第63話:魂の共鳴と、泥中の咆哮
暗溝の計算機
地下水路の深部、腐食した鉄管が複雑に絡み合う一角。コウは激痛に顔を歪めながら、壁面に論理式の残骸を書き殴っていた。右腕から溢れ出る黒い魔力は、周囲の酸素を食いつぶし、不吉な熱を発している。
「……右腕の出力係数はすでに臨界を突破。地脈の奔流は、既存の魔導工学では定義不能……。だが、この水路の『構造』を増幅器として利用すれば、一時的な指向性は確保できる……」
コウの意識は、論理と狂気の境界線で危うく均衡を保っていた。地脈から流れ込む膨大な「感情」の濁流――数千年にわたるこの土地の嘆きが、彼の冷徹な計算を内側から食い荒らしている。
「…… Sarah、頼む。俺の意識が『地脈』に飲み込まれる前に、君の旋律で、この不純な出力を一つのベクトルに束ねてくれ。……失敗すれば、この街ごと消し飛ぶ」
「……わかっています。あなたの魂、もう一人じゃ支えきれないほど重い。……でも、私が絶対に繋ぎ止めてみせます」
サラはコウの背中にそっと手を添え、震える声で詠唱を開始した。それは魔力の調律ではない。彼女の生命そのものをコウの論理回路へ流し込み、暴走する「負の演算」を慈愛で中和する、魂の共鳴だった。
視点:鉄の処女の「害虫駆除」
地下水路の入り口では、騎士イゾルデが率いる蒸気自動人形軍団が、一糸乱れぬ歩調で進軍を開始していた。
「……不潔な場所です。帝国の光が届かぬ場所には、相応の『洗浄』が必要でしょう」
イゾルデは優雅に指揮杖を振るった。 自動人形たちの胸部にある蒸気機関が唸りを上げ、高圧の熱線が暗闇を切り裂く。逃げ惑うスラムの住人たちが、叫ぶ暇もなく「効率的」に処理されていく。
「……提督への報告には、こう記しておきましょう。――『害虫の駆除は順調。これより、汚染された資源(少年の右腕)を回収する』と」
彼女にとって、この地下で流れる血は紅茶の色よりも価値が低かった。すべては帝国の優雅な未来のための、必要経費に過ぎないのだ。
視点:不純なる「地下砲」
「……来たか。計算通りのタイミングだ」
コウの瞳が、青白い論理の光を放つ。 サラとの共鳴により、彼の脳内では地下水路全体の構造が一本の「砲身」として再定義されていた。
「……シエル、最終バルブを開け! 地脈の怒りを、あの耳長共の『紳士面』に叩き込む!」
「了解! ……行け、コウ! 君の論理で、あの三枚舌共の歴史を上書きしてやりなさい!」
シエルが古代の封印を物理的に破壊した瞬間、コウの右腕から溢れ出た黒い雷が、地下水路に溜まった汚水と魔力を媒介にして、一直線の光軸へと収束した。
「……これは、あんたたちが切り捨てた『非効率な命』の総量だ。……受け取れ、エルフ帝国!」
結末:蒸気の霧を貫く光
轟音と共に、地下水路から巨大な光の柱が地上へと突き抜けた。 それはイゾルデが展開していた蒸気防壁を紙細工のように切り裂き、進軍していた自動人形たちを瞬時に蒸発させた。
「な……!? 私の計算にない……この出力は、一体……!」
イゾルデの驚愕を嘲笑うかのように、光の奔流は地上へ溢れ出し、上空に待機していた空中艦隊の先遣艦を直撃する。 帝国の「管理」という名の静寂が、地下から突き上げられた怒りの咆哮によって、無残に打ち砕かれた。
だが、その代償はあまりに大きかった。 発射の反動で、コウの右腕の皮膚は裂け、サラは魔力枯渇により糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
「……サラ……!」
煙が立ち込める地下水路で、コウは動かない右腕を引きずりながら、サラを抱きしめた。 勝利の歓喜はない。ただ、より深い奈落へと足を踏み入れた確信だけが、泥の中に沈んでいた。




