第60話:黄昏の艦隊と、鋼の審判
大英エルフ帝国空中艦隊・旗艦
アカデミーの街を遥か上空から見下ろすのは、巨大な蒸気機関と浮遊石を組み合わせた、帝国が誇る魔導戦艦。その甲板では、提督を務める耳の長い老紳士が、霧に包まれた街を双眼鏡で眺めていた。
「提督、街の一部で暴動が発生。魔剤の無力化により、我が帝国の『知的独占権』が侵害されています」
報告を受けた提督は、手にした懐中時計の蓋をパチンと閉めた。
「嘆かわしい。未開の地に文明(お茶)を与えてやったというのに、野蛮人どもめ、感謝の心さえ持たぬとは。……これもまた、文明化に伴う『白き民の重荷』というやつですな」
提督は優雅に、しかし冷酷に命じた。
「主砲、装填。市街地への『威嚇的教育(艦砲射撃)』を開始せよ。不純物は、熱い湯で煮出すに限る」
視点:鉄の処女の突撃
地上では、騎士イゾルデが巨大な蒸気魔導剣《処刑の揺り籠》を静かに構えていた。彼女の周囲には、一糸乱れぬ隊列を組んだ「ヤード」の精鋭たちが展開している。
「騎士道とは、法を守ること。法とは、我が帝国に利益をもたらす数式のこと。……それを乱す不穏分子には、最高にエレガントな死を」
彼女が床を蹴った瞬間、背中の蒸気機関から白い煙が爆発的に噴き出した。 物理法則を無視した突進。それは、エルフ帝国が誇る「鋼鉄の筋繊維」と「蒸気魔導」の結晶。
研究室の防壁を一撃で叩き割り、彼女はコウの目の前へと踏み込んだ。
「――チェックメイトです、野蛮人の神童」
視点:コウの「再定義」
「……あいにくだが、その計算には致命的な欠落がある」
コウは右腕に走る黒い電流を、左手で無理やり押さえつけた。指輪が放つ熱量はすでに限界を超え、彼の周囲の空気は論理干渉の余波で歪んでいる。
「イゾルデと言ったか。あんたたちはこの街をただの植民地だと思っているが……地下に眠るこの国の『本質』を、一度でも計算に入れたことがあるか?」
コウの瞳に、極低温の輝きが宿る。 彼は、エルフたちが「野蛮な遺跡」として放置し、上から自分たちの魔力供給網を被せて隠していた「古代の地脈」への強制接続を開始していた。
「シエル、サラ! 地下三階の安全弁を外せ! エルフ共が盗んでいた『この地の記憶』を、すべて解放してやる!」
「了解よ!……あいつらの『三枚舌』で塗り固めた偽りの理を、この街本来の力で吹き飛ばしてやるわ!」
シエルが杖を床に突き立て、封印されていた古代の術式を「解凍」する。
視点:群像・路地裏の反逆
街のいたるところで、エルフたちの支配に抗う人々が立ち上がっていた。 「魔剤」の呪縛から解き放たれ、本来の魔力を取り戻し始めた魔導師たち。彼らは、空飛ぶ戦艦から降り注ぐ光の雨を見上げ、拳を握る。
「……あいつらは、俺たちに紅茶を飲ませながら、足元からこの土地の魔力を吸い取っていたんだ!」 「返してもらおうか。俺たちの誇りと、俺たちの地を!」
名もなき市民たちの怒りが、地下から溢れ出した古代の魔力と共鳴し、アカデミー全体が白銀の光に包まれる。それは、帝国の「管理」という名の鎖を、物理的に、そして論理的に断ち切る拒絶の光だった。
結末:蒸気と論理の衝突
「……なっ、私の蒸気圧が……押し返される!?」
イゾルデの剣が、コウが展開した「純粋論理障壁」に阻まれ、火花を散らす。 コウの背後には、地下から噴き出した古代の術式が、巨大な計算式の翼となって広がっていた。
「あんたたちの『帝国式魔導』は、他者から奪った魔力の上に築かれた、薄っぺらな虚飾だ。……そんな不純な数式で、俺の『ゼロ』は超えられない」
コウの右腕が、黒い雷を纏ったままイゾルデの剣を掴み取った。
「市場は閉まった。……これからは、あんたたちが奪ってきた命の重さを、一グラム単位で清算する時間だ」
空では、旗艦の主砲が発射されようとしていた。 だが、その砲口が光を放つより先に、街全体が巨大な「魔力反転」の嵐に飲み込まれていった。




