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リアルな魔術オタクは異世界の魔法にウンザリする  作者: 碧美安紗奈
第三部

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第35章 国境の港街での戦いにウンザリ

「〝夏狐(ナツコ)〟」

 東バイアテラノアで誰かが言い、双頭蛇中央大通りは夏狐神の吐く濃霧に包まれる。通りを挟んだ反対側の建物も視認できなくなるほどだ。

「〝善霊(ヴィッティル)〟」

 また誰かが言う。霧を引き裂いて半透明の霊体が現れ、《《フレデリカ》》に襲い掛かった。

「くっ!」

 何体かかわすも、彼女はいくつか裂傷や打撲を受ける。

 通りを挟む木々も数本斬り倒された。近くに停めてあった自分たちの角馬車も破壊され、自由を得たユニコーンたちは逃げだした。

 さらに、跳んで避けた空中で目前の濃霧を破り、一体が直撃の軌道で襲う。


「〝アブラカタブラ〟!」

 寸前、後ろでアスクレピオスの杖を掲げてルワイダが詠唱。ヴィッティルは霧散し消滅した。

「ありがとう、助かりやがりました」

 着地した北欧巫女が感謝するが、ルワイダは息を荒らげながら謙遜する。

「れ、礼には及びませんが、愚僧も精神力が尽き掛けております。これ以上の解呪は難しいかと」


「はあっ!」

 新たな声がして、一挙に霧が晴れた。

 その向こうで、夏狐神に峰打ちを叩き込んでいたのは《《チェチリア》》だった。

 彼女は跳んで下がり、フレデリカとルワイダの前に着地する。

「それは、本格的なピンチになってきたね」

 勇者は愚痴った。


「大丈夫か、夏狐」

 唸りを上げる夏狐神を撫で、傍らに立つのはグシオンだ。

「加減し過ぎだな」隣で述べたのはボディスである。「そんなことではこいつらを倒しきれぬのは、自覚しておろう」

 二柱を護るように、無数のヴィッティルが飛び回っていた。


「厄介だねあの能力」

 チェチリアの発言に、ルワイダが答える。

「ええ。グシオンは〝対立〟を、ボディスは〝調停〟を司る。最悪な組み合わせですな」

 悪魔たちは、自らが司るものはあらゆる儀式を省いても完全な魔法として行使できる。秘密を司るアガリアレプトが、王女都大図書館の本を特別な挙動なく読み解けたように。

 より正確には、グシオンは〝対立の逆転〟をボディスは〝闘争の調停〟を司っていた。自らに襲い来る敵の戦意をなくし、友好関係に変換して味方につけることも、あらゆる攻撃を無効化し味方同士を争わせることもできるのだ。

 もう悪魔にとられた人質は解放し市民も避難させていたが、それ自体が罠だった。

 聖真を送るのと同時に霧に紛れさせ、救助と退避誘導のために、チェチリアとフレデリカは夏狐と無数のヴィッティルを使役した。終わり次第攻撃に転換したが、片っ端からボディスによって戦意を削がれ、グシオンによって悪魔たちの味方にされたのである。

 慌ててルワイダは補助系魔法で敵を解析したが後の祭り。せめて自分たちが同士討ちしないよう、破邪呪文たるアブラカタブラを儀式なしでも常に掛け続けている状況だ。

 精神力が尽きてルワイダが気絶すれば最期、チェチリアとフレデリカも魔神の操り人形にされるだろう。

 かといって、


「〝気光星(アストラルライト)〟!」

 試しに、チェチリアは衝撃を放つ最も単純な魔法を撃つ。

 カムイたちの力は借りない、持ち前の身体能力と魔力によるものだ。そいつは真っ直ぐ魔神たちに飛び。

「〝調停〟」

 ボティスは止める。

「〝対立〟」

 グシオンが返す。

 戻ってきた気光星を、チェチリアは刀で砕いた。

「駄目か」

 彼女は嘆く。

 魔神が司るのは概念だ。自分たちを襲うものに意志がなくとも、放ったチェチリアとの対立を元に調停し、逆転させられるのだろう。

「残る手立ては、ぼくとフレデリカによる接近戦かな」

 幸い二人自身はルワイダの破邪魔法で調停と対立の影響を受けない。身体を離れない攻撃なら可能だろう。もっとも、

「杖での直接攻撃なんざ専門外ですよ」フレデリカは冷や汗で苦笑いする。「できるとすれば、ベルセルクくらいじゃねーでしょうか」

 どのみちヴィッティルのような他の神霊を呼び寄せるセイズ魔術は、敵に利用されるので使えない。自身の魂を解放し強化するガンド魔術で対抗する他ないだろう。最高のものがベルセルクだが、力尽きたら身動きできなくなる。それに――

「ぼくと君で、二柱を倒しきるのは艱難(かんなん)だしね」

 チェチリアは言及する。

 十八魔属官の平均魔力値は、一柱につき数十万とされる。二柱なら百数十万は確定だ。ベルセルクは術者の魔力値を数倍にするが、フレデリカを多く見積もっても数万、チェチリアは元よりおよそ数十万。

 せめてもの救いは、バイアテラノア駐屯騎士団が周りの悪魔たちの相手をしていて大通りにいないこと。ヴィッティルを用いて危険だから近づかないようにと言伝をしてから奪われたのは幸運だった。首都の戦力ももうじき駆けつけるだろうが、駐屯部隊から聞いて手助けには来ないだろう。

 そこはいい。本来なら助けがあった方がいいが騎士団を敵にされたらさらに戦いにくくなる。


「……待てよ」

 ヴィッティルや邪眼や瘴気を捌きながら、ふとチェチリアは思い当たる。

(だったらなんで、市民を味方にしなかったんだ?)

 そうだ。人質を救助すべくヴィッティルや夏狐を出し、目的達成後に攻撃に移らせて初めて敵味方を逆転されたのだ。なのに、なぜすでに捕まえていた市民はそうしなかったのか。戦力としては無力かもしれないが、面倒な状況も作れたはず。

「そうか!」

 同じくヴィッティルや邪眼や瘴気をどうにか防ぐフレデリカとルワイダに、戦いながら小声でチェチリアは閃きを伝達する。

 そして、


「……〝オンマリシエイソハカ〟」

 杖を脇に挟んで両翼を重ね、精一杯印を再現しながらルワイダが唱えだす。

 同時、チェチリアとフレデリカが魔神たちの方に駆けだした。

摩利支天(まりしてん)真言(しんごん)?」

 ボティスが言う。

「無駄な足掻きだ、〝ヴィッティル〟!」

 グシオンが善霊をけしかける。

「〝オンマリシエイソハカ〟」をさらに六回繰り返すと一呼吸置き、ルワイダは杖を掲げて放った。

「〝摩利支天秘密一印(いちいん)隠形大法(おんぎょうだいほう)〟!」

 途端、切り傷と打撲を受けながらもどうにか前進していたチェチリアとフレデリカが消え去った。


「何かと思えば」グシオンがせせら笑う。「印も結ばず呪文も省略、気休めの術だ!」

 その通りだった。

 ルワイダが行ったのは、悪を寄せ付けなくなり術者の姿も消す摩利支天秘密成就法の一つ。気配まで消せるのが強みだが、本来は術者自身に効果を及ぼすもので、両手を用いた大金剛印なども付加せねばならない。

 人の手がなく翼であるルワイダは、どうしても省かねばならなかった。おまけに、完璧とするには呪文があと百八回も不足している。長持ちはしない。

「接近しようが無駄な足掻きだが」ボティスも愚弄する。「ひと思いに死なせてやろう。あれをやるぞ、グシオン!」

 二柱の魔神は、大きく後方に飛び退く。

 戦いで半壊したフェアリーゲートすら越え、双頭蛇東灯台へ。正確には、根元に埋め込まれる形で建つアブラム正教会の敷地に降りる。

「〝調停〟」

「〝対立〟」

 それぞれの司るものを呟いた。

 たちまち、グシオンとボティスの魔力が急上昇していく。教会が崩れ、双頭蛇東灯台も傾き、周辺の建物もひび割れ崩壊しだす。


 精神力がほぼ尽き、うつ伏せになりながらも遠目に観察して、ルワイダは理解した。

「教会と自分たちの対立を、利用している!」

 そう、悪魔であるが故に敵対関係にある聖なる領域。アブラム正教会の敷地内に入るだけで向けられる敵意を調停し、外部に対立する魔力に変換しているのだ。

「どこから来ようと」とグシオン。「街ごと消し飛ばしてくれるわ!」とボティスだ。

 夏狐には霧を吐かせて周辺に煙幕を張り、全てのヴィッティルを辺りに飛び回らせる。


「〝ベルセルク〟!」

 途端、すぐそばで声がした。

 いつのまにか魔神たちの懐に入っていたフレデリカが摩利支天秘密一印隠形大法の効果切れで姿を現し、怒髪天を衝いて鬼の形相となり、尋常ならざる気迫で襲ってきたのだ。

「なにっ、早すぎる!」

「当然だ」グシオンに答えたのは、隣に現れたチェチリアだった。「小狼に乗ってきたからな!」

 まさしく、そばには小狼神も全身を出現させる。

「血迷ったか!」フレデリカの猛攻を強大な猿の肉体で捌きつつ、ボティスは宣告する。「そいつも貰うとしよう、〝調停〟!!」

「〝対立〟……!?」

 続いて、チェチリアの刀を剣で受けつつ唱えたグシオンがはっとした。


「やっぱりね」剛毅勇者は解き明かす。「君らができるのは〝闘争の調停〟と〝対立の逆転〟。闘争も対立もしなければ、影響を受けないんだろ!」

 まさしく、小狼神は攻撃せず主人たちを運ぶよう命じられただけ。何もせず、現れたままの格好でおとなしくしている。

 市民たちも逃げていた。戦意なく、逃走していた。だから操れなかったのだ。

「〝雄龍雌龍〟!」

 重ねて、チェチリアは救世主を送ってすぐ封じていた雌雄の龍神を解放する。

「見事だが、言ったそばからそれか?」

 拍子抜けしたようにグシオンが嘲る。

「いや調停できん!」

 気づくのはボティスが早かった。

 龍神たちは魔神を見向きもせず、真っ直ぐ天に昇った。そのまま上空に暗雲を構成して突っ込む。

 瞬時に天空は全体がかき曇り、積乱雲は街の頭上を覆い尽くす。

「雷に意志はない、ただ落ちるだけだよ!」

 クトネシリカに宿る雌雄の龍神は、元より雷神である。

 鍔迫り合いをするチェチリアは、両手で剣を握ってはいなかった。握っているのは右手のみ。さすがに十八属官相手には力不足なので交差させた左腕で上から押さえてはいるが、左手のひらの挙動は違った。

 親指で、他の指の間接を順番になぞっている。

午未午(うまひつじうま)……まさか!」

 フレデリカの怪力で、グシオンと背中合わせになるよう押し付けられながら、盗み見たボティスは悟る。

 勇者が、各間接を意味ある順で触れていることを。

「〝雷威(レイウェイ)震動(チェントン)便驚人(ペンチンレン)〟!」

 彼女が唱えたのは雷を操る術において、エネルギーを溜める準備。否、ここではそれを招いていた。

「貴様!」グシオンが見抜く。「避雷針になるつもりか!!」

「ご名答」

 チェチリアはニヤリと笑って解答を示す。


「特別階梯招雷(しょうらい)術! 〝九天応元(きゅうていおうげん)雷声普化天尊(らいせいふかてんそん)五雷法(ごらいほう)〟!!」


 極太の雷が降臨。

 そいつは天上から魔神たちを真っ直ぐに貫き、地中深くまで底知れぬ穴を穿つ、光の巨柱を直立させた。

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