ダファリンのポルノ人形
※ホラー要素があるのでご注意ください※
『ここは幸せな町ダファリン。
望みどおりのラブドールが手に入る夢の町。おまけに、動いたり喋ったりもできます。
私たちと一緒に、あなた好みのポルノ人形を見つけませんか?』
♡ ♥ ♡ ♥ ♡ ♥ ♡ ♥ ♡ ♥
(戻って来ちまった……)
7歳のとき、マクスウェルは町を出た。そうして11年経った今、故郷であるダファリンに再び帰って来ていた。
「アン……。アン!」
「こんなに、おっきいの……。入らないよ」
町に入ったそばから嬌声が漏れ聞こえて来る。産業を色香に一存しているのだから、ある意味では当然だった。
この町で生産されるポルノ人形は大層な人気だ。ダファリン人形という別名でも親しまれている。
「うわさには聞いていましたが、なんていうか……。すごい町ですね」
マクスウェルの隣を歩く依頼人は、引きつったような顔を彼に向けていた。
「素直な感想をこぼしてもらっていいんですよ。自分の地元だからって、別に怒りゃしません」
「あはは……」
へたくそな愛想笑いを浮かべて、依頼人はうなずいた。
地形と気候の影響で、町全体が薄暗い。夜になると砂塵が晴れるため、かえって視界が開けるのは、夜の町としての運命を最初から背負っていたからなのかもしれない。
「それから、スカーフは鼻の上まで上げておいてください」
「スカーフですか? もう砂塵の心配はないんじゃ」
訝しむように依頼人はマクスウェルを見返す。
「匂いがどんどん強くなりますんで」
「匂い……」
入り口付近ならそうでもないが、中へと進むほどに甘ったるい香りが強くなる。客の分泌液からの匂いをごまかすために、そこかしこで香を焚くせいで、統一感のない甘ったるさが鼻を突くのだ。
ぴんと来ていない依頼人にどう説明したものかと、マクスウェルは言葉を選ぶ。
「……。体液です」
その台詞で、ようやく女は不愉快そうに黙った。
左右から喘ぎ声のする町の中を2人は進んでいく。
「助けて! いやー! いやぁあああーーーー!!!! マ――」
最初こそ、ポルノ人形の発する悲鳴に驚いていた依頼人も、3回目ともなればどうにか慣れて来たようだ。
お楽しみ中の中年が、にやにやと笑いながら店の人間に声をかけていた。
「まるで本物の絶叫ですな」
「10年も経つので、いい加減ガタが来ているのかもしれません。再起動させましたので、ご安心を」
殴りつけるように頭を直せば、ダファリン人形は再び壊れたように、せっせと腰を動かしていく。
Nn003。
シリーズNnという値の張る個体のひとつで、愛称は14番。子供と見まがうスレンダーな体つきに、いくらか膨らんだ乳房を特徴としている。
(10年か……。そういや俺がまだ町にいた頃は、本物の娼婦がいたんだっけな)
「生身の女性は見かけませんね」
安心しているのか、それとも驚いているのか。いかんとも判断しにくい声音で依頼人の女が尋ねる。
「ええ、まあ。……まともな女は全員町を出ました。残っているのは給仕くらいでしょう」
ダファリン人形は性病を介さない。ゆえに、安心安全の性交渉を提供する。この町から女が消えたのには、少なからず、稼げなくなったからだという理由もあったのだが、そこまではマクスウェルも口にしなかった。わざわざ依頼人を不愉快にさせてまで、説明することじゃないだろう。
(だからこそ、もうイーシャも残っていないだろうな)
当時、マクスウェルが惚れていた女だ。連れ出せるほどの金がなかったので別れてしまったが、この町に女がいないのと同じ理由で、イーシャもどこか別の町で暮らしているのだと自信が持てた。
「そろそろ仕事の話をしましょうか。聞かせてください」
上司から受けたのは、依頼人をダファリンに連れていくことだけ。だが、相手が聖職者であるのだから、内容には薄々想像がついている。呪本だ。
「この町に呪本があると啓示を受けました」
「啓示ですか……」
聖職者にだけ起こる奇跡――啓示。
この世界に本来あるべき存在ではない、呪本の居場所を教えられるというのが、その主な中身だと聞いている。だが、あいまいな情報も多く、頼りにならない側面も強い印象だ。
自分の役目は、聖職者をこの町に送り届けることだけ。そこから先は仕事とは無関係の話になるが、場所が場所だけに放っておくのは忍びない。おまけに、不本意だが、ここはマクスウェルの地元でもある。
訝しむような視線を受け、依頼人ははっきりと首を縦に振った。
「はい、間違いありません。天使さまは確かに、ダファリンに呪本があるとお示しになられました」
「……」
力強い断言に、つかの間、マクスウェルが黙る。
「失礼ですが、呪いの気配なんて見られませんでしたよ」
「それは昔の話なのでは?」
「まあ、そうですけど……。呪本の作成は難しいと聞いていますんで」
「ええ、それについては正しいです。素養のない者が――といっても、素養なんかあったら困るんですが、取り組んだとしても20年以上は平気でかかるでしょう」
「でしたら――」
マクスウェルは呆れたように話す。
ダファリンに呪本がないことは今しがた女自身が証明してしまったではないか。
だが、依頼人はマクスウェルをしかと見つめながら否定する。
「だからこそ、呪本で最も多いのは譲渡なんです」
「……」
女の発言に、マクスウェルは顔色を改める。
依頼人は言葉を続けた。
「交易の少ない場所なら、心配はいらないかもしれませんが、どうですか? この町の実情には、私よりもあなたのほうがお詳しいでしょう?」
分かりきったことを女が尋ねる。
砂だらけの町は歓楽街として、よそから夜間に人を受け入れることで成り立っているのだ。閉鎖的どころか、地元の人間のほうが割合は少ないだろう。
「探しましょう」
マクスウェルが低い声で返す。他人事だと思っていた話が、俄然、現実味を帯びて来ていた。
♡ ♥ ♡ ♥ ♡ ♥ ♡ ♥ ♡ ♥
ほどなくして、マクスウェルたちはひとつの倉庫にたどり着いていた。貧者ばかりの町にそぐわない立派な建築で、いったいどれだけの金を吸い取っているのか想像もできない。
「ここは?」
「商人の持ち物です。確か、名前はビッガーだったと……あれですよ。ダファリン人形の」
「ああ……」
依頼人は、さして興味がなさそうにうなずくと、入り口を探すようにきょろきょろと辺りを見回した。
勝手に入るのは気が引けたが、聖職者を相手にめったなことは起きないだろうと、マクスウェルも女に協力する。
「上のほう……換気用の窓が開いてますね。俺が下になって肩車をすれば、入れそうですよ」
「……あなたは?」
「中から鍵を開けてくれれば、俺も入れます」
依頼人の女がちらりと窓に視線を向ける。顔が不満そうなのは、直接でなくとも男の頭が鼠径部に接することを嫌がっているのか。それとも、同じ方法が取れないために、帰るときのことを心配してなのか。
だが、どうやら聖職者としての使命感のほうが勝ったらしい。やがては、依頼人もマクスウェルに同意していた。
「いいでしょう。それで行きます」
念のために付近を警戒しながら、マクスウェルは依頼人を中へと送りこむ。
ほどなくして、かなり離れた位置の扉が開いた。
素早くマクスウェルも中へと入る。
「分かっていましたが、暗いですね……」
そうかといって電気を点けるわけにもいかない。探し物をするには少々不便ではないかとマクスウェルがつぶやけば、依頼人は無言で護符に火をともす。
「ああ、さすが……」
そのまま、もう1枚の〈灯〉を押しつけるようにして、依頼人はマクスウェルに渡していた。どうやら、これでいっしょに探せと言いたいらしい。
(素人が呪本なんか見つけても分からないでしょうや……)
これならば、本の捜索は依頼人に任せて、自分は帰る方法でも考えよう。そう思ったマクスウェルは、探すふりをして適当に周囲を歩いた。何か目ぼしいものは見つからないかと期待していれば、それよりも先に依頼人から声がかかる。
「来てください! 急いで!」
「どうしたんです?」
小走りで声のしたほうへと近づけば、依頼人が1冊の本を手にしたまま固まっていた。
「それが呪本?」
困惑したようにマクスウェルが尋ねれば、ぞっとしたような表情で女がうなずく。
「ええ、死働きの呪本です。呪いの効果は――」
「困るなぁ、勝手に人の倉庫に入られちゃ」
響く第三者の声。
点けられた電気の奥から、倉庫の所有者であるビッガーが姿を見せた。
手には数枚の護符。
(――暗封ッ!)
とっさに棚の陰に身を寄せるが、依頼人までは庇えない。
射出された弾丸が体を射抜いていく。
瞬時の判断で、〈衛〉の護符を使ったようだが、護符の出力を違法に高めたのだ暗封だ。即死を免れただけで、すでに瀕死の状態だった。
「……なんだ。仕留めそこなったか。もっと携帯していればよかったな」
なんでもないように言ったビッガーが、マクスウェルたちへと鷹揚な足取りで近づいて来る。
(……どうする?)
暗封の在庫がないという、やつの独り言を信じるべきか。
「マクス……ウェルさん、そこに……いますか?」
「もういい、喋るな!」
怒鳴る声を無視して、女が言葉を続けていく。
「すみ、ません……。もう目が……。死働き……呪本、は……死者を働かせます」
死人が動くという意味だろうか。
だが、そんなものはダファリンではついぞ見かけていない。客の次に多いのは、肉感たっぷりに調整されたダファリン人形であって、あれは素材からして人ではない。
「勘違いじゃないのか?」
「もちろんだとも」
応じたのはビッガー。
力強く首肯すると、マクスウェルに出て来るように呼びかけていた。
「無益な戦いはよそう。その女の言っていることは本当だよ。お前も男なら、この町の存在意義が分かるだろう?」
同意しかねる発言だったが、話の中身には関心があった。動く死体の正体を確かめたかったからだ。
用心深く、警戒しながらマクスウェルは棚の陰から姿を見せる。マクスウェルの慎重な動きに、ビッガーは呆れたように肩を竦めていたが、まもなく、ついて来いと腕を手前に振った。
「見せてやろう」
ビッガーに案内されて進めば、大量の棺桶が姿を見せていた。
「調整前の死体だがな。以前は、町の死人を使っていたんだが、今じゃ手に入りにくい。死体も外から運んで来ている」
「調整前?」
気になるのはもう一点。
並べられているのを見る限りでは、どの遺体も女性であることが不思議だった。どの程度の強度で動かせるのかは不明だが、仮に死人を働かせるつもりであれば、労働者としては男性のほうが都合がいいはずだろう。
「ああ、そうだ。ここから脳みそだけを取り出して、人形の脳として使う。死働きの効果で食事も排泄も不要だからな。完璧なラブドールの完成だ」
絶句した。
言葉が出なかった。
何を言われているのか、脳が理解するのを拒んだ。
『助けて! いやー! いやぁあああーーーー!!!!』
だが、頭の中では先ほど出会ったダファリン人形の叫び声が、反芻するようにして何度も思い返される。
「おい……。以前は、町の人間を使っていると言ったな……。イーシャはどうした……」
低い――恐ろしく低い声が、マクスウェルの口から漏れる。
「なんだ? お前、この町の出身か? あいにくと男の顔を覚えるのは苦手でねぇ。だが、イーシャなら覚えているさ。今は14番として働いてもらっている」
「……」
マクスウェルは何も応えない。
ただ、目の前の人間を殺さなければならないという義憤が、彼の胸中を満たしていた。
そんなマクスウェルの態度から、何かを感じ取ったらしい。馴れなれしくビッガーがマクスウェルの肩を抱く。
「なんだ? お前の女だったのか。仕方ない。本当は高額なんだが、譲ってやろう。Nn003にはもう十分稼がせてもらったからな。だから、そう憤るなよ」
「てめえはいったい何を考えているんだ!」
「おいおい、死者に守られるべき権利があると思っているのか? 滑稽だな」
にやにやと下卑た笑みを、ビッガーが口元に浮かべる。
「死ね……。二度と口を開くな」
「知るかよ。生まれて来たそいつが悪い」
振り払う。
マクスウェルがビッガーの腕を掴んで、鼻っ柱に殴打を決める。
のけぞったビッガーが数歩後ろにさがるが、ただちにこちらも臨戦態勢を取る。懐から隠し持っていた暗封を取り出した。
「残念だぜぇ。本当に譲ってやるつもりでいたんだぞ? 14番は昔から泣き叫びやすい個体だったが、最近は特にひどくてな……。そろそろ処分する頃合いだと思っていた。まっ、そこが無理やり犯したいマニアに受けていたんだがね」
暗封が発動される刹那――ビッガーの手元から札が宙へと離れていく。
瀕死の体で近づいて来た女が、〈払〉の護符を使ったのだ。元をたどれば暗封も呪いのひとつ。〈払〉の効果対象であった。
「女、風情が!」
接近。
この隙を逃さずに肉薄したマクスウェルが、ビッガーの喉元にナイフを突き立てる。左手で頭を握りこむと、そのままぐるりとナイフで体をえぐっていた。口から血を吹いたビッガーが絶命し、その場に倒れる。
「大丈夫ですか!?」
急いで依頼人に駆け寄る。
それには答えず、彼女は胸元から1冊の本を取り出した。
「聖……殺しの呪本、です。……これを、あなたに託し……ます。私の、代わりに――」
言葉はそれ以上続かなかった。
それは品名どおりの呪本だった。本来、解呪は聖職者の専売特許だが、この呪本は他の呪本を解呪できてしまう。聖職者の存在意義をなくす呪本。名前どおりの聖殺しだ。
呪本を受け取った意味を理解したマクスウェルは、ただちに死働きを無力化する。難しいことは何もなかった。触れて読んで、中身を理解するだけでいい。
倉庫から外に出てもダファリンの町は何も変わらない。
呪本を解呪したところで、それは新しく呪いが作られないだけで、これまでの呪いが消えてなくなるわけじゃないのだ。
「アン……。アン!」
「気持……ちい」
嬌声の聞こえた、一番近くの店にマクスウェルは押し入る。驚く客をよそに、そいつの頭をかち割った。
何度もなんども。
何人も。
何軒も。
「頭がおかしいのか、お前は!」
何回目かも分からない殺人を前に、店員がマクスウェルを咎めた。
「……」
「この町のどこに、ポルノ以外で生きていくすべがあるってんだよ!」
何も返さずに、淡々とそいつを殺す。
今はただ、すべてが憎かった。
客も店も、これまで平気で生きていた自分も――何もかもが。
ふと、死人の腰にまたがって体を上下に動かすNn003が目に入った。イーシャの脳みそを作って作られたダファリン人形だ。
胸が張り裂けそうになった。
走って近づく。
勢い余って途中でこけたが、ついた砂さえ落とさずに、マクスウェルはその体を強く抱きしめた。
もういいんだと、悪夢は覚めたんだと言い聞かせるように。
「……て」
返って来る反応があった。
驚いたマクスウェルが、Nn003の顔を泣きながら見つめる。
「……。もう殺して」
「あぁ……。う、あぁ……」
声にもならない悲鳴がマクスウェルの口からこぼれた。
「仲間も……みんな、全員」
「そんな――」
大勢の人間を殺してまでたどり着いた先が、こんなふざけた結果なのかと、マクスウェルは天に慟哭を上げる。
もうそれっきり、Nn003は何も喋らなくなった。
「分かった……分かったよ、イーシャ」
それが彼女の最後の願いだというのであれば、叶えようではないか。
Nn003のか細い首に手をかけ、その頭を何度も台に打ちつけた。二度と意識が戻ることのないように、その脳みそが死働きでも決して動かせなくなるように――ぐちゃぐちゃにした。
♡ ♥ ♡ ♥ ♡ ♥ ♡ ♥ ♡ ♥
ダファリンにいるラブドールをすべて壊したマクスウェルは、ビッガーの倉庫へと戻って来ていた。とりもなおさず、それはイーシャの願いを実現するためだった。
帳簿から、ダファリン人形の納品先を調べあげる。
世界中にちらばったダファリン人形は、全部で66体。それはまさしく、今なお悪夢を見ている女たちの数だった。その中には当然、イーシャのような幼子も混ざっているだろう。死働きは決して遺体を成長させないからだ。
(約束するよ……イーシャ。残りのダファリン人形も全員、俺が必ず殺す)
不本意ながらもダファリンへの送迎という仕事を終えたマクスウェルが、オールレスの町にある事務所へと帰って来ていた。
マクスウェルの上司であり雇用主でもあるデズモンドは、たった数日で変貌してしまったマクスウェルの姿に困惑を隠せない様子だった。
「……。何があった?」
「何もありません。それよりデズモンドさん、早く次の仕事をください。ダファリン人形に関することなら、どんなに危険だって構いません。ダファリン人形は全部、俺が殺します」
「殺す? 壊すじゃなくてか?」
「はい――殺すです」
マクスウェルが光を失った目でデズモンドを見返していた。




