第43章 偽救世主にまで選ばれてウンザリ
ヨハンナがアシュタロスになってはいたが、未だマリーバード女教皇国が在った頃。
彼女は、天井まで届く本棚が犇めくロマネスク様式で石造りの広大な図書館――第弐死地獄室で備え付けの席につき、青薔薇炎の照明下で机上の禁書を読んでいた。
民を生贄に女教皇国を魔界にせんとする計略を決め、方法として選定した神等階梯大禁呪法『ヨハネの黙示録』が書かれている魔術書だ。
ただし『ヨハネの黙示録』自体は、最後まで履行すると逆の結果を生む。『新約聖書』の記述同様、偽救世主と救世主、魔王と魔族、神と天使たち、双方を召喚して争わせ、多くの人間を生贄に、最終的には魔王と魔族を封印する術だからだ。
これを魔王や魔族を呼び出した段階で打ち切るのがアシュタロスの算段である。
その途中、偽救世主として出現する人間を選定する必要があったが。
「あたくし意外の人間に、特別な役割なんて与えたくありませんわね」
卓上の水晶を覗き、人から魔となった彼女は、アンタークティカ中の候補者を映し移しながらぼやく。
偽救世主は、以前アガリアレプトが用いた第五太陽失墜第六太陽昇天において、アステカの儀式に携わる役職を十八魔属官に担わせたようなものだ。それらの職が元の属官ほど強い異能を持つとはされていなかったのと異なり、偽救世主はまやかしの奇跡を起こすとされる。
演じさせた人間には、そうした才能が宿ってしまう可能性があった。
「あら、この先の人間たちは?」
害のない者を水晶越しに探索するうち、範囲はアンタークティカを出てしまった。
(まさか。神界からも選べるというの、こんな隙があるとは超神人の仕業かしら。どういうつもりか知りませんけど、奴らの思惑より先に利用するのも手ですわね。何より――)
魔法が封じられている外部の人間に偽救世主の能力が備わったとしても、それを行使できるようにはならないだろう。外部から聖真のような者を招くために、果心ら日出十字路団が設けていた通路だとまでは見抜けず、彼女はそう踏んだ。
どうせならば面白みがある人物がいいと、外部でありながら僅かな魔力を感じる辺りに接続し、行き着く。
そこは、とあるSNSだった。
さながら水晶はただのパソコン画面のように、場を映す。そしてヨハンナ=アシュタロスはある人物の書き込みに目を引かれたのだ。
【――でさ、『神曲』で南半球の氷に墜落したって記述からおれはルシファーが南極にいるもんだと思ってたんだよね】
すでにできる範囲の魔術師になるための修行を試みて、潜在的に魔力を有していた聖真が、独自の研究を披露している箇所であった。
これは彼の勘違いによる推測であったが、南極に封印されたアシュタロスらの事実と符合していた。
「奇遇ですわね。面白いから、偽救世主は彼にしておきましょう」
かくして『ヨハネの黙示録』に繋がる条件は満たされ、この時点でルキフェルは声だけが復活。伝えられるようになった。そうして戯れに、SNSへとコメントしてみたのである。
【誇れ人間。汝は此度、余を復活させうる反救世主として選定された】
【w 誰? ルシファー本人な感じのロールプレイですかね。やっぱネットにはリアルの周りじゃいない愉快な人がいるな】
まさか本物とは露とも思わず返した聖真へ、ルキフェルは投げ槍に答える。
【どうでもよい。汝は単に反キリストを演じる役者として、ひと時の意味を得たのみ。何を成したかも知れぬまま、いずれ予の前に伏す骸となろう】
ふざけて、聖真は返信する。
【反キリストって、『ヨハネの黙示録』かな。じゃあ油断大敵だぞ自称ルシファーさん。おれが魔術師になった暁には、偽の後に再臨するっていう本物の救世主になって、あんたを倒すかもしれないからw】
【下らぬ】
それっきりだった。
まさか実現するとは、両者このときは一考だにしていなかった。
これが、スヴェア攻防戦の後ルキフェルが調べて把握した、預言救世主が想定以上の強さを得た理由。本物の救世主に加えて、偽の救世主の能力も会得していたためだった。
偶然か運命かご都合主義か、何とでも言いようがあろうが、一つだけ確かなことがある。
もし聖真が、彼の生きた現代社会では役に立たないとされた知識への探求を、世を拗ねて途中で投げ出していたのなら、ヨハンナ=アシュタロスにも果心居士にも見出されることはなったという事実だ。




