ヘルモードの悪徳領主に転生した3
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「法皇様、大変です! メガクランダ司祭が禁忌を冒したとして他国で処刑されました!」
「バカめ! そんな事より、聖女アリア様が何者かに拉致されたッ」
「犯行メッセージが、達筆すぎて読めません!!」
「バカな! 気合で解きなさいッッ」
聖教国の首府に建つ大聖堂は、一夜にして蜂の巣をつついたかのような騒ぎとなった。枢機卿の殆どが卒倒する程に。
「最高戦力たる儀仗隊も未明から姿がなく―――」
「バカばっかり!」
「また、モウンガ拷問ちょ――枢機卿率いる捜索隊が出立したと……その、エクスカリバーを5本持ち出されたようで」
「バカちきしょうッッ、聖戦でも始める気ですか?!」
大聖堂の磨き上げた回廊を、高位の司祭や枢機卿たちが蒼白な顔で走り回る。
だが、その狂乱の当事者たる当の『聖女』の状況はというと、拉致とは少し異なっていた。
「ふふ……完璧なお忍び計画でした。病欠届を出しましたし、大聖堂は今日も平穏でしょう」
優雅にティーカップに口をつける淑女然とした令嬢が、隣に座る男へ柔らかく微笑む。
「いや、この物々しい伴を連れて、お忍びも何もないだろうに」
「そうですわ。困った親衛隊の皆さんです」
聞いていらっしゃいますか、と聖女の声が、周りで待機する聖女親衛隊――儀仗隊をたしなめる。
鈴を転がしたような声で叱られた所でどこ吹く風だ。
武装こそすれ、容姿端麗な美女達はヒソヒソと言葉を交わし、嫌そうに顔を背けるスグリ伯爵の顔を見て色めき立っていた。
ここは、聖都郊外、武装集団を率いる辺境伯スグリの臨時本陣となっている豪奢な天幕。
革張りのソファの上で、スグリは突然押しかけてきた美女達に囲まれ揉みくちゃにされ、死んだような目で紫煙をくゆらせていた。
甲冑の上からシスター服を羽織った美女たちの視線を受ける聖女は、スグリの隣、手ずから果物や酒を口元へ運び、甘い香りを振りまいている。
「さあ、スグリ様、あーんですわ」
「……そんなに寄るな。煙草の臭いが移るだろ」
嫌そうに顔を背けるスグリの横で、聖女アリアは目を「感動したッ」と叫びそうなほど爛々と輝かせ、スグリの手を両手で包み込んだ。
「何をおっしゃいます! 私は自ら望――いえ、偶然、貴方様の『捕虜』――いいえ、魅力に染められた一羽の小鳥。この天幕は、日々の祈りに疲弊した羽根を休める癒しの鳥籠」
「加齢臭に汚染された大聖堂など、防臭対策が追いつかず冬でも換気してますから」
「辺境は自然豊かで空気も美味しいとの噂」
「スグリ領に壮麗な教会を立てて、聖地にしてみるのはいかがでしょうか」
「あら、素敵ッ」
――待ていッッ
武装シスター達の会話を右から左に聞き流してたら、聖地が誘致されそうになってた。無茶苦茶な女達だ。
小一時間ほど前には、まだ森のなかにいたと言うのに。
――あ、良い男。
頭上から落ちたその一言を始めに、森をかき分け静かに進軍していた俺達を見つけるやいなや襲いかかる武装集団。
馬車ごと俺を拉致った挙句、次の瞬間には「良い男を脱がせ」「誰が貰うか」殴り合いが始まって。
何故ここに居るのか、聖女が登場して全員平服。
今は、聖女と武装したシスター達に囲まれ、ちやほやされている。
――展開が早すぎるだろッ。
見間違いでなければ、何人かの腰には……あれ、聖剣だよな。
「そろそろ、解放してくれないだろうか」
「嫌ですわ、私たち、まだ出会ったばかりでしてよ」
「俺にもやる事があってだな」
「共に手を取り合って、人生坂を乗り越えるのも素敵ですね」
「飛躍しすぎだッッ」
――ガシャアン!
その時、執事のアーディーが天幕の幕を押し開き、呆れたような溜息とともに報告を滑り込ませた。
「スグリ様、外の『演出』が完了いたしました」
ーー
もう、数時間が経つ。聖都の城壁外では、阿鼻叫喚の戦場が広がっていた。
スグリ伯爵の魔の手により陥落したポロナド都市。その敗北に腹を立てた隣国の報復部隊が、聖都へ進行するスグリの虚を突くべく隊列の横腹を強襲してきのだ。
しかし、彼らが夜闇のなかで激突したのは――何者かに拉致された聖女を奪還しようと焦って出撃した、聖都の『奪還部隊』を率いるモウンガ枢機卿であった。
「敵襲! 寡兵だ、全て狩り取れィッ!」
「ちがう、我らは聖女様を――いや、こ奴らが犯人か!!」
「信徒諸君、神敵を根絶やしにしろォオオオ」
「――騙されるな! 成りすましだ、潰せ!」
スグリが事前に忍ばせていた密偵たちが、暗闇の中で聖協国と隣国双方の陣営へ誤報を流し、互いを敵と錯覚させて同士討ちを誘導。
さらには混乱に乗じて先導し、あろうことか隣国の報復部隊を聖都近郊まで雪崩れ込ませてしまったのだ。
そして数時間にも及ぶ攻防戦の末に、現在。
――プァアアン
双方は疲弊し、徐々に何かがおかしいと理解しだした最中、ラッパ音が鳴り響いた。
封鎖していたはずの行路から、スグリ率いる黒漆の精鋭騎兵隊が、老齢な執事を伴い、満を持して現れた。
「じゃぁ、アーディ。始めるか」
「はい。聖協国を守り、敵ぐ――」
「全部、潰せぇッ!!」
「「「――オオッッッ!!!!」」」
鉄蹄の音を響かせ、聖都を襲う敵性部隊と混乱する聖協国の部隊を一網打尽に蹴散らした。
一滴の情さえ零さず。
一声の嘆きにも耳を貸さず。
なんぞぉっ?!と叫ぶ執事に悪どい笑みを向けて。
自ら描いた混乱を、自ら収めてみせる――堅牢な壁の向こうから騒動を知り、不安を抱いた聖都の民から見れば、スグリは絶体絶命の危機に駆けつけた「救世主」に他ならなかった。
「スグリ様……やんちゃですわ」
太陽を背に駆けるスグリ伯。その後ろを追う聖女と親衛隊の騎馬を目撃した枢機卿たちは、彼が聖女を救出したのだと早合点し平伏したのだとか。
実際は、武装シスター達に通り抜けざまにボコボコにされて地に伏していたが。
普段から何やらかしてたんだ、モウンガ枢機卿。
「……というわけで、法皇殿」
大聖堂の謁見の間。スグリは悩ましげな目で見下ろしてくる法皇に対し、優雅に一礼してみせた。
「不法侵入した隣国軍は我が軍が綺麗に叩いておきました」
「……うむ。敬虔なる神の信徒よ、感謝する」
「それと……我が本陣に『誤って迷い込んでこられた』聖女様もお返しいたします」
「誤ってはいませんわ」
「……つきましては、この『白砂糖』の定期高額取引契約書にサインを」
「む、むうう……っ」
法皇は青ざめた顔で額の汗を拭い、目の前に積まれた雪のように白い粉――ひと舐めで脳が痺れるほどの甘みを持つ白砂糖を前に、生唾を飲み込んだ。
聖都の権威を守り、市民の支持を得るには、この「救世主」の提案を丸呑みするほかない。
上手く利用された可能性は否めないが、結局は震える手でサインがなされた。
「……ご主人様」
謁見を終え、回廊を歩きながら老執事のアーディーが耐えかねたように主人に尋ねる。
「法皇猊下との取引に応じるだけの白砂糖ですが……。どこから調達なさるおつもりですか?
密造を行っていたあの異世界人の小僧はおりませんのに」
「ハッ、お前まであの小僧と同じ思考回路をしてどうする」
スグリはポケットから、小さな刻印の施された金属製の手形を取り出し、指先で弄んだ。
「あの小僧は『自分の魔力でしか稼働しないアイテム』だと信じ込んでサボっていたが……最初からあの手形は、触れた者の魔力を固定して記憶する仕組みなのだよ」
「……まさかッ」
「いったいいつまで、あの小僧の専用機だと思っていたんだ?」
スグリは、にやりと笑った。
「奴の魔力は、とうに記録済みだ。あとは誰が魔力を流し込もうが――白砂糖は無限に量産できる」
「悪どいッッ」
アーディーは呆れるとともに、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
最初から異世界人の生死はお構いなく、そのチートの異能だけを安全に抽出して使い捨てたのだ。
戦略級の大魔法でも記録していたら教会から『魔王』認定されるのではないか。
そうと思えば、庶民的な利用に留める主人に老紳士は無駄をなで下ろした。
つまるところ、彼は知らないままの方が幸せかもしれない。
「次は何を記録させるか……」
「――報告を。スグリ様」
そこへ、密偵の一人が影のように滑り込んできた。
「聖都での混乱の最中……辺境伯領の一角、東部国境の砦が手薄を突かれ、敵の急襲によって陥落いたしました!」
「なッ――!?」
アーディーは歯噛みした。
聖都への遠征で防衛線が薄くなった瞬間を狙われたのだ。
だが、報告を聞いたスグリの顔には焦りはなく。
彼は静かに紙巻き煙草を取り出し、シュボッと橙色の火を灯すと、紫煙の向こうで心底可笑しそうに口角を上げた。
「……不良債権が一つ減ったか」
「「……ぅえ?」」
密偵と老紳士が、主人の不穏な言葉に、砕けた態度で反応してしまう。
「アーディー、あの東部砦に先日、密かに集めておいた連中を覚えているか?」
「東部砦には……日頃から商業ギルドの裏切りに加担していた、王弟派閥の貴族ども……それに、不穏な噂に同調した――!?」
「そうだ。領内の敵性派閥ども……それも選りすぐりを、だ。
奴らめ、こちらが隙を見せたら勝手に集まりだしたからな。笑いを堪えられん」
そこへ、さらに密偵の一人が現れ、報告する。
「東部砦を襲撃した部隊、ならびに聖都で強襲してきた隣国の部隊……双方の裏で糸を引いていたのは【王弟派】の重鎮たちです」
つまり、同じ派閥同士で、足の引っ張り合いと同士討ちをやらかした。
スグリは煙を天井へ吹き吐き、冷酷な笑みを深めた。
「味方の損害はゼロ。国内の敵性勢力は自爆し、隣国の戦力も削れた。王弟派に近い聖協国への賄賂も済み、本件への横槍は出来ない。
……王太子殿下へ、素晴らしい『土産』ができただろ?」
ーー
数日後、聖都の豪華な客室。
「ちょっと皆さん!
うらや……いいえ、乙女としてあるまじき距離感です。
うらやま……じゃなくて、殿方とは適切な――」
聖女親衛隊と呼ばれる武装シスター達に、再びもみくちゃにされ、実に嫌そうな顔で固まっているスグリ伯爵の元へ、聖女アリアがドレスの裾を翻して乱入してきた。
しばらく遠巻きに叱りつけていたが、我慢できなくなったのか「私にも混ざらせなさい!」と嫌そうな腕に抱きついてくる。
「何をしているのですか、聖女様……」
「聞きましたわ、私。見ましたわ、私。
なんという純白な白。あのような砂糖は見たことがございません」
「気に入っていただけたのなら優先的に卸して差し上げましょう」
「いえ、白砂糖は後からでも手に入りますから」
いったい何が言いたいんだろう。
何やら嫌な予感がする。
「世界を牛耳ろうとする悪徳領主の噂を聞きましたが、見て会ってみるのとでは、やはり噂は当てになりませんものね」
「せ、聖女様、何を――」
「有能な貴族どもを中毒性のある白砂糖で堕落させ、奴隷のようにひざまずかせる胆力!
群がるアリを踏みしだくがごとき悪意!
やんちゃなお年頃ッッ」
「……聖女様。言葉を、もうちょっと何か、オブラートに包んでいただけませんか」
「では、慎ましく、言い直しましょう。――青田買いですわ!」
スグリはがっくりと肩を落としため息を吐く。
武装シスター達からも黄色い声が上がり、恐ろしい勢いで群がってきた。
渋面の顔に左右から押し当てられる柔らかさに口が尖るが、見守るアーディは「クソ羨ましいご主人様だな」と不敬な顔で口を歪めた。
そんな面白い顔を見て、気を取り直したスグリは、すぐにその瞳に、悪党の光を宿し、次なる謀略の一手を指示する。埋もれながら。
「アーディー。このまま帝都に寄っていくぞ。
盛大な夜会を開く手配もだ。
……この堕落した甘みで、帝都中の胃袋とプライドを絶望させてやる」
後日。
帝都の有力貴族たちの邸宅に、辺境の悪徳領主スグリからの豪華な晩餐会への招待状が届けられた。
そこには、スグリの警戒を掻い潜って、一枚のカードも添えられていた。
『――私たち、婚約いたしました』
聖女、何やっとるねん。




