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リアルな魔術オタクは異世界の魔法にウンザリする  作者: 碧美安紗奈
第一部

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第15章 帝王たちの会議にウンザリ

 天を覆い尽くす暗雲から、雷が迸る荒野。

 昼夜問わず闇に閉ざされている国、それが、もはや魔族の手に落ちた旧マリーバード女教皇国。現、ディアボロス魔帝国だった。

 暗い自然と人工物の廃墟が点在するばかりだが、中でも一際目立つものがある。

 ハンプトン山の火口から、天を衝くようにそびえる異形の城だ。

 エリザベス・コーツ王女国のスコティア城館とも、ノイシュバーベン・モード女帝国のドローニング宮殿とも異なる。独自の建物は、城というより巨大な塔に似ていた。

 ただし、下が小さく上が大きい。円錐を逆さにしたようなそれは、あえて類似した建築物を挙げるならばダンテの『神曲』における地獄をボッティチェリが描いたものに似ていた。

 そんな物体が、地殻を突き破って飛び出ているのだ。

 今やディアボロス魔帝国と化した中心、魔都にして王城であり、地下の魔界と地上とを結ぶ橋でもある。ハ・サタン魔帝城塔(まていじょうとう)だった。


 その最上階に位置する、玉座の間。

 内周を大窓と彫像で囲われた円形の異様に広大な室内。中央には、部屋と比較して異常に小さな三角形のテーブルがあり、万物を見通す(プロビデンスの)目たる片目の文様が刻印されていた。三つの辺の側に接する三つの玉座には、三柱の大悪魔が鎮座している。

 統馭三魔帝である。


「第二魔軍は半壊、司令官は死去なされたですって?」

 目尻側の玉座から、外見上は十歳ほどの美少女が述べる。

 全身黒ずくめの、元世界でいうところのいわゆるゴスロリ衣装で身を包み、黒い翼を有し三日月形の角が額から生え、黒髪をツインテールにする悪魔少女帝。恐怖公アシュタロスだった。

 彼女は、一匹の長大な毒蛇を装飾のように身体に巻きつけている。

「由々しき事態ですわよ、ルキフェル帝。第二魔軍は貴殿の管轄、これは失策でなくて?」


「むしろ、この程度で済んでよかった」

 目頭側の玉座からおどろおどろしい声音を挟んだのは、成人の人間をゆうに超える大きさの、四枚の翅と六本の脚を有する半人半蝿の帝王だ。

 王族のように豪奢な着衣と装飾で飾られた姿。人の頭蓋骨を頂く杖を持ち、冠まで被った威容はとても蝿とは思わせぬ気品を滲ませている。

 高所王ベルゼビュートである。

「アスシュタロスよ。貴姉の策に従って生き急ぎ大陸中央にまで進軍していれば、今頃我輩らは内陣から救世主の洗礼を浴びていたであろう。ややもすれば、一柱すらも欠けていたやもしれぬぞ」

「大げさですわね」アシュタロスは鼻で笑う。「あたくしたちを超越する人間なぞ、ありえませんわよ」


「いや」

 下瞼側の席で、美青年が述べた。

 白い肌。純白の衣に身を包み虹色の長髪を靡かせる、端正な顔立ちの男だ。背には六対、十二枚もの白と黒の翼が交互に生えており、頭上には漆黒の光輪が浮かんでいる。

 この三柱は全員が十二魔神階級の第一位階〝帝王〟であったが、中でも彼は実質的に頂点に立つ。


 黎明魔王ルキフェルである。


「侮らぬことだ」彼は、厳かに警告する。「超神人が救世主として選定したのだからな」

「さよう」

 ベルゼビュートが同調した。

「人間が封じし魔法を、超神人どもが再びもたらしたのがこの大陸。お蔭で我輩らも復活を果たしたが、今後、人界を守護する勢力も現れうる。それまでに世を手中に収め、神々を永遠に封印すればその機会は訪れんはずだった」

「それを阻止すべく」

 先読みして、退屈そうに頬杖を突きながらアシュタロスが紡ぐ。

「超神人は、召喚し定着させることの難しい神々でなく人に力を与えることで、対抗しうる者として顕現を早めたと仰るのでしょう。聞き飽きましたわよ。かといって所詮は人ですのに、弱者に何ができて?」

「吾輩もそう思うていたが、貴姉は空を見たか?」

「空?」

 唐突に話を逸らされて首を傾げる少女。

 無理もなかった。

 魔帝軍がこの地を支配してから、天は多くの悪魔が好む暗雲によって常に覆い隠されている。飛行すればより上を望むことも容易いが、アシュタロスに用はない。

「吾輩は目にした」

 恐怖公の返事がないので、高所王は天井一面に掲げられたゴヤの『黒い絵』の複製を見上げて述べる。

「アガリアレプト敗北の報を受け、信じがたかったのでな。翅で戦況が確認できるところまで飛び実見してみたかったが、暗雲を抜けた上に至り、もはや不用と理解させられた」

「想定を上回りはしましたけれど」半分は認めつつ、アシュタロスは残りを否定する。「天とどういう関係にあると仰るの?」

「一瞥してみれば済む」


「確認したくば後にしてもらおう」

 黎明魔王が遮った。

「ベルゼビュートの危惧は本物だとは保障しておく」

 今度は、少女も反論はしなかった。

 立場上ほぼ対等とはいえ、仮にもルキフェルは帝王の頂点たる真魔帝(しんまてい)。保障の意味は重い。

「されど、救世主がそこまでとなった誘因までは理解しておらぬだろう」

 ルキフェルは続ける。興味深げに、あとの二柱は耳を傾けた。

「余もできうる限りの力を以て、戦禍の誘因を探ってみた。そして、一つの可能性を導き出したのだ。諸君らに集ってもらったのはこのためでもある」

 稲光が室内を染め、雷鳴が次の発言を掻き消した。

 真魔帝の発した言葉に、帝王たちは愕然としていた。もはや、彼らは預言救世主へのこれまで以上の脅威を共有するに到ったのだ。

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