第58話:大英エルフ帝国の「食卓」と、見えない支配
呪われた茶葉の正体
研究室の冷え切った空気の中、コウはピンセットでボロフのポケットから落ちたティーバッグをつまみ上げた。一見すれば高級なアッサムの茶葉に見えるが、彼の「論理干渉」は、その奥に隠された悍ましい演算式を瞬時に読み取っていた。
「……ただの茶葉じゃないな。これは、服用者の魔力回路を特定周波数に固定し、外部からの遠隔操作を受け入れやすくするための、生体受信触媒だ。シエル、エルフ共はこれを『嗜好品』として輸出し、この国の知識層を内側から操っているのか」
「……あいつらの常套手段だよ。まず文明を『優雅さ』でコーティングし、断れない形での援助と貿易を持ちかける。気づけば、その国の要職はエルフ製の魔剤なしでは思考できない廃人か、犬になり果てている」
シエルは吐き捨て、震える手で自身のこめかみを押さえた。彼女の故郷、大英エルフ帝国。沈まぬ太陽の帝国と謳われるその栄光は、他種の犠牲と、徹底した「三枚舌」の外交によって築かれたものだった。
群像:ヤードの「残業代」
その頃、研究室から少し離れたアカデミーの廊下。先ほど撤退したはずの**魔導王立特別警察**の隊長は、部下から差し出された銀のトレイに乗った紅茶を啜っていた。
「隊長、よろしいのですか? あの賢者と計算のガキを放置しては、本国の理事が黙っていないのでは」
隊長はカップを置き、品よく口元を拭った。
「焦ることはない。ボロフという『不良債権』はすでに切り捨てた。……今の我々の目的は、あのコウ・オガワという特異点が、我が帝国の魔剤に対してどれほどの耐性を示すかを観測することだ。……それに、あの『計算バカ』がどこまで効率を追求し、どこで我々の描いた『不条理の壁』に絶望するか……。それを眺めるのは、最高級のスコーンを味わうより贅沢な娯楽だと思わないかね?」
部下たちは一斉に、訓練された紳士的な笑みを浮かべた。彼らにとって、この国で起きている惨劇も、スラムの住人の死も、すべては「午後のティータイム」をより豊かにするための、取るに足らない投資に過ぎなかった。
視点:不純なる「外交」
「コウさん、右腕が……!」
サラが悲鳴に近い声を上げる。コウの右腕に刻まれた魔力回路の焼け跡が、ボロフの持っていたティーバッグに反応し、黒い煤のような魔力を放ち始めていた。
「……っ、なるほどな。この回路の損傷さえ、あいつらにとっては『観測用のアダプタ』を差し込む隙間に見えるらしい。どこまでも効率的な、そして最低な連中だ」
コウは自身の右腕に無理やり左手で論理障壁を叩き込み、強制的に外部通信を遮断した。額からは大粒の汗が流れる。
「シエル、この場所はもう安全じゃない。あいつらはボロフを捕らえる気なんて最初からなかった。俺たちを泳がせ、このアカデミーそのものを巨大な実験場として使い潰す気だ」
「……わかっているわ。あいつらは、自分たちが王の席に座り続けるためなら、隣国の学術都市一つくらい平気で更地にする。……でも、コウ。この帝国を相手にするなら、これまでの『戦い』とは次元が変わるわよ。あいつらが戦うのは、剣でも魔法でもない。法と、通貨と、そして洗練された欺瞞よ」
次なる一手:ゼロの宣戦布告
「法だろうが通貨だろうが、根底にあるのはただの数字だ。……だったら、俺がその帳簿をすべて書き換えてやる」
コウはサラの支えを借りて立ち上がり、窓の外に広がる、霧に包まれたアカデミーの街並みを見下ろした。その霧の向こうには、優雅に紅茶を啜りながら世界を蹂躙する「耳長共」の軍靴の音が聞こえる。
「サラ、君の調律でこの街に蔓延する『魔剤』の波長を特定できるか? シエル、帝国の金融魔導ネットワークへのバックドアを探してくれ。……効率を愛するあいつらに、人生最大の『計算違い』を教えてやる」




