第55話:賢者の審判と、命の帳簿
ボロフの算定
宝物庫の中央、歴代の英知が詰まった魔導書の山を背に、ボロフは冷徹な眼差しで三人を見下ろしていた。彼の傍らには、すでに解体され、天生者の術式を組み込まれたシエルの遺産――万象の天秤が鈍い光を放っている。
「……さて、コウ。君が先ほど見せた消去術式、あれには驚かされた。だが、あれはあくまで数に対する力だ。真の強者……すなわち、世界を管理する側の術式に対し、どこまで通用するか。興味がある」
ボロフは杖を軽く地面に突いた。その瞬間、床に刻まれた幾何学模様が暁色に輝き、三人の足元から重力そのものが「値上げ」されるような圧力が立ち昇る。
「私の命の値段は、あの外で死んでいったゴミ共とは違う。……君たちがどれほどの価値を示せるか、私自身の術式で検品させてもらおう」
激突:特権階級の魔導
ボロフが放ったのは、アカデミーの伝統的な高位魔導に、天生者の理を上書きした異形の術式だった。
空間に浮かび上がるのは、無数の黄金の硬貨。だがそれは単なる魔力の塊ではない。一つ一つが対象の魔力回路を強制的に買収し、出力を減衰させる黄金の腐敗。
「……不愉快な術式だ。魔力の波長を金銭価値に置換して、存在の重みを削り取っているのか」
コウは右腕の激痛を押し殺し、指輪を通じて強制演算を開始した。先ほどの消去術式の反動で、彼の右腕の魔力回路は半分近くが焼き切れている。だが、彼の脳は止まらない。
「サラ、出力を絞れ! 正面から受ければ、君の調律ごと魔力を買い叩かれるぞ。シエル、ボロフの術式の底を見極めてくれ。奴はまだ、試作段階の遺産の実験をしているだけだ!」
「わかっています、コウさん! ……でも、この魔力……すごく冷たい。誰かの命を奪って作った、偽物の輝きです!」
サラは聖杖を構え、最小限の魔力でボロフの放つ黄金の波を逸らすことに専念する。正面衝突を避け、流動的にいなすその動きは、暴力的なボロフの魔導に対し、静かな抵抗の旋律を奏でていた。
視点:群像の断絶
宝物庫の扉の外。まだ生き残っていた数人のスラムの住人たちが、厚い扉に耳を当て、中から漏れ出る圧倒的な魔圧に震えていた。
「……あの中に、あいつらがいる。俺たちを使い捨てた教授と、あの計算の化け物が……」
一人の男が、震える手で折れたナイフを握り直した。彼らにとって、ボロフもコウも、自分たちの命の値段を勝手に決める支配者に他ならなかった。迷宮の奥で、自分たちの仲間が肉の壁にされ、燃料にされた。その怒りは、もはやどちらが勝つかではなく、この不条理な場所そのものを呪う叫びへと変わっていた。
シエルの助力:賢者の楔
「ボロフ……君は、魔術を何だと思っているんだ!」
シエルが叫び、自身の影から黒い糸を紡ぎ出した。それは遺産の防衛権限を無理やり奪い返すための、管理者コード。
「君が使っているそれは、ボクが人を救うために、争いを止めるために作った計算式だ。それを、弱者を蹂躙するための帳簿に変えるなど……ボクが許さない!」
「許さない、か。シエル、君のその甘さが、この国を停滞させてきたのだよ。力を持たぬ者は、力を持つ者のための資源であるべきだ。それが、天生者が示した最も効率的な世界の姿なのだから」
ボロフの杖が、さらに巨大な暁色の魔法陣を形成する。
「さあ、次のページだ。コウ。君の右腕はもう限界だろう。……その状態で、この世界の再評価をどう切り抜ける?」




