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リアルな魔術オタクは異世界の魔法にウンザリする  作者: 碧美安紗奈
第一部

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序章 異世界転移してウンザリ

 第三次世界大戦による損失で、二三世紀なのに世界のあらゆる状況は二一世紀始めレベルに後退した。

 そんなわけだからか、当時一部で流行っていた〝異世界モノ〟なる創作物が再ブームを起こしている。主に中世ヨーロッパ風ファンタジーゲームみたいな異世界に飛ばされた主人公らが、元いた世界の経験を活かして冒険するなどといった筋書きだ。


「エセ魔術め」

 と、高校一年生で十六歳の霞ヶ島(かすみがしま)聖真(せいま)は聞こえないように毒づいた。

 異世界モノ作品を、放課後にスマホからのホログラムで立体動画として楽しむクラスのオタクたちを横目にぶつけた感想だ。


 聖真はブームに乗れなかった。

 アニメやゲームや漫画などに親しむグループからもはみ出し者である。本気でドン引きされるのがわかっているから、自身の趣味を周囲に洩らすのは自粛している。

 現在の学校では友達もいないし、みんなとは表面上の浅い付き合いでしかない。

 それでいい。

 身長一七〇cmチョイでちょっと痩せている、外見的には黒髪黒目と一般的で影も薄いが、ごく稀にカッコいいと評価する奇特な人もいる程度でいい。成績も中ほどのいてもいなくてもいいような生徒だが、科学の発達で廃れまくった本物の魔術オタクだったからだ。


 古代より歴史に刻まれ、二〇世紀頃から急激に衰退した魔術。

 洗練された衣装と簡単な呪文や身振りで魔法陣の中にかっこいい召喚獣を呼びド派手なエフェクトで敵を蹴散らすなんてフィクションとは違う。

 地味なローブ姿で数日掛けてめんどうな儀式を敢行。ゲテモノの道具を用意し、魔法円の中に自分が入って外に呼んだ不格好な悪魔にビビりながら取引を持ち掛け静かに願いを叶える現実的なものだ。



「科学の時代じゃどっちも非現実だろうけど」

 夕刻。

 不満を囁きながら、自動運転の自転車で下校する。

 さほど高くない疎らなビル、商店、工場、その他雑多な建物。大戦のせいで今時電気自動車が闊歩する道路を、住宅街に入る。

 二世紀も後退した地方都市の通学路を往復するだけの人生だ。将来の夢は魔術師だが、なれようはずもない。

 保育園児の頃、サンタクロースに感動して以来の趣味だが。そこから由来の聖人を調べ、奇跡を調べ、魔術を調べる子供になろうとは、正当な教義で魔術を禁じる元ネタ宗教の神もびっくりだろう。

 バイト代もお年玉も誕生日やクリスマスプレゼントもそうした類のものに注ぎ込み、可能な限りの術を実践もしている。お蔭で宗教やらなにやらに関する世界史やらの一部科目で成績がいいことだけが恩恵だった。

 魔術を行使してみても、はっきりとした効果が現れたことはない。せいぜい気のせいか思い込みで片付けられそうなぼんやりとしたものだ。

 でも、それらを趣味として捨てることはなかった。


 今回も自宅の自室で、制服の上にローブを羽織って蓋が空き水の満たされたガラス小瓶を左手に、果物ナイフの反対側を研いで黒檀の柄に換えた自作の両刃短剣(アサメイ)を右手に儀式を行った。

 〝小瓶の悪魔〟だ。

「この時点で銃刀法違反なんだから、嫌になるよ」

 溜め息を一つ。気を取り直して、目前の空間に短剣で十字を切り、厳かに呪文を唱えだす。

「〝イョ ザティ ザティ アバティ 汝と我が主 生ける神々と御名によって 三位一体かつ聖母の処女性によりて おまえの住居たる九つの天によって 人身を纏いて 我が面前に現出することを祈願せん ここに用意せし小瓶へ入り 希望にこたえよ〟!」

 微かに、空間が歪むような感覚。魔術の実験で成功っぽい結果を得たときによく捉えることができる、名状しがたい予感がした。自分の中で、〝第六感〟と名付けているものだ。

 すかさず左手を掲げる。


 しーん


 終わりだった。

 成功すれば瓶の中に悪魔を捕まえられるが、んなもん欠片もいやしない。だいいち、本来は夜にやらねばならなかったりするのだが、失敗しすぎて正式な手順も面倒になってきてしまっていた。

「……次回は別のを試そう」

 聖真はローブだけ脱ぐ、ナイフは捨て、瓶の蓋を閉めてベッドに倒れ込む。

 何となくそばの二一世紀型スマホを眺めたら、見飽きたニュースが飛び込んできた。


『南極に向かった世界連合の第五次調査団。猛烈な嵐に見舞われ、上陸を断念』


「超常現象なら興味深いけど、遠い話だしな」

 嫌気が差して感想を洩らし、画面を消してスマホを捨てる。


 そう、遠い話。

 南極に関して都市伝説みたいなのを唱える時代おくれのオカルティストらもいるが、正式な調査に参加させてもらえるのは科学方面の人々だ。科学者になんてなるつもりはない。だいいち、科学的な現象とされている。

 共働きの両親が帰ってくるのは少しあと。夕飯はさらにあと。自分としては魔術の実験というやることはやったし、昼寝でもすることにした。

 天井をしばらく眺めたあと、ゆっくりと瞳を閉じる。


『一人の男の子が我々のために生まれる』


 声が聞こえた気がした。

 意識はうとうとしている。夢かもしれない。


『その名は、霞む島、聖なる者、(しん)なる者、と唱えられる』


 ついに個人的な中二病が重症に達したらしい。幻聴が、それなりの意味を持って聞こえる。

 てかこれはあれだ、『旧約聖書』のイザヤ書九章六節、救世主誕生の預言みたいだ。

 なんだ、こんな妄想恥ずかしいぞ。寒いわ。 

 ……マジで寒気がしてきた。

 いや、実際に寒くないだろうか。つーか、寒いなんてもんじゃない。


「――寒すぎる!!」

 かつてない極寒に叫んで飛び起きると、彼は猛吹雪の景色で寝ていた。

 濡れた制服の背中から雪がボタボタ落ちる感触すらある。足も積雪に埋まった。

「な、なんらゆえか」

 〝なんだ夢か〟と台詞を吐こうとしたが、吐息と一緒に凍り付いて呂律が回らない。

 この寒気、夢じゃない! てか寝たら死ぬ!!


 瞬く間に垂れてきた鼻水が片っ端から氷結していく中、ブレザー制服姿のまま己が身を抱いて振動するしかない聖真。

 そこで、〝小瓶の悪魔〟に用いた瓶を片手に握ったままなのに気付いたが――。

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