真犯人を守る探偵
ノベルアップ+様で先行公開した短編です。
『悪役ハック』の合間に、ご笑覧いただければ幸いです。
「わっはっは!」
「そう笑わんで聞いてくれよ」
居酒屋の一角で、二人の男が語り合っていた。
一人は笑い上戸、一人は泣き上戸。
この二人、こう見えて初対面である。
二人とも、どっぷりと酒に浸かっていた。
「お客さん、そろそろ閉店ですよ」
店員が呆れたように告げる。
「えぇー、閉店だってさ、おやっさんどうする?」
「飲み直しだろ、家が近いから来なさいよ」
「いよっしゃあ、ごしょーばんに与りまぁす!」
二人の酔っ払いは機嫌よく店を出た。
この後、悲劇が待つとも知らずに……。
「でっけえ家だなぁ! はっはっは!」
おやっさんと呼ばれた男の家に着いた笑い上戸の男は、ずかずかと家に上がると、半開きになっていた扉に目を向ける。
「ああ……そこはよぉ……うおっ、うおおおっ」
「おいおいおやっさん、泣きすぎだぜ」
笑い上戸の男がなだめると、おやっさんはぽつぽつと語り出す。
「娘の部屋なんだぁ……。でもよぉ、もう死んじまってよぉ……」
「なんだよ、めちゃくちゃかわいそうじゃねえかよお!」
男二人が抱き合って、おいおいと泣く。
「死んじまったといやあよぉ、俺も事故ったことがあってよぉ……」
「なんだ、お前さんも事故か。無事でよかったなぁ」
「いやあ、俺は無事だったんだけどよぉ、轢き逃げっての? しちまってよぉ……あ、これ内緒だぜ、おやっさんだから話しちまったけど」
「おうおう、轢き逃げはよくねえぞ。どこでやっちまったんだ」
轢き逃げ、という単語におやっさんと呼ばれた男は、酔いから醒める。
「あそこのよぉ、アパレルあんだろ、あそこの交差点でよぉ。そん時もべろんべろんでさぁ、わっはっは!」
「そうか、あそこの交差点か。いつ頃だ?」
おやっさんと呼ばれた男の表情はもう窺い知ることはできない。
「あー、二週間ぐらい前かな? なーんでそんなこと」
「ぉぉぉおおおまえかあああああああ!!!!!!!」
男は近くにあった彫刻刀で、笑い上戸の首を突き刺した。
「ぐえっ……ぇっ……」
「死ねっ! 死ね! 死ね!」
何度も、何度も。
やがて部屋は返り血で血まみれになり、男一人の息遣いだけが部屋に響くようになった頃、男は取り乱す。
「はぁっ、はぁっ……!」
男はまず服を脱いだ。
血が廊下にまで広がらないようにだ。
続いてぬるりとした感触の彫刻刀を捨てようとした。
しかし、手元に掘られていたのは娘の名前。
男は声にならない声を上げて泣いた。
やがて泣き止んだ男は、彫刻刀をトイレに流し、スーツを着て外へと出ていった。
* * *
探偵には二種類いる。
検事型と弁護士型だ。
名探偵などと持て囃されるのは検事型で、オレのような弁護士型探偵は明日食うものにも困っている。
今日も探偵らしくない仕事を終えて、帰宅しようとした時だ。
でっかい家に黄色のバリケードテープが張ってある。
何らかの犯罪が起きた証拠だ。無遠慮にテープを跨ぎ、中へと侵入する。
「よー、ナメライシ君」
「げっ、ハセベ探偵」
オレは顔見知りのナメライシ警部に軽く挨拶する。
「言っておくが君の出番はないぞ。もうユキムラ探偵が来てくれているからな」
「おー、ユキムラさん、お噂はかねがね」
軽く挨拶すると、ユキムラ探偵はぺこりとお辞儀をした。
「ねーねー、ユキムラさん。どういう状況?」
「……被害者は鋭利な刃物で喉を突かれています。執拗に何度も突かれているので、怨恨の可能性が高そうです」
「目星はついてんの?」
「家主であるヤハタさんが怪しいかと」
「ふーん、ホントにオレの出番なさそうね、ナメライシ君」
「言ってるでしょう、ハセベ探偵。お帰りください」
「やーだよ、こういうの見れるのが探偵のいいところなんだから~」
はぁ、と隠すつもりもない溜息をつくナメライシ警部。
「んで、あなたが容疑者のヤハタさん、と」
「また新しい探偵か。誰がどう来ても、答えは一緒だ。私は犯人ではない」
頑なな態度のヤハタさんに、ユキムラ探偵が食いつく。
「しかしヤハタさん。
なぜ、あなたの家に被害者が侵入しているのでしょうか」
「何度も言っておるように、まったく知らん奴だし、家の鍵はかけ忘れていた可能性が高い」
さも当然と言わんばかりに、ふんぞり返るヤハタ氏。
着崩れたスーツが哀愁を漂わせている。
「それ、ずっと着てるんです?」
「……昨日、酩酊してしまってな」
「なかなかのニオイですね、はは」
「言っておくが、君も相当臭うからな」
「「ははは」」
乾いた笑い。
「一応伺いたいんですけど、昨日はどちらに?」
「居酒屋に行ってからの記憶がない。朝、気が付いたらゴミ捨て場で寝ておった」
「あちゃー、古典的ですね」
「意外とどうして、暖かくて眠れるんだこれが」
ふむ、なかなか話の通じそうな御仁だ。
「被害者の部屋は娘さんの部屋で?」
「そうだ、忌々しいことにな」
「娘さんのお名前は?」
「……マナミだ」
「今はどちらに……」
「その話はやめてくれ」
これ以上は踏み込みすぎか。
どうも娘さんの話が地雷のようだ。
「これは失礼。こんなことになってしまって大変だと思いますが、ユキムラ探偵が必ず犯人を捕まえて見せますよ。安心してください」
「キミは……キミも探偵なのだろう? 犯人を捕まえてくれないのかね?」
「ハセベと申します。まあー、ユキムラ探偵次第ですかね」
ユキムラ探偵を目で追ってみれば、推理がかなり進んでいることが窺えた。
「この傷跡、怨恨殺人で間違いなさそうです。
また、この被害者の近くにある血の擦ったような跡。
恐らくは犯人が返り血を浴びた服を脱ぎ捨てたものと思われます」
「その服はどうなったのかね」
「既に処分済でしょう。焼いたか、捨てたか、隠したかまではまだわかりませんが」
「持ち去ったのは間違いない、と」
「はい」
いいところを突くなあ、ユキムラ探偵。
この事件の犯人は、衝動的でありながら頭の回る人物だ。
証拠品をわざわざ残すような真似はするまい。
焼いたのであれば、近くの焼却後を探せば足はつく。
ならば、どこかに捨てた可能性が高い。
それも、この家ではないどこかに、だ。
例えば……ふふ、ゴミ捨て場、とかな。
一瞬だが、射すくめるような視線でヤハタ氏を見たユキムラ探偵。
なるほど、犯人はヤハタ氏だと思っているわけか。
「あとは動機と凶器さえ見つかれば……」
「警部! ……」
別の警察がやってきてナメライシ警部に耳打ちする。
「なんだと……。ユキムラ探偵、実は……」
「えっ、そうなんですか……では……」
おいおい、オレをほったらかしにするなよ。
まあ、話の内容は大体わかってるけどな。
そっちが内緒話するなら、オレもヤハタさんと内緒話をさせてもらおう。
「ヤハタさん」
「……なんだね、ハセベ君」
オレは懐からある物を取り出す。
「マナミさん、でしたね」
「な、な、なぜ、君が、それ、を」
それには、確かに"ヤハタマナミ"の名前が彫られていた。
「汚物槽でちょっと。
はは、安心してください。今すぐどうこうってわけではないんです」
「じゃ、じゃあ、何が目的……だ」
オレはそれ……彫刻刀を胸にしまい、言葉を紡ぐ。
「金です」
空気が固まる。
いや、そんなに固まるほどのことでもないだろう。
「か、金……?」
「そうなんですよ、毎日おまんまを食うタネがなくてですね」
オレは大げさに肩をすくめて見せる。
「……このままだと、そう遠くないうちにユキムラ探偵は真実に近づく。
そうなればあなたはオシマイだ。
いや、反省しているというならそれでもいいんですよ。
真実を白日の下に晒すのが、我々探偵の仕事だ」
「……」
「ですが、こうも思うんです。
司法で裁けない悪を裁くのも、世の中の必要悪ではないか、とね。
そうした必要悪に堕ちた正義の使者を守るのもまた、探偵の役目ではないかと」
ヤハタ氏の息遣いが荒くなる。
「あなたは大切なものを守れる。オレは金を得て、あなたを守る。
あるいは、オレは金を得られず、あなたは全てを失う。
どちらでも構いませんよ」
「はぁ……はぁ……」
ヤハタ氏がオレの手を掴む。
その手は、じっとりと汗ばんでいた。
「た、頼む……」
「交渉成立、ですね」
* * *
ユキムラ探偵がオレ達の方を向く。
「ヤハタさん、俺の推理を聞いてください」
「推理……?」
「はい。まず、あなたは何かのきっかけで被害者が、あなたの娘さんを轢き逃げして殺害した犯人であることを知った」
「……」
「そこであなたは被害者に酒を飲ませ、酩酊状態にしてから彫刻刀で首を刺した」
「ユキムラ探偵、彫刻刀が凶器だとなぜわかるのかね?」
「ナメライシ警部、この彫刻刀ケースを見てください。綺麗に並べてあるでしょう?
なのに、一本だけ彫刻刀がない。
それはこの彫刻刀の持ち主が神経質な証拠です。
すべてバラバラならともかく、一本だけないというのは、おかしい」
「確かに……」
ふーむ、プロファイリングも完璧か。
「さらに犯人は狡猾です。衝動的に殺害したように見せかけて、その実、冷静に犯行現場を俯瞰している。
犯人はその場で返り血を浴びた服を脱ぎ捨て、処分。
新たにスーツを着崩して酩酊した振りをし、ゴミ捨て場で一夜を明かした」
「ちょ、ちょっと待ちたまえ! それは私が犯人だと言いたいのか!」
「いえ、ヤハタさん、これは推理です。犯人までは特定していません。
しかし、この推理に最も近しい犯人に心当たりがあるのであれば、あるいはそうかもしれませんが」
「……」
まあまあ、とオレはヤハタ氏の肩を叩く。
「そして犯人は何食わぬ顔で帰宅し、通報し、第一発見者となる。
最も疑われるであろう第一発見者にあえてなることで、捜査をかく乱させる狙いもあるのでしょう。……悪質です」
「……!」
「それで、犯人は?」
オレはわくわくしながらユキムラ探偵の言葉を促す。
ユキムラ探偵はゆっくりと、ある人物を指さし……。
「犯人は、あなただ」
ヤハタ氏を指さした。
シビれるねぇ、ほぼ完璧といっていい推理。
だが、相手が悪かったな。
「ではユキムラさん、凶器の彫刻刀を出してください」
ユキムラ探偵の顔に一瞬焦りが浮かぶ。
「既に処分されている可能性が高いと思います。状況証拠だけでも、ヤハタさんが犯人なのは間違いない」
「主観が多分に含まれてるでしょう、それは」
一触即発の雰囲気に、たまらずナメライシ警部が割って入る。
「ハセベ探偵! 君は捜査をかく乱しに来たのかね!?」
「だってー、本当に犯人かどうかわからないのに誤認逮捕しちゃったらマズイじゃないですか」
「ぐぬっ、そ、それはそうだが……」
「失礼ユキムラさん、オレは凶器を出せと言ってるんじゃないんですよ。証拠が欲しい、と言っているんです」
「同じではないですか……」
「いえ、凶器がなくとも犯行を犯したと成立させることはできます。
ただ、現段階ではヤハタさんが怪しいというだけ。容疑者どころか、任意同行のレベルですよ」
「しかし、最も無理のない推理のはずです」
「ええ、オレもその推理には同意します。
ただ、決定的な証拠がない。ヤハタさんを犯人だと決めつけるには、これ以上の追求が必要だ」
「ですから、それは警察署で行えばいいではないですか」
「署という圧力の中でですか?
オレはねえ、常々思ってるんですが、あそこはフェアじゃないと思うんですよ」
「なん、ですって?」
「やってないことを自白させることもできる圧力があるんですよ、留置所ってやつはね」
「ハセベ探偵!!」
「わかったわかりまーしたよ、黙ればいいんでしょ、ナメライシ君」
「ハセベ探偵、君は探偵としてどっちの味方なんだ」
「もちろん"真実"の味方ですとも。ハッハッハ」
* * *
その後、ヤハタ氏は証拠不十分で不起訴となった。
オレはヤハタ氏に、彫刻刀と引き換えに報酬をもらい、毎日カツ丼を食べている。
ふと、部屋の窓から漏れ出した光を眩しく感じる。
今日もまた、どこかで歪んだ正義が悲鳴を上げているのだろう。
その時、オレができることはないかもしれない。
だが、もしかしたら、力になれることがあるかもしれない。
懐も寂しくなってきたし、そろそろ事件を探しに行くとするか――。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
よろしければ『悪役ハック』もご覧いただけますと幸甚でございます。
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