硝子細工の天鵞絨
硝子細工というのは見た目以上に固い物であると思っています。というか割れ物は恭しく扱ってみたりするけども思ったより乱雑でも壊れたりしないもんだと近頃は思ってます。
私は小学生くらいの頃であろうか、天鵞絨とビードロを非常によく間違えたことを覚えている。まぁ、待ちたまえよ。ほら、片仮名表記にしてみると、ビロードとビードロ。よく似ているだろう?そうでもない?そうかい、まぁいいよ。そういう事にしておいてくれ。
私には好きな物が二つある。それ以上もあるだろうが、取り合えずすぐに思いつくのは二つだ。その一つは天鵞絨だ。私は自宅の屋根裏で天鵞絨を初めて見た時に、その生地の美しさに目を奪われた。天鵞絨の美しさは目に訴えるだけではなく、感触つまりは手に直接訴えかけるような美しさがあった。では、もう一つの好きな物は何かというとビードロというものだ。あまり最近の人は知らない物だが、あの丸々としたフラスコのような見た目に、色鮮やかな硝子。光を通すだけでも目に楽しいし、吹けば心地の良い音を奏でて耳でも楽しめる。
それぞれが女性的な美を兼ね備えていると私は思っている。ビードロはころりとした可愛らしさと壊れかねないほどの繊細さという少女のような美を硝子の姿に閉じ込めている。対象的に天鵞絨は艶やかな美しさと滑らかな感触という瑞々しさと熟れを感じさせる大人の女性的な美を布地に織り込んでいる。このように記述することで改めて、なぜ私がこの二つが好きな物として真っ先に挙げられるかという自身の問いに対する答えが何となく分かってきた。ずばり、私はこの二つにおいて女性の特徴を、フェチズムとエロティシズムを感じていたからに他ならないだろう。さらには、この二つの共通点として未だ完成しきることのない余裕を感じさせる欠如である。素体の良さにそこからまだ美麗に可憐に進化することが出来るのである。それ故に様々な進化の可能性を秘めている訳である。
なぜ、私がこんな話をしていたかというと、とても面白い物を見つけたからなのだ。私は行きつけの骨董屋で面白い物が無いか探しに行くのが日課であるが、その時に取り置きをしてもらったりしている。それでだ、この前、ある店の店主がちょいちょいと手招きして私を店の奥の方へと呼んだ。人の良い店主で丸まった背でちょこちょこ歩く方である。店主に着いていくとまるで何百カラットとある宝石を保護するがごとく台座の上に布地の上に一つのビードロが鎮座していた。しかし、ビードロだけに目を取られてはいけない。それを支える布もとても美しい。こういう見せ方はこの店主の茶目っ気な性格にあるのだ。そして、私がそこにある価値に気づくと店主は大いに満足げにうなづくのだ。
さて、件のビードロだが、これがまたすごい。確かに普通は硝子であるがゆえに透明感を真っ先に感じさせるのであるが、何とも言えない深淵のような暗い赤褐色の色付きの硝子なのだ。この赤褐色はただ練りこんだだけでは到底作れないような、釉薬を丁寧に塗り込んで焼き上げた陶器のような美しさがある。しかし、硝子としての性質を忘れてはいないのだ。力を込めれば割れてしまいそうなほどの薄い体に、光をどこまでも透していくような圧倒的な透明感を失ってはいないのだ。店主の了解を貰って、少しだけ吹いてみるとコロリと鈴を転がしたような、耳の心地が良い音を奏でる。この二つは正しく、あどけない少女に魔性の魅力を閉じ込めているようなものなのだ。
さて、この硝子細工の下に敷かれた布はどうだろう。これも実に素晴らしいものである。その滑らかさときめ細かさは美麗としか言いようがない。しかし、光を照り返す艶やかさの中には硝子を練りこんだのかと思うほどの透明感が残っている。爽やかでもありどこか物憂げな感じもする。一言で表現しきれないような美しさを畳まれた状態でも強く感じさせる。少し、手で触れてみると夏場の木陰のような気持のいい冷たさを感じる。ずっと触っていたいと感じさせるほどだ。この手触りに思わず涙さえ出そうになってしまう。
私は二つの魔性に魅せられてその場で即決して買ってしまった。いざ買ってみるとどうしたことか扱いに困ってしまう。普段見るにしても使うにしてもあまりによく出来過ぎたものなのだ。どうしようか迷った挙句、今では天鵞絨の方は部屋で一番大きな窓のカーテンの代わりとして使っている。布単体だとどうにも、儚げというか憂いを感じていたが、今は軽やかで蠱惑的でどうしようもないくらいだ。朝になればきめ細やかな腕で私の頬を撫でて起こしてくれている。ビードロの方は一つで飾っておくのも何だったので、他のコレクションと一緒に飾っておいた。友達が出来たようでよく馴染んでいる。ただ、ちゃんと見ればその個性的な姿はいつだって見つけられるほど際立っている。なんだかんだやっぱりこうやって使ってやるのが物にとって一番いいもんだ。これでしか感じられない味がそこにはあるから。
皆さま、ご機嫌いかがでしょうか。最近、新たな分野を開拓してみようと試行錯誤してきましたが、たまには原点回帰と私自身が初めに目指した作風を追い求めても良いかなと思い執筆に至りました。




