怠惰の権能を得た俺は今日も惰眠を貪る。~寝てるだけで最強になってました~
「おい、レジィ!いい加減起きろ!いつまで休んでやがる」
今日も大声を張り上げる。
これで、何日目だろう。
「お~~~い!起きてますか?聞こえてますかぁ」
反応がないので、次は口調のトーンを変えてみるが、全く効果がない。
「俺はお前の母ちゃんか!!」
正直自分と彼の年齢的に気持ち悪い発現だなと若干鳥肌がたった。
だが、それこそが狙いだ。これで突っ込みをせざるを得ないだろう。
だが、返ってきたのはグオといういびきだけだった。
「…」
結局、彼を起こすには数十分かかった。
「う~ん、あと9時間」
男は、布団を顔まで被り、寝返りをうつ。
茶髪だけが、布団から頭を覗かせていた。
「もう3時だぞ。いつまで寝るつもりなんだ。Sランクハンターの自覚がないのか!」
ハンターとは国の治安を守るため、危険なモンスターを狩る仕事だ。
その中でもSランクは最高ランクで、国そのものを揺るがすような危険なモンスターの狩りを
生業としている。
俺たちが倒れれば、この国は終わる。
それくらいの相手を俺たちは狩ってきたはずだ。
だというのに目の前で惰眠を貪るこの男、
レジィは、1日中ずっと眠り続け、珍しく起きたと思えば、横になりながら
甘い菓子を頬張り、幻薬草を食べて空想の世界にだらしなく浸っている。
たまに出かけたと思えば、身だしなみも整えず、無精ひげを生やした汚い格好
でギャンブルに明け暮れている始末だ。
かつては共に肩を並べ死線を潜り抜けてモンスターを倒してきたというのに、
一体どうしてしまったというのか。
俺たちが働かなければ、国が滅ぶというのに。
「いい加減にしろ」
布団を本気の力で引きはがし、レジィの胸倉を掴む。
「う~ん、エリック?え、なんでお前ここに」
「寝ぼけてんな!ずっと起こしてただろ?」
レジィの体を全力で揺さぶる。
流石に目が覚めたようだ。
「…はぁ、これだから冒険者の寮は。で、何のよう?」
「今すぐハントに行くぞ。A級モンスターの目撃情報がロシガル丘付近であるらしい」
「え~。あそこここから結構離れてなかった?それにA級て。俺らがいく必要なくない?」
「馬鹿いうな。俺らにとっては余裕でも他の冒険者には絶望的な相手だ」
「は?まだ後進育成してないの?俺何度も言ってるよな」
「自分がサボりたいからって適当なことを言うな。もういい」
レジィの体を布団に投げつける。
「お前には失望した。貴様のような肥えた豚にはもう頼らん」
ギロリとレジィを睨みつけ、見下す。
レジィはすでにいびきを立てて寝ていた。
◇◇
「え~。またレジィさんきてくれなかったんですか!?」
ガタンと音を立ててメグは椅子から立ち上がり、
バンと机を叩く。
「ああ。あいつはもうだめだ。今日も起こしにいったんだが、結局起きなかったよ」
「そんなぁ。レジィさんと一緒に働きたくて私頑張ったのにぃ。これじゃなんのために私このパーティに入ったか分からないじゃないですか~~」
メグが涙目で言う。
「ホワイトウェイには俺もいるんだがな」
頬が引きつる。
なぜかレジィは俺と比べて人気がすさまじい。
レジィは別にイケメンってわけじゃないし、
俺も成果じゃレジィに引けをとっていないはずなんだが。
ちやほやされたいわけではないが、なにか納得がいかない。
「あ、ごめんなさい。エリックさんはなんというか、強面で怖いんですよ。圧が強いというか、それでみんな一線引いちゃうんだと思いますよ」
「忌憚ない意見をありがとう」
額に青筋を立てつつも笑顔を崩さないようにして言う。
この娘は、真面目なのだが、
誠実に対応しようとする故かはっきりものを言いすぎるところがたまに傷だ。
「それにレジィさんってスマートって感じじゃないですけど、どんな相手でも倒れない、あの泥臭い感じが逆にかっこいいんですよ。大人の色気がそういうとこから溢れ出てるんだと思うんですよね~。いけおじみたいな。具体的にはあの上位ドラゴンのレグルス!かの狂暴なドラゴンのどんな攻撃を受けても全く引かず、最後には体力切れになったレグルスの首をはねた武勇伝。あれはかっこよくて友達と何度も語り合ったものです」
今のレジィを見てると誰のことか全くわからない感想が、
メグの口から飛び出す。付き合うだけ時間の無駄だと判断した。
「はぁ、まぁいい。それよりすまないな。まだ学生の君を駆り立ててしまって」
「いえいえ~。今の内から業務体験ができてありがたいですよ」
メグは、国立魔法学園の特待生だ。
その天才的な魔法の才能を買って俺がスカウトした。
メグはさっき言っていたようにレジィの熱烈なファンで、スカウトの話を持ち掛けると
即座に快諾してくれたと言うわけだ。
志望動機がレジィなのは不純かもしれないが、俺もレジィもアラサーだし、
こんな若い子が入ってくれるのは助かっている。
「でも、エリックさんてお母さんみたいですね。朝からレジィさんを起こしに行くなんて」
俺が突っ込み待ちでさっき言ったセリフをメグに言われ、頬がひきつる。
「え、馬鹿にされてる?」
「いえいえ、とんでもない。お互い支え合っていていいパーティだなって言いたかったんですよ。妄想がはかどってとてもいいで…いえ、なんでもないです」
メグは両手を振って必死に否定する。
なんだか、おぞましい妄想をされているような気がしたが、
人が何を考えようと自由だ。気づかなかったことにしよう。
「まぁそういうことにしておくか」
「でも、なんでレジィさんそんなサボるようになっちゃったんですか?昔は不屈のレジィって異名までついてた傑物だったのに」
「その異名、あいつダサいって嫌ってたけどな」
「え~~~、そうなんですか!?ご自分でつけられたと思ってたのに。確かにもっと言葉選びは大事にすべきとは思いますが、そう言うとこもチャーミングでかわいいなって」
メグの感想は何を言っているのか、相変わらずよくわからない。
ともかく、そう言うところはスルーしようと決めている。
メグは性格はともかく能力は優秀なんだ。
「誰がすき好んでそんなあだ名つけるか。まぁそれより話をもどすが、
レジィがああなった理由な、俺にも分からないんだ」
レジィが怠惰になったのは、世界最高難易度と称される零落のダンジョン
を攻略した後のことだ。
だが、その時もレジィが堕落するきっかけとなるようなことは特になかったはずだ。
確かに出てくるモンスターはすさまじい強さだったが、俺たちの連携で何とか倒せたし。
そういえば、最後のボスを倒したあとの宝の間。
俺は負傷して行動不能になり、セーフティポイントで休息をとっていた。
そして、レジィが見回りにいった。
あの時だけ俺たちは別行動をとったわけだが、そこで何かあったのかもしれない。
しかし、そのあともレジィは傷1つなく帰ってきたし、考えすぎか。
前人未到のダンジョンを攻略したことで、俺たちパーティの名は一気に知れ渡り、
その中でも人気のレジィは時の人となった。
だが、それからレジィはほとんど働かなくなった。
本当にたまにモンスター討伐についてくれる時もあるが、
強いモンスターだけを倒してすぐに帰ってしまう。
「あのダンジョン攻略のあと、多額の報奨金が入ってきてな。それで一生食えるようになったから燃え尽きちまったってことなのかな。情けねぇよ。ほんと」
額に手を当てて溜息をつく。
「そ、そんなことないですよ。あの英雄、不屈のレジィさんですよ。きっとすぐに立ち直ってくれますよ」
メグは励ますように言ってくれたが、
俺はその言葉に全く説得力を感じられなかった。
◇◇
俺とメグは喫茶店を後にして、
A級モンスター、ゴブリンキングの討伐に向かった。
洞窟に住まうゴブリンキングは、100匹ほどのゴブリンを従え、人間の村を襲う準備をしていたようだった。
格闘家の俺はゴブリンを殴り飛ばし、まだパーティ加入前のメグには、
魔法で追撃してとどめを刺してもらう役をやってもらった。
ゴブリンがメグの方を襲っても、彼女の結界は奴らの攻撃をたやすくはじき、
一方的に魔法攻撃をくらわせられる。
防御結界と攻撃魔法の魔法2つ同時行使するセンス。彼女の得意とする雷の魔法の練度。
どれをとってもすでに1級品で彼女が天才と呼ばれているのも
納得しかなかった。
ゴブリンの雑兵100匹を全て吹き飛ばすと、
洞窟の奥からゴブリンキングが出てきた。
うなり声をあげて殴りかかってくるゴブリンキングの拳を払いのける。
丸太のように太い緑の腕の軌道がそれ、腹ががら空きになったので、
俺は思い切り拳をぶち込んだ。
拳は、ゴブリンキングの腹に深々とめり込み、グシャリと何かの臓器がはじける音がした。
溜まらずゴブリンキングがうずくまり、動きを止めたところで、
メグが10本の雷の矢をゴブリンキングの背中に打ち込む。
その矢はゴブリンキングの背中を貫き、地面を抉った。
緑の怪物が断末魔を上げる。
これで任務は完了だ。
時計を見ると16時だった。
かなり早いが、メグはまだ学生だし、いい時間だろう。
「よくやったな。来てくれて助かったよ」
「あの~。これ私必要でした?結局エリックさんが全部倒しちゃいましたし」
「とどめを刺すのも大事な役割だぞ。倒れたモンスターの奇襲を防ぐリスクヘッジにもなるしな。それに本来レジィが来るはずだったのに…まぁ、メグはこれが初めてだし、いい経験になったんじゃないか?」
「はぁ」
そうして、俺たちは帰路についた。
俺たちが住む都市の門が見えてくる。
だが、その時都市の中心にある王城が爆発した。
何が起こったか分からずに、そちらを見ると、
城と同じ大きさほどの黒く大きな怪物が見えた。
それと同時にゾクリと嫌な気配を感じた。
メグの方を見ると、彼女もその気配を感じたようで、青ざめた顔をしている。
無理もない。
この感覚は…
俺は、零落のダンジョンで遭遇したモンスターたちの気配を思い出していた。
あの難易度SSSの圧倒的暴力が飛び交う魔境の気配を。
「急いで戻るぞ」
俺はメグとともに、都市に向かって走った。
◇◇
都市に戻ると、怪物が暴れているのが見えた。
何万の民たちが俺たちが向かう方とは逆に一斉に走り出していた。
避難しているのだ。
それはいいのだが、人の流れがすさまじく、
進行しようものなら、そのまま踏みつぶされそうな勢いだ。
「これじゃ進めない。屋根伝いにいくぞ」
「はい!」
俺は屋根へとジャンプし、メグは風の魔法で自身の体を浮かせて
屋根に上った。
すると、怪物の姿がくっきりと見える。
岩でできた巨大すぎる体。この規模の敵は、零落のダンジョン以来だなと思う。
岩の怪物を観察すると、その上には点のように黒い小さな何かがいる。
目を凝らしてみるとその正体は人だった。
フードを被った何者かの姿が見える。
「あれが黒幕か?」
怪物の下には大勢の冒険者たちが見えた。
全員が一斉に魔法を撃っているが、怪物の足の表面を削るだけで、全くダメージにはなっていない。
せめて、魔法を一点集中するみたいな連携が取れれば話は変わってくるのにと思う。
さっきの爆発で白の片側が吹き飛び、部屋の中がむき出しになっていた。
あそこは王の部屋だったはずだ。
岩の怪物が動きを止め、肩に乗ってるフードの人物が身振りで何かを言っている様子を見るに、おそらく今行われているのは王との交渉だ。
「メグ。あそこまで飛べるか?」
「はい!」
俺は城の外壁の突き出ているところを踏み台にして、一気に城のてっぺんに駆け上がる。
メグは、魔法袋に入れていたほうきを取り出して、それに乗り、空へ上った。
そうして、その黒幕らしき男と王が向き合っていた。
「だから、言っているだろう。零落のダンジョンを攻略したパーティの冒険者…ホワイトウェイだっけ?まぁいいか。そいつらを出せよ」
「だから、いま彼らは仕事で外に出ていてだな。もう少し待って欲しいのだ」
「そんなこと言って匿ってるんじゃねぇの?」
「貴様!王に向かって無礼だぞ」
「は?立場分かってんのかよ?」
フードの男が何かをする前に。王が急いで部下を制し、詫びる。
「すまない。別に匿っているわけではないのだ。だが、この国は広いのだ。いきなり来られてもすぐに連絡が取れるわけではないことは理解してほしい。そうだ。彼らが来る前にご用件を伺おう。そうすれば話がスムーズに」
「国がこんなになってるのにこねぇの?腰抜けか?そいつは。スムーズっていうならこうした方が話しがはええんじゃね?」
フードの男があざ笑うと同時に、岩の怪物が手を振り上げた。
超巨大な岩の塊が王に向かって一直線に迫っている。
「いや、こっちのほうが話しはやいだろ」
俺は助走をつけて、王の後ろから走り抜け、思い切り床を蹴る。
そして、岩の怪物の頬を思い切り殴りつけてやった。
周囲から驚きの声が上がる。
ピシリと音がして、その部分が少しひび割れ、岩の怪物がのけぞった。
そのおかげで、岩の怪物が繰り出したパンチも空を切った。
「え、エリックどのだ。Sランクハンターのエリック殿が来てくださったぞーーー!」
周囲から歓声が上がるが、俺の心中はそれどころではなかった。
かってええ。顔粉砕するつもりで殴ったのに。
涙目になりながら、心の中で叫ぶ。
チラリと岩の怪物の上に乗っているフードの人物を見る。
その人物はおっとっとと声にだしながら、バランスを崩していた。
これは、こっちのほうを叩いた方がいいな。
城の陰に隠れているメグに目配せをすると、
雷の矢が10本空中で発生し、一斉にフードの人物を襲った。
俺の意図は伝わったらしい。まだ学生だというのに、状況判断もすでに1級だ。
本当にたいしたものだ。
だが雷の矢は見えない壁に防がれる。
防御結界、それもメグの攻撃を完璧に防ぐレベルとなると、かなり高レベルの魔法使いだ。
だが、雷の矢が結界にぶつかった勢いでフードの人物は後方に飛ばされ、岩の怪物の肩から地面へと落下していく。
間髪いれずにメグが雷の矢を放ち、フードの人物は再度防御結界を展開したが、
その一本が防御結界の展開より早く、その顔へと迫る。
フードの人物は顔を逸らし、矢をかわしたが、矢はフードを掠り、余波でフードが外れた。
青い髪に童顔なその人物は、どう見てもまだ小さな男の子にしか見えなかった。
だが、こんなことをしでかす人物がただの男の子なわけはない。
その男着地の瞬間、強風が落下の勢いを殺し、着地した。
風魔法…魔法使いタイプ。それもメグと互角かそれ以上のか。
敵の挙動を分析をしながら、俺もそのまま着地する。
地面が落下の衝撃に耐えられず、小さなクレータ―ができ、土煙が舞い上がった。
「お前、なにものだ?」
俺が問いかけると、少年は露骨に嫌そうな顔をした。
「げっ、なんであの高さから落ちて無事なんだよ」
「いいから、質問に答えろ」
「はいはい、余裕ないなぁ。まぁいいよ。こっちはお願いする立場だから」
「お願い?」
国を急襲するような人物の発言と結びつかずに、復唱する。
「そ、君らが零落のダンジョンを攻略したパーティ、ホワイトウェイなんだろ?そちらのお嬢さんも仲間かな。2人組パーティって聞いてたし」
男は指を銃の形に変えてバンとつぶやく。
すると同時にメグが隠れていた王城の壁が破壊され、メグが落ちてくる悲鳴が聞こえた。
急いでメグを空中でキャッチして、地面に戻る。
男はヒュウと口笛を鳴らす。
「あ、ありがとうございます」
メグは礼をするが、それに反応して目を逸らしている場合ではない。
先程の魔法を行使したときに感じた魔力は明らかに異常だった。自分たちはどうやら目の前の敵の実力を見誤っていたらしい。
「僕はセリオン。流征のダンジョンの支配者やってるんだ。だけど、聞いてよ」
この状況で日常の会話のようなノリで話しかけてくる姿は違和感しかなかった。
流征のダンジョンといえば、国内最大級のダンジョンだ。
支配者ということは、ダンジョンマスターのことだろうか。
ダンジョンを支配する存在。そんなものは、眉唾物の言い伝えだったと思っていたが、
まさか、存在するなんて。
「零落のダンジョンのクソガキ、あ、あそこのダンジョンマスターね。あいつが俺のダンジョンの人気を奪っていきやがったんだ」
「は、人気?」
レジャー施設みたいな言いぶりに混乱する。
それにクソガキはお前だろというツッコミが、胸まで出かかって、口をつぐむ。
「そうだよ。あのダンジョンができるまではうちの天下だったのに、あそこが台頭してきてから、うちに来るハンターたちは激減して、つまんなくてしょうがない」
その言い分はだだをこねる子供のようで、侵略行為をされているこの状況と解離しすぎていた。
聞いていて頭がおかしくなりそうだった。
「そんなことで、お前はこんなことをしでかしたのか?」
「当り前だよ。ダンジョンの宣伝をするのは、ダンジョンマスターとして当然のことだろ?」
セリオンは首をかしげる。
だめだ。話が通じない。目の前の少年が、残虐な化け物だと改めて確信する。
その時、周辺にいた冒険者の1人が声をあげる。
「それは、あのダンジョン雰囲気微暗すぎるからだよ」
岩の怪物の足元で攻撃をしていた者たちだ。
「そうだよ。襲い掛かってくるモンスターたちも、なんか常に死に物狂いって感じで怖いんだよな」
「死んだら終わりだし」
その抗議の声を聞いて、セリオンは露骨に顔をしかめる。
「はぁ~~~あ!?ダンジョンってそういうもんだろ。モンスターたちにも、厳しいノルマを課して、そう言う雰囲気になるようにわざとしてるんだよ。なにぬるいこと言ってんだよ」
セリオンと名乗る少年は、肩を大げさにすくめて、呆れた目を向ける。
「いや、だってさ。零落のダンジョンなら、やられても出口まではこんでくれるしなぁ」
「そうそう、レベル上げに最適っていうか」
「セーフティゾーンも多くて、こっちのペースで楽しめるし、断然零落のダンジョンの方が需要あるよね」
「な、な」
予想外の反応にセリオンは言い淀んでいる。
「今時のハンターは、ブラック企業の施設は受け付けないってさ」
おどけて言って見せるが、セリオンはもはやこちらを見ていなかった。
「嘆かわしい。ああ、嘆かわしい。ハンターなんだから、死ぬ気でダンジョンに臨んで来いよ。命かけろよ。報酬はその希望と絶望の天秤を乗り越えたもののみに与えられるギフトなはずだろ。そんなんハンター失格だろ」
「あの、お客さんを呼びたいなら流行に少しは合わせた方がいいよ」
メグが憐れんだ目でセリオンを見つめる。
すると、セリオンはこちらを睨んだ。
「嫌だ。そんなのハンターじゃない。あの死に物狂いで欲望を叶えにくるやつらが絶望で折れる姿を見るのが大好きだったのに」
最低な発言である。
お前がハンターを殺すなという発言を飲み込んだ。
今は、こいつに帰ってもらう事の方が優先だ。
「それで、ほんとに君は何をしに来たんだ。用が済んだなら、このまま帰ってくれるとありがたいんだけど」
「君ら零落のダンジョンを攻略したパーティを倒しに来たんだよ。そうしたら、宣伝になるだろ。あんなしょぼいダンジョンより流征のダンジョンの方がよっぽど優れたダンジョンだって。だけど、気が変わった。気概のあるハンターがいないなら、この国を滅ぼしてお前らの目を覚まさせてやる」
瞬間、セリオンの目に殺気が宿る。
すぐに気を引き締める。
「お前たち!!一斉にこいつを攻撃しろ!!」
俺の号令につられて、周囲の冒険者たちはすぐに魔法の詠唱をして、
攻撃を繰り出す。
だが、セリオンが展開した結界に、すべての攻撃が阻まれる。
「お前たちの相手はこっちだよ」
セリオンがパチンと指を鳴らすと、岩の怪物に大きな隙間ができて、大量のモンスターが飛び出してくる。
「人間1殺につき、鶏肉1切れ。冒険者1人なら餌1日分だからな。ほら、みんな頑張って」
セリオンが言った瞬間、モンスターたちが、咆哮を上げ、勢いよく周囲に突撃していく。
「あとあそこの2人は、僕がやるから、手を出すなよ」
そういってセリオンは俺とメグの方を指さし、こちらを振り返った。
「ほら来なよ」
セリオンはこちらに手招きをする。
「ふざけるな!」
俺はセリオンに向けて突っ込み、拳を叩きこむ。
それはセリオンが展開した防御結界にぶつかり、バリンと音を立てて結界が崩壊した。
再び、セリオンを殴ろうと俺は手を引く。
「やっぱりおじさんすごいパワーだ。けど、突進ってあまりに単調すぎない?」
セリオンが小馬鹿にしたように笑うとともに俺の周囲に魔法の玉が浮かぶ。
「結界を壊すそのワンアクションは魔法使いにはデカすぎるスキだよ」
魔法の玉は、様々な属性が付与された弾丸のようなものだ。
セリオンが魔法を行使し、それが四方八方から飛来する。
だが、その魔法の弾丸をピンポイントで最小限の大きさの代わりに分厚く調整された
魔法結界が全て防ぐ。
「な!?」
セリオンが驚愕の声をあげる。
「悪いな。うちの新人は天才なんだよ」
「よかったです。今度はお役に立てて」
メグがほっと胸を撫でおろす。
俺の拳はそのままセリオンの顔面に直撃した。
「ぐえっ」
セリオンが後方に吹き飛ぶ。
「ひぃ、ひぃ」
セリオンは鼻血流しながら、鼻を抑えている。
「ダンジョンマスターだが、何かしらねぇが、俺たちの国で勝手なことしやがって。ただで済むと思うなよ」
「は、はぁーー?きも。きっも。なんてことすんだよ。遊んでやってたのに。こんなことなら、最初からこうしておけばよかったんだ。クソ」
セリオンの言葉に反応し、俺は動きを止める。
最初からこうしておけば、なんのことだ?
そこまで考えて、俺はその言動の意図に思い至った。
「しまった」
俺はセリオンに背を向け、急いでメグの方へと全力で走る。
「え、えなんで…きゃあ」
俺はメグを弾き飛ばした。
ずしゃっと音がして、メグが地面にぶつける。
「何を」
困惑するメグを捉えていた視界が一瞬で暗くなる。
ズシンと先程とはくらべものにならない轟音がした。
自分の体をすりつぶす巨大な硬い物体。
予想通り、それは巨大な岩の怪物のものだった。
セリオンは、自分に意識を向けさせておいて、ゆっくりとこちらに気づかれないように
岩の怪物を動かし、瞬間的に拳を叩きこませたのだ。
全身に痛みが広がる。
絶叫しそうになる。恐らく全身がバキバキに砕けている。
視界が明るくなる。
岩の怪物が、拳を持ち上げたのだ。
メグの悲鳴が聞こえる。こういう所はまだ学生だなという場違いな感想が浮かんだ。
俺は起き上がろうとするが、体は動かなかった。
目だけを動かし、辺りを見る。
視界の端で足が有り得ない方向に曲がっているのが見えた。
「エリックさん!!」
メグが涙目で叫ぶ。よかった。
彼女が巻き込まれていたら恐らく即死だっただろう。
「ゲッ、なんでまだ生きてんだよ。ほんと怪物だなぁ」
セリオンが、引いている。
ふざけんな。こっちは死ぬ寸前だっての。
どうしてこんなことに。
今までの冒険が思い返される。寝る間も惜しんでギルドからの仕事をこなし、
世の中を救うことをただひたすらにやりがいとして頑張ってきた。
平和な街並みを見るたび、その平和が維持されているのは自分のおかげだと思うと充足感があった。
けど、最後には結局守り切れなかった。
せめて、レジィと隣で戦って負けたのなら、この悔いもなかったのかな。
「まぁ驚異的な身体能力だったけど、大したことはなかったな。これで1人撃破と」
セリオンがこちらに近づいてくる。
その時、セリオンに雷の矢が飛ぶ。
「エリックさんに近づかないでください」
メグが杖を構えて魔法を放ったのだが、セリオンはそれを全て防御結界を張って防いでいた。
メグはまだ地面に伏せていた。
どうやら、俺が突き飛ばした時、足をひねったらしい。
余裕がなかったとはいえ、申し訳ない事をしたと思う。
「うっとうしいね。まずは君から」
セリオンが手をかざすと風の矢が15本ほど宙に形成される。
それが一斉にメグに降り注ぐ。
メグは防御結界を展開して防ぐ。
だが、風の矢は次々に形成されていく。動けないメグはそれを防御し続けるしかない。
このままではやられるのは、時間の問題だった。
「う…くっ」
俺は必死に立ち上がろうとするが、体は全く動かない。
そして、100本近くの矢を防いだあたりでついに結界にヒビが入る。
「あはははははははははは」
セリオンが凶悪に笑う。
「や、やめ…ろ」
おれは、声を絞り出して叫ぶが小さな声しか出てこない。
「おい。何やってんだクソガキ」
「は?」
そのとき、ズガンと大きな音がしてセリオンが殴り飛ばされる。
あの大きな体躯に茶髪、無精ひげに大剣。その特徴は1人しか思い浮かばなかった。
「俺の仲間に手出してんじゃねぇよ」
「レ…レジィ!?」
落ちるところまで落ちた、来るはずがないと思っていた。
友人がそこには立っていた。
「れ、レジィさん」
メグが涙目でレジィを見上げる。
「悪りぃ、エリック。寝坊したみたいだわ」
遅れてきたレジィは軽い態度で、頭を下げる。
色々言いたいことはあるが、今朝レジィとあったときとの違いが一番に気になった。
こいつ、この状況で髭そってきやがった。
◇◇
「お、お前、誰なんだよぉ」
殴られた頬を押さえながらセリオンが喚く。
「俺はレジィ。冒険者ホワイトウェイの一員だ」
ホワイトウェイという単語にセリオンはピクリと反応を示す。
「ふーん、君が。じゃあ、殺すしかないね」
「…なんで?」
レジィは怪訝そうに眉をひそめる。
「お前が零落のダンジョンを落としたからだよ。お前を殺せばうちのダンジョンに箔がつく」
「あー、そういうことね。ヒトミさんの商売がたきみたいな?それで人を殺そうって頭おかしいのか?悪いけどそれならなおさらお前にゃ無理だな」
そう言ってレジィは大剣を構える
「はっ!楽勝だろ。見て分かんないのかよ。この巨体をさぁ」
セリオンは、手のひらを広げて腕を上げる。
その先には巨大な岩の怪物がいた。
セリオンの言うことは正論だった。
いくらなんでもでかすぎる。それだけならまだしも俺が本気で殴っても崩れないあの硬さ。
あの怪物だけでこの国を滅ぼせる脅威だ。
それに比べてレジィは…
「そんなおもちゃを見せびらかして得意そうにしてるやつにゃ無理だって言ってんだよ」
ニッとレジィが笑う。
「ま、待て、レジィ。1年間もサボってたお前に勝てる相手じゃ。逃げろ」
お前も部屋に引きこもったこどおじみたいなやつだろという
突っ込みを喉の奥に飲み込んで俺は、這いつくばりながらも、必死で言う。
「あ~。黙ってて悪かったんだけど、俺は理由もなく怠惰にしてたわけじゃない」
「は?」
「まぁ見てろって」
岩の怪物が拳を振り下ろす。
凄まじい魔力がレジィが持つ大剣に集まり、収縮されていく。
「お前、それ!?」
「零落のダンジョンを攻略したあと、怠惰の権能をもらったんだ。その能力の1つは睡眠による魔力回復の上限を取っ払うこと。今の俺は寝れば寝るほど、サボればサボるほど魔力を内に蓄積しておける」
「権能!?それにもらったっていったい誰に」
権能というのは、神から授かると呼ばれる伝説だ。だが、そんなものが実在するなんてにわかには信じられなかった。
「零落のダンジョンのダンジョンマスター」
レジィが剣を振り上げ、思い切り振り落とす。
それと同時に、岩の怪物の腕が爆散する。衝撃は、岩の怪物の肩を突き抜け、
その片腕をもいだ。
「な、な!?」
セリオンはあんぐりと口を開ける。
「歯ぁ、食いしばった方がいいぞ」
レジィは、セリオンを殴りつけた。
「客とられた腹いせにテロ行為とか、ヒトミさんと比べてダンマスの器じゃねぇな。こんなことする前に一回敵城視察でもしたらいいんじゃね?いい発見があるかもよ」
セリオンは、吹き飛ばされ、建造物にぶつかって跳ね返り、跳んだ先でさらに建造物にぶつかって
跳ね返りを繰り返した。
「ま、その前にしばらく牢屋で反省してもらうけどな」
◇◇
怠惰の権能
・能力
睡眠貯金
・効力
睡眠によって回復した魔力を上限なく貯金する
メンタル強化
細胞回復の向上によるアンチエイジング
集中力アップによる任意のゾーン状態になれる
脳の情報整理スペックの向上による学習効率の向上。
etc
◇◇
セリオンが倒されたことにより、岩の怪物も形を保っていられなくなり、
崩れていった。
その後、今回の事件で負傷したけが人たちは病院に運ばれた。
それから3日が経った。
エリックは、全身複雑骨折で、常人なら再起不能の大けがだったが、なぜかもう骨が
くっつき始めて、順調に回復に向かっているらしい。
相変わらずおかしい肉体だなと俺、レジィ・クラウスは苦笑する。
今日はそのエリックのお見舞いに来ていた。
病室に着くと、そこには新人のメグがいた。彼女も俺と同じようにお見舞いにきたらしい。
花束を詰めたかごを膝に置いて座っていた。
こちらを見ると小さく会釈する。
俺もそれに倣って会釈を返した。メグが加入した時期、俺はすでに怠惰に徹していたし、
嫌われてそうだなと思う。
エリックもこちらに気づき、挨拶をすっ飛ばして話はすぐに俺のことに移行した。
「で、その怠惰の権能ってのはどういうことなんだ?俺だって一緒にダンジョンをクリアした
のに、そんなの知らねぇぞ」
「ああ、零落ダンジョンのマスターがな」
俺はあの日の事を思い出す。
零落のダンジョンのラスボスを倒した後、負傷したエリックをセーフティゾーンまで運び、
俺は周囲の警戒と回復アイテムを探す目的で、周囲の散策に行った。
基本零落のダンジョンのセーフティゾーンは絶対安全だし、連絡用アイテムも持たせていたので行動不能のエリックを1人にすることに特に危惧はなかった。
少しセーフティゾーンから離れると、突然、ジャーンとダンジョンに似つかわしくない軽快な音楽が
聞こえてくる。ジャガジャガジャンポコポコポンとそのパーティ会場に流れそうな音楽が
止むと、ひょこっと1人の小さな影が飛び出してくる。
「い、いえーい。ど、どーも。ダンジョンマスターの登場だぁ」
声を震わせながら、1人の小さな影が明らからに恥ずかしがりながら、普通の大きさの声で言う。
「え、どなた」
現状が理解できず、警戒するのも忘れて尋ねる。
「ふっ、よくぞ聞いた。私こそ、この零落のダンジョンの支配者。七瀬ヒトミュッ!!」
…噛んだ。絶対この子かんだ。
「あっ、えっと、七瀬一三です」
ナナセヒトミと名乗る少女は縮こまって、若干涙目で言う。
「ダンジョンクリア、おめでとうございます」
ぼそぼそとヒトミは言う。さっきまでの方が噛んだとはいえ、勢いがあってよかったのに。
明らかにヒトミのテンションは下がっていた。
「いや、さっきまでの威勢はどうしたの?もっと気楽にいこーぜ」
俺はヒトミの肩をたたく。ヒャウと小さな悲鳴が聞こえた。
なんか敵じゃなさそうだなと思い、俺も気楽な態度で接することにした。
ダンジョンの支配者って本当にいたんだ。それもこんな少女が。
全くイメージの違う彼女をみて、意外に思う。
だが、このダンジョンの挑戦者が絶対に死なないという安全性、それも重症なら回復して返してくれる
というサービスの良さを考えると、逆にイメージに合っているかもと思い直す。
「それで、ヒトミ。君は何で俺の前に姿をみせたのかな?」
「あっ、それはこのダンジョンをクリアした人には全員そうするようにしてるんです」
「なるほど。それで、これからどうなるのかな?まさか君と戦うとかはないよな?」
「まさか。私はあくまで管理者ですから。クリア者に賞品をあげるだけですよ」
「え、賞品!?」
俺は前のめりに尋ねる。すると、ヒトミはさらに縮こまって震えて出してしまった。
「あ、悪い」
「い、いえ私が悪いんです。人見知りで、しかも数十年治らないんですよねぇ」
何気にとてつもないことを言う。
え、この子何歳なの?
見た目はだけなら10代後半くらいにしか見えないのに。
「それで、賞品ですよね。ついてきてください」
ヒトミが手をかざす。
すると、ダンジョンの岩壁がズズズと鈍い音を立てて動き、穴が開いた。
その下に階段ができていく。
有り得ない光景に俺は目を見開く。こんな大規模に地形を動かすような魔法は聞いたことがない。
態度からただの少女のような認識をしていたが、この少女は紛れもなく人外の零落のダンジョンの支配者なのだ。
「な、なぁ。エリックも連れてきていいか?」
そう提言すると、ヒトミは露骨に嫌そうな顔をする。
「あ、あの人、あっ、私モニターで見てたんですけど、怖いんですよね。その点レジィさんは話しかけやすいですし、正直1人になるところ待ってたんですよ。まぁやれと言われたらやりますけど。管理者の仕事ですから。でもエリックさん負傷してるじゃないですか。だから、脱落ってことでいいですか?成果は後で山分けして貰って構いませんから」
早口で言うヒトミに苦笑した。
「あ、ああ。そこまで言うならそれでいいよ」
エリックは真面目なだけなのだが、相変わらずその辺誰にも分かってもらえないんだよなぁ。
あいつも肩の力抜いたらいいのに、と思う。
そうして、ヒトミのあとをついて行き、俺は驚きで目を見張る。
口もあんぐりと開いていた。
そこには、城が一つ入りそうなほど広々とした空間に大量の金銀財宝が広がっていた。
「これ、持ち帰られるだけ持って帰っていいですよ。ただし、もう一回欲しいときはやり直しでくださいね」
「そっか、俺このために」
気づくと涙がこぼれていた。
ギョッとした顔でヒトミがこちらを見ていた。
だが、俺もなぜ涙が出ているのか分からない。感動はしたが、それでも涙の出る場面ではないはずだ。俺自身が本当に困惑した。
すると、ヒトミがゆっくりと口を開く。
「あの、差し出がましいかもしれませんが」
俺は続けて欲しいという意図を目線に込めてヒトミの方をじっと見た。
「レジィさんはこのダンジョンで3日間文字通り不眠不休で攻略にいそしまれていましたよね」
「あ、ああ」
「それおかしいと思います。完全なブラックです」
「え?」
言ってることの意味が分からなかった。
「な、なんのためにセーフティゾーン設けてると思ってるですかって何回もモニター越しに突っ込んでました。いいですか。人間は普通7時間の睡眠が必要です。そうしないと心を壊しちゃうんです。それを守らないで体を酷使してそれに見合いそうなご褒美が手に入った反動であなたは泣いてるんじゃないでしょうか?」
「そうか、それで。俺が頑張った意味はあったんだ」
「でも、それは心が疲弊してて、全部終わって安心したから悲鳴を上げてるんだと思います。正しい成功体験じゃないです」
「え、そう?でも俺たちS級ハンターだし責任が」
「あの、トップだから、全てをしないといけないなんてことないと思います。後進育成とかされたらどうですか?逆にトップのあなた達が体を壊しそうな体勢ってすごく危険だと思います。休んでいいんです。健全に働きましょうよ」
その言葉を聞き、俺の脳裏に今まで働いてきた数々の記憶が思い浮かんでくる。
徹夜で、モンスターを狩る日々。疲れは感じていた。いつの間にかハンターを志した時のあの未知へのワクワクなど一切無くなって作業のようにモンスターを狩る日々。そういえばエリックも昔はもっと知恵と工夫で戦うタイプだったのに、いつの間にか突進して殴る一辺倒の戦いになっていた気がする。
「そうか、俺たちは社畜だったのか」
俺は地面にへたり込み打ちひしがれる。
「そ、そうですよ。あなたたちに必要なのは、休養なんです。そこで提案があります。ここで得る宝の何割かで私から買い物をしませんか?」
「買い物?」
「はい、とってもいいものですよ。その名も怠惰の権能」
◇◇
「というわけだ」
そうして、俺は話しを締めくくる。
「で、でもそんな話今まで全くしなかったじゃないか!?」
エリックが最もな質問を投げかけてくる。
だが、その問いも俺は考えていなかったわけではない。
「お前はすごい真面目だし、口で言っても聞かないと思ったからな。だから自分で気づいて欲しかったんだ。俺のスローライフを見てその素晴らしさをな」
結果としては全く気づいてもらえず、それどころか失望までされていたわけだが、
断じて時間が経ちすぎていいづらくなり、言うのが面倒になっていたわけではない。
「スローすぎだろ!お前だらけすぎたよどう見ても」
「いやー、その方が魔力溜まるんだよ」
「本当は?」
「…だらけるのめっちゃ気持ちよかったです」
前半の方も確かに大きい理由だが、
ゴロゴロするのが、癖になっていたことも否めなかった。
「ったく、事情はわかったが、要は寝る時間さえ確保できればいいんだろ。今度からもう少し働けよ」
この言い方に心配になる。ここまで言っても分かって
貰えていないような気がした。
「え、俺の話聞いてた?お前は休むんだよな?」
「ああ、暇ができたらな」
どうやら全く分かって貰えていないらしい。
エリックは真面目ゆえ、根っからのワーカーホリック体質のようだと思った。
「いや、その考えがダメなんだろ。実際お前の動き単調になってるし、万全のパフォーマンスが発揮できなくなってんだよ。だからセリオンに負けたんじゃねぇの?」
「遅れてきたお前に言われたくねぇよ。どうせ寝てて気づかなかったんだろ」
「うっ、それはマジで反省してるけど、そうなるとは思わなかったんだよ。今度から非常事態には、絶対起きれる体制準備するって」
「具体的には!?」
「それはちゃんと考えるけど、話すり替えるなよ。行進育成してちゃんと休める体制作れってなんども言ってるだろ」
「ま、まぁまぁ。落ち着いてください。お二人とも。気持ちはわかりますけどここ病院ですよ」
メグが必死に仲裁に入る。
「あ、ああ」
「ふんっ、ともかく俺は間違ってない。俺たちは責任ある立場なんだってことを忘れるな」
「あっそ。じゃあもういいよ。俺がなんとかしてやるからそれまでせいぜい社畜しとけ」
◇◇
半年後
「うそでしょ。これ毎日」
メグがホワイトウェイに正式に加入して、冒険に同行するようになってから1月が経っていた。
学生期間が終わるまで、メグは憧れのパーティ、ホワイトウェイのハンターとして、冒険に出る事を
心待ちにしていた。期待感で眠れない日もあった。
だが実際に働き、その理想は粉々に砕け散った。
毎日朝3時に集合し、モンスターを倒しに出かける日々。
あっという間にメグの疲労は心身共に限界に達しようとしていた。
半年前のあの日のやりとりがなければ、メグはこのまま心が壊れたままモンスターを狩り続ける心ない人間兵器と化していただろう。
だが、熱烈なレジィ信者であるメグは、実感を持てずとも、その言葉をきちんと胸に刻んでいたのだ。
それがメグの運命の分岐点となった。
「私、レジィさん派に入りまーす」
「そんな、お前まで」
「後進育成しましょう」
「レジィさんが言ってた意味がやっと分かりました。エリックさんも意固地になってないで、働き方改革した方がいいですよ」
レジィに言われ、ムキになっていたエリックも10代近く年下のメグにまで、働きすぎを指摘され、流石に考え直した。
そもそも戦士のエリックと魔法使いのメグでは、年齢の差こそあれど、その体力は大きく異なるのだ。
「まて、俺も協力するよ」
エリックもレジィと喧嘩してムキになっていた気持ちが落ち着き、
レジィの考えに賛同するようになった。
「でも、行進育成ってどうするんだ?」
エリックとメグはすぐにレジィの元に向かった。
レジィは後進育成のため、低ランクのハンターたちの指導をしているところだった。
半年前の事件以降、レジィは怠惰な生活を少しだけ改善し、1日数時間だけ後進育成のため、
今までのノウハウを伝授する仕事をするようになっていた。
ちなみに王都から出る仕事をしないのは、王に事情を説明し、
出来るだけ多く怠惰にすること、王都から離れないことを命じられたからだ。
「それなんだけど、ダンジョン使うのはどうかな。零落のダンジョンなら安全に育成できるだろ」
提案したのは意外にもエリックだった。
彼なりに思うところはあったのか、ここまでの道中で真剣に考えていたらしい。
「ヒトミさん…零落のダンジョンマスターに悪いよ」
レジィが反対する。
確かに零落のダンジョンをそこまで多くのハンターが挑戦することになれば、
管理業務も大変になってしまうだろう。
「じゃあ征流のダンジョン使おう」
エリックが代案を出す。
「でも、セリオンを使うって危険じゃないですか?」
メグが反対した。
「うーん、俺とヒトミさんがおど、お願いすればなんとか手綱を握れねぇかな?」
その場にいる全員、レジィが脅迫しようと言いうつもりだった気がしたが、スルーする。
確かにそれが一番いい案だと思ったからだ。
その後、零落のダンジョンマスター、ナナセヒトミと連絡をとり、ヒトミからは協力への了承を得ることができた。
その後、征流のダンジョンは零落のダンジョンの支店のような扱いとなり、
セリオンも王国からの監視付きではあるが、管理人として働いている。
国を襲ったわけなので、あくまで刑務作業の一環としてという扱いだ。
定期的にナナセヒトミも征流のダンジョンに赴き、
無茶なダンジョン設計にしていないか、見てくれている。
こうして、S級ハンターたちの業務は改善へと向かうのだった。
◇◇
それからさらに数年後。
午前9時3分。
「エリック。少し遅いぞ」
「悪い、少し寝坊しちまって」
「まぁ、まぁ。しょうがないんじゃないですか。大分ましになりましたけど、
事務作業とかエリックさんに寄っちゃって、忙しいのは相変わらずですし」
「悪い。だよな」
レジィが頭を下げる。
怠惰の権能を効果的に使うため、レジィはなるべく勤務時間を少なめにしていた。
そのため、エリックに頭が上がらないところがあるのだ。
「いやぁ。俺が遅刻したのは変わらないし、別にいいって。気が緩んでた」
「変わったなお前。昔はもっと頑固だったのに」
「言い方。はったおすぞ。まぁ、真面目が取り得なつもりだったんだけどな。けど、こうして少し楽
できるようになって、ちょっとだけサボるのもそれはそれでいい気がしてるし、お前の言う通り変わったのかも」
「真面目であることと楽をする事は矛盾しないと思いますよ」
メグがフォローするように言う。
エリックは驚いたように目を開き、苦笑する。
「かもな」
「だな。さて、今日もひと狩いきますか」
俺のかけ声とともに、S級ハンター、ホワイトウェイは今日もモンスターの駆除へと
向かうのだった。
END
読んでくださりありがとうございます。




