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リアルな魔術オタクは異世界の魔法にウンザリする  作者: 碧美安紗奈
第三部

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第44章 最終決戦で神業がぶつかってウンザリ

 ……ああ、バカな昔の夢を見てたのか。

 んなことより真っ暗だけど。おれ、どうなったんだろう。


「お買い上げ、ありがとうございまぁ~す!」

 ん? 誰だこのセクシーボイスは。

「重傷だが息はある。しっかりしろ、聖真くん!」あっ、チェチリアだ。「よし。ぼくが顔を上げさせる、リッキー飲ませて!」

「質問なんですが」

 これはルワイダだな。

「んな場合か!」

「いえせっかく高額で買ったわけですし、小量ずつ分けあったら愚僧らも全回復とかしないかと」

「あっ、かもしれねー! じゃあ急いでわたしから」

 おっ、フレデリカだ。

「あ~んだめよぉ」またセクシーボイスか。「安くしたんだから、一人用の適量に決まってるじゃないのぉ~」

「んんッ!? うーうー!」

「わ、早まったな!」

 どうしたんだフレデリカ。チェチリア焦ってるな。

「まったく何をしてらっしゃるんですか」

 相変わらずだなルワイダ。

「君が提案したんだろ!」

 たぶんチェチリアが正しい気がする。

「大丈~夫」またまたセクシーボイスだ。「飲んでも吐き捨ててもだめ、全部あげなきゃ。じゃ、やることは一つよねぇ」

「うむッ!? むーむー!」

「そうだ、この際全部含め!」

「んむむーっ!」

 なに揉めてんだろフレデリカとチェチリアは。

「最初に含んだのが愚僧でなくてよかったですな、嘴ではどうにもなりません」

 やっぱマイペースな鳥だな――


 ムニュ。

 ん、なんだこの唇の柔らかな感触は。

 甘い匂いと味が口内に流れ込んでくる。飲んでいいのかこれ?

 うまいし、いいよな。

 ……ごくん。


 覚醒した聖真の目前には、フレデリカの紅潮した顔があった。

 てか、キスしてた。

「くぁwせdrftgyふじこlp!?」

 わけのわからない声を上げて飛び退く男子高校生は、二メートルくらい離れてようやく意味ある声を上げる。

「な、なにしてんのフレデリカ!? っていうかどうしているの?」

「いいいや、これは、そそそのキスとかじゃねーしですね」

 きょどりまくるフレデリカだった。

「申し訳ないが」チェチリアが文字通り間に割り込む。「ラブコメ染みたやり取りをさせてる猶予はない!」

「いやラブコメとかいう言葉翻訳するのかロゴス魔術は」

「いいから、君にリッキーが口移しで飲ませたのは――」

「やっぱ口移し!?」

「ちょい黙れ!」

「はい」

 鬼の形相で勇者に叱られ、思わず素で返事をする。

「君が飲んだのはソーマだ」

「インド神話の神々の飲料か?」

 もちろん聖真には覚えがある。

「ここでは三大宗教で円陀Bケンプの信仰、神仏霊道(しんぶつれいどう)のものだ」チェチリアは微妙に肯定した。「君の世界じゃどうか知らないが、ソーマは飲んだ者の体力と精神力を全快させ一定期間減少させなくする寄効がある」

「それってつまり……」

「魔法使い放題です!」ルワイダも割って入った。「愚僧らはご覧の通りもはや体力も精神力もない。あなたにアンタークティカの窮状を救っていただきたいと、頼むほかないのです!!」

 本当に、詰め寄る三人はボロボロだった。


 聖真はざっと周辺も見回す。

 日本庭園のようだ。半壊した東屋と灯篭、削られた屋敷。ほぼ全壊した土塀から、瓦屋根の木造建築が目立つ街が窺える。記憶を辿れば、おそらく唱和京だと思い出せた。

 どうやら身分の高い者の家に突っ込んだようだが、人影はない。近くには、海とを隔てる城壁があり、本丸からそこにかけて盛大に崩れていた。雨中だというのにもうもうと煙が立ち込め、向こうはそばの海面以外見通せない。

 壊れた城壁のまだ無事な部位の上にも人影がある。傍らの梯子で登ったらしい南蛮胴具足を纏った凛々しい女性、隼瀬が海の方を眺めて愕然としていた。

「じゃ~ね~! まいどありぃ~!!」

 さらにふざけた台詞が聞こえたので高校生はそっちを向いた。さっきも聞いていたセクシーボイス。

 ほとんど無人の街中、派手に飾られた櫓があり、頂上にだけ人がいる。半裸の美女アプサラスがにこやかに手を振っていた。

 聖真が正体を悟る間もなく彼女は跳躍、真上の暗雲へと消える。

「よ、よく状況は呑めないけど」高校生は正直な感想を吐露する。「切羽詰まってるのは伝わったよ」

「あ、ありがとうございます」フレデリカは、まだ頬を赤らめながらも頼む。「ではまず、煙幕が消えて感づかれる前に救世主様のタイマン相手を――」


「間におうてよかった」

 いつの間にか、土煙の上に紛れて浮いていたそいつが言い、仰いで聖真は名を呼んだ。

「果心……居士!」

「ナナシノゴンベエ大名!」

 他方、まだ無事な城壁上では、隼瀬が悲痛に嘆く。

「偽名が酷いな」

 聖真の感想を置いて、彼女は果心へ訴えた。

「どういうことですか! あなたは飛天(ひてん)の術も使えないはず。先ほどの戦いも目撃しました、魔力鑑定なぞ容易にはごまかせないのに!!」

「愚問じゃな、近衛旗本」

 知人であろう女侍を見向きもせずに、果心は答えだけする。

「拙僧が最高位の幻術師だからに決まっておろう。全てまやかしによる誤魔化しよ。委細は救世主にでも聞くことだ、機会は訪れんが」

「どういう意味だ!?」

 チェチリアが凄む。

「言葉通りよ。ソーマはそれ自体が神として崇められるほどのもの、故に気配を感じて来てみたが案の定危なかった」

「間に合ったかのような言い方だな」

「間におうたよ。事情を把握される以前に、幻術を掛けた。主らはもう、正常に現実を認識しておらんわい」

 戦慄する聖真たちへと、術師は続ける。

「幻覚とは、あらゆる感覚に生じるもの。視覚味覚臭覚聴覚触覚はもちろん、魔法を使う感覚にもしかり。救世主がソーマの力を使う前に、こちらが五感も六感も支配したのだからそれまで」

 幻術師と救世主を除く場の全員がざわめく。


 発言の意味を誰よりも理解したのは聖真だ。元世界での果心居士の腕前を承知していたのだから。

 果心は、猿沢池の水面に笹の葉を投げて魚に変化させて泳がせ、それを信じない男の歯を楊枝で撫でただけ抜け落ちさせたとされる。松永久秀の前に死んだ妻の幻影を出現させ、震え上がらせたとも。果心の絵を欲しがった織田信長を断ったため信長の家臣に斬られたが、復活した上に奪われた絵を白紙にしたともいう。

 最期は豊臣秀吉のある過去を暴いて磔にされたが、鼠に変身して逃れた上に鳶にくわえられて飛び去ったとも、明智光秀の前で絵の小舟を水ごと実体化させて乗り込むとこれと共に消えたともされる。

 人は感覚を通して現実を理解する。幻覚を体験する人は認識できないものを体感しているのではない、当人には紛れもなく認識できるので現実との差異が判別できないのだ。もし全人類が幻覚を経験していたら、虚構を指摘できる者はいない。

 そんな状況すら作れるであろう者が果心だ。

 ソーマの話を聞いた聖真はもちろん警戒し、すぐに儀式なしの魔法を用いて防御したが、手遅れならそれすらも幻覚かもしれない。


「嘘だ!」チェチリアが叫ぶ。「騙されるな聖真くん、はったりだ!!」

 彼女にもう一人の勇者の像がダブる。

「本当だ!」そいつは叫ぶ。「騙されるな聖真くん、彼は裏をかいている!!」

「よ、預言の。ここは慎重になられた方がいいのやもしれません!」

 ルワイダも案じたが、やはりもう一人の鳥人が重なって訴える。

「よ、預言の。ここは敢然と行動なされた方がいいのやもしれません!」

「救世主様。わたしたちも幻術にハメられてやがるようです!」フレデリカは遠慮がちに言及したが、もちろんもう一人の北欧巫女が二重に現れて述べる。「救世主様。わたしたちは幻術にハメられてねぇようです――

 もはや何も当てにならない。

 二人ずついるチェチリアもルワイダもフレデリカも隼瀬も、混乱しているようだ。あるいは全部が幻想かもしれない。


 ただ、果心だけが煙の晴れてきた上空で勝ち誇る。

「真贋を見分けられまい。断言しよう、主の感覚は狂うておる。拙僧を倒そうと魔法を放った途端、それは実のところ仲間に放たれておる」

 波しぶきは、もはや下の部分が僅かに残った壊れた壁の石垣を超えて街中に流れ込み、豪雨は瀟々(しょうしょう)と勢いを増し、たくさんの雷が暴れ狂う。暗雲を背景に果心居士は、何人にも分裂しながらいっせいに述べる。

『神々の戦いに決着がつかぬのならば、拙僧が主らや民を生け贄としよう。直接手は汚したくなかったがやむを得まい。これは五感が認識できる範囲を望む幻で包み、現実と入れ換える独自の奥義だ。無論、止めても構わぬ。ほれ、早くせねば手遅れだぞ』


 第六感が最大級の危険を警告していた。大禁呪とやらが放たれようとしているのだろう。

 聖真は深呼吸を一つ、果心に向けて両手を翳す。アガリアレプトの大禁呪に対抗したのと同じ、知識にあればアンタークティカで有効な新たな魔法を組み立てられるのが、誰も想定していなかった真偽二つの救世主として彼が獲得した才だった。

 それを活かして、唱えだしたのだ。

「……〝(あま)つ神は(あめ)磐門(いはと)を押し(ひら)きて (あめ)八重雲(やへぐも)伊頭(いつ)千別(ちわ)きに千別きて 聞こし()さむ 國つ神は高山(たかやま)(すゑ) 短山(ひきやま)の末に上り()して 高山の伊褒理(いぼり) 短山の伊褒理を掻き別けて聞こし食さむ〟」

 大祓詞(おおはらえのことば)だった。


 果心は無表情である。ただ、分身を増やしもはや天を覆うほどの彼がいた。

 演技か本心か幻か、もはや考えるだけ無駄だ。

 ともかく、彼らは唱えだす。

『〝臨〟』

 両手を合わせ普賢三昧耶(ふげんさんまや)の印を構成した。

『〝兵 闘 者 皆 陳 列 在 前〟』

 一文字唱えるごとに印を変える。手印を結ぶ本格的な九字、密教式だ。

 城は砂のように崩れ去り、街も崩れゆく。


 聖真は怯まずに唱え続ける。

「〝罪と言ふ罪は在らじと 科戸(しなど)の風の(あめ)の八重雲を吹き放つ事の如く (あし)御霧(みぎり) (ゆふ)の御霧を 朝風 夕風(ゆふかぜ)の吹き払ふ事の如く 大津辺(おほつべ)()大船(おほふね)を 舳解(へと)き放ち 艫解(ともと)き放ちて 大海原(おほうなばら)に押し放つ事の如く 彼方(をちかた)繁木(しげき)(もと)を 焼鎌(やきがま)敏鎌以(とがまも)ちて 打ち(はら)ふ事の如く (のこ)る罪は在らじと 祓へ(たま)ひ清め給ふ事を〟」


 今度は、果心が中空に刀印で線を描く。

『〝東方降三(とうほうごうざん)世夜叉明王(ぜやしゃみょうおう)〟 』

 さらに続く一辺ごとに五大明王の名を呼びながら、一筆書きの五芒星(ごぼうせい)を構成。

『〝南方軍茶利(なんぽうぐんだり)夜叉明王(やしゃみょうおう)  西方大威徳(せいほうだいいとく)夜叉明王(やしゃみょうおう) 北方金剛(ほっぽうこんごう)夜叉明王(やしゃみょうおう) 中央大日(ちゅうおうだいにち)大聖(だいしょう)不動明王(ふどうみょうおう)〟』

 最後に中心を突き、〝セーマン〟を完成させる。


 街は溶け、チェチリアが、フレデリカが、ルワイダが無念の表情で倒れていく。

 これが現実ならば、もう失敗しているのだろう。

 けれども聖真は悩まなかった。ただ、自分の言の葉に集中する。


「〝高山の末 短山の末より 佐久那太理(さくなだり)に落ち多岐(たぎ)つ 速川(はやかわ)の瀬に坐す瀬織津比賣(せおりつひめ)と言ふ神 大海原(おほうなぼら)に持ち出でなむ ()く持ち出で()なば 荒潮(あらしほ)の潮の八百道(やほぢ)八潮道(やしほぢ)(しほ)八百會(やほあひ)に坐す速開都比賣(はやあきつひめ)と言ふ神 持ち加加呑(かかの)みてむ 此く加加呑みてば 気吹戸(いぶきど)に坐す気吹戸主(いぶきどぬし)と言ふ神 根國(ねのくに) 底國(そこのくに)に気吹き放ちてむ 此く気吹き放ちてば 根國 底國に坐す速佐須良比賣(はやさすらひめ)と言ふ神 持ち佐須良(さすら)ひ失ひてむ〟」


 両腕を大きく広げた果心たちは、うち三分の一ほどだけが唱えだす。

『〝我は宇宙の創造者なり、汝は何者か〟』

 別の三分の一の果心が歌う。

『〝我こそが、宇宙の創造者である〟』

 最後の三分の一の果心が謳った。

『〝かつて我ら三神(さんしん)は一体であったが、今はこのように分かれている〟』


 もはや仲間の遺体も砂と消えた。大地も海も空さえも消え始める。

 聖真はめげずに暗誦する。


「〝此く佐須良ひ失ひてば 罪と言ふ罪は在らじと 祓へ給ひ清め給ふ事を 天つ神 國つ神 八百萬(やほよろづの)神等共(かみたちとも)に 聞こし食せと(もう)す〟」


 聖真さえも消え始め、もはや言葉だけがある。

 ただ膨大な果心たちのみが存在し続け、彼らは全員で合唱した。


『〝未来においてブラフマーがヴィシュヌとなり、シヴァはカルパの発生時に怒れる額から生まれ出でるであろう〟』

 それは、インド神話の再現であった。

 宇宙創造を成した三神の邂逅だ。

 果心は合掌して終える。


『神等階梯大禁呪幻戯(めくらまし)法、〝因心居士(いんしんこじ)万物幻想(ばんぶつげんそう)遊戯絵巻(ゆうぎえまき)〟!!』


 聖真は二礼二拍手一礼をする。そして何かに導かれるように、独自の名称を口にしていた。


「大神等階梯祓法(はらいほう)、〝天津国津(あまつくにつ)八百萬大祓(やほよろづおおはらえ)〟!!」


 果心から放たれた闇は世界を塗り潰し、聖真から放たれた光は世界を照らし尽くす。

 全ては白と黒の激突に巻き込まれ、世は無へと消灯していった。

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