第59話:暴落のアルビオンと、鉄の処女
大英エルフ帝国・駐在武官室
アカデミーの街を見下ろす最も高い尖塔。そこには、エルフ帝国の象徴である「沈まぬ太陽」の旗が誇らしげに掲げられていた。 室内では、帝国公使のアーサー卿が、銀のトレイに乗ったクロテッドクリームたっぷりのスコーンを優雅に口に運んでいた。
「……ほう。ボロフが敗北しましたか。せっかく投資した魔剤が台無しですな」
アーサーは手元の報告書を暖炉に投げ込んだ。彼にとって、人族の教授一人など使い捨てのティーカップに過ぎない。
「ですが閣下。あの『計算の天才』が魔剤の通信周波数を解析し始めたとの報告が。もし供給網の根幹を叩かれれば、我が帝国の貿易黒字が……」
部下の言葉に、アーサーはティーカップを置いた。その瞳に宿るのは、紳士の仮面を被った冷酷な植民地支配者の色だ。
「……ふむ。我が国の特許を侵害する不届き者には、相応の『関税』を課さねばなりませんね。……円卓の騎士団、第七席を呼びなさい。これより、野蛮な人族への砲艦外交を開始します」
視点:研究室の「経済テロ」
一方、ボロボロになった研究室。コウは右腕の痛みを神経遮断術式で無理やり無視し、シエルの旧式魔導端末に指を滑らせていた。
「……サラ、魔剤の波長、固定できたか?」
「はい! ……この街の空気に溶け込んでいる微細な魔力信号。すべてエルフ帝国の管理サーバーに繋がっています。……でもコウさん、これに干渉するなんて……」
「真正面からサーバーを落とせば、向こうの防衛機序に跳ね返される。……だから、俺たちは攻撃しない。ただ『市場』を飽和させるだけだ」
コウの唇が、冷淡に吊り上がる。
「シエル。帝国の魔剤流通ネットワークに、偽の『無料配布プロトコル』を流し込む。あいつらが命の値段をつけて売っている魔剤を、ただの『どこにでもある水』と同価値まで論理的に上書きするんだ」
「……っ、なるほどね。あいつらが一番恐れるのは、武力じゃない。自分たちの商品が『無価値』になることか。……面白いじゃない。やりましょう」
シエルの指がキーボードを叩く。コウの論理干渉が、指輪を通じてアカデミー全体の魔力供給網へと侵入を開始した。
視点:狂騒のマーケット
数分後。アカデミーの街全体で異変が起きた。 魔剤の禁断症状に苦しみ、エルフたちに高額な金を払おうとしていた中毒者たちの手元で、高価な瓶の中身が、ただの「無色透明な水」へと変質し始めたのだ。
「……なんだ!? 効かないぞ! 魔法が、計算ができない!」 「ヤード! 不良品を売ったのか! 金を返せ!」
街の至る所で、エルフ帝国の「洗脳的支配」が崩壊し始めた。 価値が消滅した魔剤の瓶が道端に投げ捨てられ、ヤードの捜査官たちは、怒り狂った民衆に包囲される。
「……効率を愛するエルフ諸君。自分たちの計算式から『利益』が消える気分はどうだ?」
コウはモニターに映し出されるパニックを眺め、氷のような声で呟いた。
視点:鋼鉄の騎士、来臨
だが、混乱の最中。 アカデミーの広場に、巨大な「音」が響き渡った。
空から降り立ったのは、白銀の全身鎧を纏い、背中には蒸気を吹き出す巨大な蒸気魔導剣を背負った、美しきエルフの騎士。
大英エルフ帝国、円卓の騎士団第七席――「鉄の処女」イゾルデ。
彼女は周囲の暴動など目に入らぬかのように、コウたちの研究室がある塔を見上げた。
「……非紳士的なる市場荒らしに、帝国の法の下、死を。……まずは紅茶を一杯頂く時間を与えましょう。その後に、処刑です」
彼女が剣を抜いた瞬間、街を包んでいた霧が「鋼の針」へと変質し、研究室の窓を粉々に粉砕した。
結末:不純なる「騎士道」
「……来たか。計算外の増援だが、あいつらのプライドを考えれば、この速度での介入は必然か」
コウは、粉砕されたガラスの破片を論理干渉で空中に固定し、盾を作った。 外には、イゾルデ率いる「円卓の騎士団」の先行部隊が、一糸乱れぬ所作でこちらに銃口を向けている。
「コウ、あの子はマズいよ。帝国の『掃除屋』だ。……まともな倫理観なんて期待しちゃダメ」
シエルが杖を構える。 エルフ帝国のやり方は、いつだって「エレガントで残酷」だ。 彼らは自分たちの利益を守るためなら、その地を焦土にすることさえ「必要なコスト」として計上する。
「……いいだろう。通貨の次は、その騎士道という名の非効率な幻想を、論理的に解体してやる」
窓の外、夕暮れの空が、エルフ帝国の戦艦による「艦砲射撃」の予兆で赤く染まり始めた。




