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リアルな魔術オタクは異世界の魔法にウンザリする  作者: 碧美安紗奈
第一部

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第2章 王女都に運ばれてウンザリ

 寒さのせいかニュースのせいか。聖真のぼやけた意識を、知る限りの南極史が駆け巡っていた。


 二二世紀になったばかりの頃。

 突如、南極がこれまでにない勢いの猛吹雪に見舞われ、全ての国々がそこにあった基地から撤退した。

 退避の際、様々な国が犇めき合っていた南極観測隊員の誰かが混乱の末に精神異常をきたして銃を乱射。複数の他国の人員が死傷し、相手の国々が反撃したのを皮切りに、嵐も重なって情報が錯綜。紛争の火種が生まれた。

 それは各国間の微妙な不和と重複して第三次世界大戦に発展。数年で終戦を迎えたが戦禍は大きく、あらゆる世界情勢はおよそ二世紀後退した。

 戦乱が収まったあと南極には何度か調査隊が派遣されたが、海面より上では猛吹雪が水面下では猛烈な激流が極地を囲うように荒れ狂い、〝絶叫する五〇度シュリーキング・フィフティーズ〟と呼称される接近を阻むものになっている。

 異変の要因は公式には環境破壊を根源とする大異常気象とされているが、詳しくはわかっていない。磁気嵐も発生し、南極はもう宇宙からですら分厚い雲で視認できず衛星などのカメラも故障してしまうそうだ。


「すげぇ!」

 魔術オタクとなって間もない頃。そんな実情を学んだ聖真は、自室の机パソコンに表示した南極の情報と、手にした本ダンテの『神曲』を見比べながら叫んだものだった。

 例によって、未知の大陸となった南極はオカルティストらに着目され、陰謀論やら都市伝説やらが囁かれる地となり、興味を惹かれたためだ。

「ルシファーが天から落とされたのは南半球で、地の底に沈んで氷に埋まったって十四世紀の『神曲』は書いてる。なのに南極大陸の発見は十九世紀。こりゃ魔術やら何やらで知りうるはずのない知識を得たんじゃ――」


 ルシファー、主にキリスト教で悪魔の首領とされる堕天使。

 元は最も高名な天使でありながら、神に成り代わろうとして天を追放され魔王になったなどとされる。その墜落地点を、科学的な観測より先に予期していたかのような情報に興奮したが。

 ……調べていくとすぐに事実を覆され、彼は誰にも聞かれない独り言でよかったと安堵した。

 ギリシャのプトレマイオスは紀元一五〇年頃に描いた地図に世界最南端の未発見大陸を記していたし、『神曲』ではルシファーの墜落から逃れようと陸地は北に寄り南には陸がなくなったともしていた。南極は大陸だし、ルシファーが埋まった氷は厳密には罪の重さで地球の底まで沈んだところにあるとなっていたのだ。

 しかし、こんな出来事があったからだろうか。

 なぜだか聖真の脳裏には、ルシファーは天から追放されて南極に落ちたというイメージが未だにあった。そして今、どういうわけかそんな記憶を呼び覚まされていたのである。



 ……目が覚めたらまだ夢の中だった。駅馬車と思われる車室内だったからだ。

 傍らにはフレデリカがいて、

「え、なにこれ。まだ寝てんのおれ?」

 と聖真が尋ねると、

「お目覚めですか。気絶なされていたようですが治療魔法をぶちこみましたので、大丈夫ですよ。善霊で最低限なら老廃物除去や栄養の補給も含めてお世話をできますので、疲れているようですから寝てやがれください」

 などと電波な説明を朗らかにしてくれて、実際身体は健康で気分も爽やかだった。

 それでも、あのとんでもな出来事が現実だったとは信じられず、お決まりのように頬をつねってみたが普通に痛かった。

 以降の道中はよく憶えていない。夢現だったし、変な幻想から覚めることを祈ってほぼ与えられた布団に潜っていただけだ。

「ありえない」ただ周囲に話しかけることは諦め、呟いていた。「まるで異世界モノじゃないか。おれが愛好した崇高な魔術が、あんな単純に使えてたまるか」

 けれどもいくら唱えようと無駄で、以前の日常が帰ってくることはなかった。

 窓から覗ける範囲は雪景色から、やがて小春日和の自然へと移っていった。寒冷地方のように針葉樹林ばかりだった木々にも、広葉樹が目立っていく。

 フレデリカたちも毛皮を除去した服装になって、いつしか馬車は城壁に包囲された都市に入っていった。


 おっかなびっくり身を起こした聖真が窓から眺めると、いかにも中世ヨーロッパ風ファンタジー的な大都市だった。

 どれくらい移動したのか、もう雪などない。見たこともあるような花々も花壇や植木鉢や公園に咲き誇る様はまるで春先だ。故郷の地方都市並みに人も増えていた。

 布製の着衣や部分鎧を身につけた市民たちは、髪や瞳や肌の色も様々だが、欧米人のような人種が多そうだった。

 鳥や猫や犬もいたし、馬車を牽いているのは当然馬だ。

 ――時折、(ドラゴン)天馬(ペガサス)やそれらに跨がる人影。いわゆるドワーフやエルフみたいな亜人種族、妖精猫(ケット・シー)妖精犬(クーシー)みたいなのも見かけたが。


「よく来やがりました救世主様」と、まもなくフレデリカは紹介した。「エリザベス・コーツ王女国(おうじょこく)王女都(おうじょと)スヴェア。その中心であります、スコティア城館へ」

 そんな城門前で、聖真は降ろされた。

 街のほぼ中心、高台にある丘の上に城は鎮座していた。等間隔で配置された円柱状の塔を繋ぐ城壁で囲まれ、対照的平面で構築されたルネサンス様式の宮殿である。


「ルネサンスっぽいだけか。現実のヨーロッパじゃあるまいし」

 城館を見上げて最初の感想だった。

「何か仰ったぞ」

 周りでは、まるで騎士や魔術師みたいな身なりの連中が大げさな反応をする。

「道中もあんなご様子だったとか。暗号めいたご発言をなされていたらしい」

「神界のお言葉だな。我々には意味すら推し量れんのだろう」

(だめだこいつら)

 行く末への不安を覚えるも、聖真は〝こいつら〟に囲まれて逃げ場もないので、ままならず彼らの丁寧ではあるが半ば強制的な指示に従って城内に案内されるしかなかった。


 廊下も階段もルネサンス風の装飾だった。時折、案内板のようなものもあってそこにアルファベットの文字さえ見かけたが。

 もしかして異世界でなく時代を移動したのだろうか、とも思う。周囲の環境からするとそっちの方が辻褄が合いそうだが、魔術が流行った中世ヨーロッパの知識ならオタクとしてある程度持ち合わせているので、可能性は否定する。

 こんな街や人、ましてや魔法や巨人などなかったはずだ。だいいち、日本語が通じる理由になってない。


「どうぞお入りやがれください」やがて、案内人たるフレデリカが巨大な両開きの扉を開けて勧める。「こちらは、謁見の間となっております。王女陛下がお待ちです」

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