいると、シャチの顔の怪物は偉い人の耳元に顔を近付けると、低い声で囁きました。

――さあ、どうする? 引き返すか、それとも……――

「う、うわぁぁぁぁっ!!」


 そして、翌朝。なかなか来ない偉い人を不思議に思い、眠っていた兵士達が全員で船を捜したところ。

 偉い人は、よほど怖い目にでもあったのでしょう。「怪物が、怪物が」と繰り返し、うなされていたそうです。

 何とか起こして、小さな国をどうするかと聞いても、偉い人はぶるぶる震え、

「怪物が来る。怪物が来る」

 とブツブツ呟くだけです。

 それを見た兵士達は、偉い人が戦えないと思い、国に帰ることにしました。

 そして、突然帰ってしまった偉い人の事を不思議に思いながらも、小さな国のみんなは優しい笑顔で彼らを見送り、今日もまた漁に出て行くのでした。


 それからも、色々な国が「お客さん」のフリをして、その小さな国を、自分達のものにしようと企みましたが、どの国もうまく行かずに「お客さん」として大人しく帰っていくのでした。

 そしていつしか、その小さな国は、他の国に「侵略できない国」として広く知られ、他の国はその小さな国を自分達のものにする事を諦めるようになりました。


 ……今もその小さな国の海には、シャチの顔をした女神様が、小さな国を守る為に、海のどこかに住んでいるそうな。


 おしまい。


この度は当作品にお付き合い頂きまして、誠にありがとうございます。


童話と言う事ですので、テーマは「人は見かけで判断してはいけない」でした。

「冬の童話祭」なのに「冬」一切関係ないのはご愛嬌と言う事で (そう言う催し物でもないしね)。


でも、少々ありきたりだったかもしれません。要反省。

ああ、オリジナリティが欲しい……


改めまして、皆様の貴重なお時間、当作品に頂きましたこと、重畳の至りに存じます。

また、いつかどこかでお付き合い頂けましたら幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] なかなか面白いお話でした。 子供のときにこれを読んでいたらなぁ……と思ったり。 ある意味、子供の方が物事を信じやすいため、見た目に左右されないということもあるかもしれませんね。 見た目よ…
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