第47章 平和が戻った祭りの街にはウンザリしない
キアラ暦1271年、天棚機姫神の月9日。
預言救世主の降臨から始まった、後に〝救世主動乱〟と呼ばれる一連の事変はいちおうの決着をみた。
円陀Bケンプ共和国の近衛旗本――光照院隼瀬は、密かに自身の水晶板を用いて果心居士の正体を撮影しており、国内外へ遠隔透視魔術で配信した。まもなく唱和城の跡地からは関連する数多の証拠も発見され、アンタークティカ創世神話に係わる日出十字路団なる組織の存在が明るみに出た。
これを受けてケンプ共和国幕府は徹底した内部調査を行い、城にいた征西大名の家臣ら大半が彼による式神や幻であったことが発覚。救世主動乱中に唱和の妖精門封鎖措置が正常に履行されていなかったことも把握された。のちに不正へ関与した疑いで数名のスプリガンが捕縛されたが、真実を供述する前に何者かに暗殺されるに至る。
東部諸国は、かねてより円陀Bケンプの王族である天君王族の遠戚であり裏で両国を手引きしているとの噂があったノイシュバーベン・モードのエカテリーナ・暁麗女帝を疑い、モードとケンプは互いに責任を押し付け合う形で対立し始めた。
かくして西国同盟の疑いは晴れ、ひとまず戦争状態は回避された。
聖真のもたらした大祓は〝穢れ〟とされたディアボロス魔帝国軍の侵入を阻む結界を東アンテークティカ大陸全土にもたらすもので、当面の間魔帝国が侵攻してくる心配もなくなった。
こうした一連の区切りがついた天棚機姫神の月下旬。
エリザベス・コーツ王女国スコティア城館の謁見の間には、正装した人々が集って王女の前に跪いていた。
先頭には一人だけ場違いなブレザー制服姿だが、出現時から着用していたそれを正装と認識され、唱和城跡地から回収したあと綺麗にした上で着せられた霞ヶ島聖真。さらにフレデリカ、チェチリア、ルワイダがいる。後ろには円卓の騎士団のうち十五人、もっと後方には救世主動乱で活躍した一般の兵士や魔術師たちが整列していた。
「この度のみなの働きに、エリザベス・コーツ王女国王女エリザベス二九世として、深い感謝の意を捧げます」
エリザベスは、ランドルフ大公とメディシス枢機卿の掛ける座席に挟まれた玉座から称えた。
「一人でも欠けていたならば、いいえ。動乱で落命された方も含めて、全員のご尽力がなければ、このようなお話ができる平穏も訪れなかったことでしょう」
それから呼んだ。
「預言救世主霞ヶ島聖真殿、フレデリカ・ライコネン戦巫女隊長殿、勇者チェチリア=里得る・フィオリオ殿、ルワイダ・カラドリウス助祭枢機卿殿。こちらへ」
「「「「は、はい!」」」」
全員、それなりに緊張していたらしい。見事なまでに内心が滲み出る返事を揃えてしまった。
おずおずと起立して前に出た四人を、エリザベスも立って迎えた。傍らには、メディシス司教枢機卿がきらびやかな小箱を持って寄り添う。
箱の中には勲章が入っていた。
「あなた方の行いを表して、これらの証を授けます」
四人は王女から勲章を受け取り、侍女によっておのおのの胸に付けられる。
全員が木の枝を象った純金製の大ヤドリギ勲章を得て、ルワイダは加えて司祭枢機卿への昇進と欠けた円卓の騎士団に新たに選出されたことを告げられた。
「おめでとう、ルワイダ」
メディシスが、最初に聖真が会ったときが嘘のような聖母のごとき笑顔で、新品のアスクレピオスの杖を授けながら一文字を切って祝福する。
「あなたの前途に、唯一神のご加護があらんことを」
ルワイダは両腕、もとい両翼で受け取って感激した。さすがに今日ばかりは裸でなく、緋色の聖職者服を着用している。
「大変光栄であります。このルワイダ、全身全霊を以て癒し手として一人でも多くの者を救っていく所存」
チェチリアには〝大勇者〟の称号と、同じく円卓の騎士に選ばれたことが告げられたが、彼女は前者だけ受け取って後者は辞退した。
「ぼくは女帝国で我が身可愛さに人を殺めていた身。戦闘に係わる固定職だけは頂くわけに参りません。人類のために剣を振るうのが誓いですから、それ以外ならばありがたく頂戴いたします」と。
フレデリカには準貴族に代わる正式な爵位である女爵と、戦巫女隊総隊長への昇進が告げられた。
「ありがたき幸せ」感謝しつつも、彼女は付け加えもする。「ですが新たな立場については、宜しければ後程お話ししたいことがありやがるのですが」
王女は快く応じた。
最後に、聖真には準貴族の地位と救世主の活躍を祝して新規に作られたという〝救世主聖真勲章〟が与えられた。ヒヒイロカネ製で、美化された聖真の顔らしきものが彫ってある。
「あ、ありがとうございます」
いちおう言って引き攣った笑顔で受け取った男子高校生だが、心では(い、いらねぇ。てか恥ずかしいからこんなの作んないでくれ!)と悲鳴を上げていた。
こうして一連のやり取りが終わると、ランドルフ大公が手を叩いた。
「さぁて、堅苦しい儀式はこれまで。以降は無礼講だ、みな存分に楽しんでくれ!」
こうして、パーティーは始まった。
外では晴天にいくつもの花火が上がり、街中の人々も色とりどりのガーランドで飾られた外界に出て、舞い散るカラフルな式神製の紙吹雪の中ではしゃぎだした。魔法を交えたお祭り騒ぎだ。
テーブルや椅子も表に出され、普段はない遊戯や買い物ができる店も洋風の屋台として軒を連ねている。
射的屋に似た魔的屋では、雛壇に並んだ商品の数々に、ガンパチ中銀貨を一枚払った客たちが、こうした店を訪れられるくらいになれば誰でも扱える気光星で射的をしていた。
一度の挑戦で三回まで撃っていいのだ。
「〝アストラルライト〟」
屋台自体に張り巡らされた結界で威力を抑えられたそれは、見事に的を外れる。
「はい、三回撃ったねおしまい」
自動的に結界が強化され、次に金を払うまで気光星が使えなくなる。
「むー、精密射撃は苦手だわさ」たった今外してカウンター前で悔しがったのはスラトーだった。「わしの本分は範囲攻撃魔法なんだわさ」
徐に隣へ別の客が寄り添い。
「〝気光星、気光星、気光星〟。これでいいか?」
「は、はい全弾命中おめでとうございやす」
文字通り、三つの商品を下に落としたり倒したりすることで獲得した。
驚いたスラトーが見ると、隣人は虎丸八津彦だった。
手に入ったのは、神国日本の会津地方に伝わる縁起物の〝赤べこ〟と、反射した光の中にスヴェアの観光名所を映してくれる〝魔鏡〟、危険性を排して小さな少女を象った〝着せ替えゴーレム人形〟。
うち前者二つは風呂敷に入れて八津彦が背負ったが、人形はスラトーが狙っていたので彼女にプレゼントされた。
せっかく偶然会ったので、二人は屋台に挟まれた大通りの人混みの中を一緒に見て回ることにする。
スラトーは杖を持たず代わりに別の屋台で買ったリンゴ飴を持ち式典用の洒落たローブを着ていたが、八津彦は色が白で飾り気はあるものの目以外を隠す忍び装束を相変わらず纏っていた。
「こんなときまで顔を隠すことはなかろうに」
「本職は忍だ」女樫賢者の指摘に、忍者は当然のように答える。「あまり素顔を晒したくはない、特に雑踏ではな」
「硬いやつだわさ、人形をくれる優しさはあるのに。やはり、飛び道具も得意なんじゃな」
「故郷の祭りに似ていた、里では玩具の手裏剣や苦無を使うが。ワレンチンならもっと上手く当てれたろう」
「かもしれんな。……お礼に、〝黄金のリンゴ飴〟ちょっと食べるか?」
死んだ円卓の騎士の話題で暗くなりそうになった場。ごまかすのも兼ねて、ギリシャ神話のエピソードになぞらえべっこう飴で固めた舐めかけのリンゴ飴を忍びに差し出す賢者。
「いらん」
「またまた。関節接吻になるとか照れとるんじゃろ、可愛いやつだわさ」
「普通に汚い」
「ええい、乙女にちょっとは気を遣わんかい!」
軽くスラトーは八津彦をキックした。
避けられるはずなのに忍はかわさない。何だかんだいって、彼も彼なりにリラックスして楽しんでいるのだった。
「おっ。亀宝掬いがあるぞ、今度はあれをやろう!」
スラトーは連れの手を引いて、特殊な亀掬いである亀宝掬いの屋台に駆けていく。
八津彦は満更でもなさそうに付いていった。




