第52話:招かれざる「茶会」と、飢えた猟犬たち
塵一つない「空白」の年月
シエルが古びた銀の鍵を差し込み、複雑な魔力術式を解呪すると、重厚な石造りの扉が音もなく滑り出した。
「……何だ、これは。自動清掃術式の維持限界を遥かに超えている」
室内は、数分前まで誰かが丹念に磨き上げていたかのように一点の曇りもなかった。だが、シエルの表情は険しい。封印されていたはずの部屋がこれほど清潔なのは、誰かが「今」使っている証拠だからだ。
部屋の中央にある黒檀の机の上には、湯気を立てる淹れたての茶が置かれていた。
影からの「管理者」
「――北国の雪は、客人を冷え込ませますから。お茶の用意をさせていただきました」
部屋の隅から姿を現したのは、アカデミーの制服を崩して着こなした一人の男だった。しかしその肌は荒れ、目つきには学徒特有の知性ではなく、路地裏で生き抜いてきた者特有の狡猾さが宿っている。
「名乗るほどのものではありませんが……この辺りのスラムを仕切っている者です。シエル元教授の部屋を『管理』するよう、上からお達しがありましてね」
男は下卑た笑みを浮かべた。彼らは「天生者」の圧倒的な財力によって雇われた、現地の食い詰め者たちのリーダーだった。
「管理? 泥棒の間違いだろう。天生者はどこだ」
コウが冷徹に問いかけると、男は肩をすくめた。
「さあて。あの方々は雲の上の存在でね。我々のような下っ端には、金と命令だけが降ってくるのさ。『今日ここに来る連中を、手段を選ばず足止めしろ。成功すれば、一生遊んで暮らせる金をやる』とな」
効率的な威圧と、数による包囲
男が指を鳴らすと、研究室の窓の外や屋根裏、さらには通路の影から、ボロを纏った武装集団が次々と姿を現した。皆、目は血走り、手に持った武器は手入れも行き届いていないが、その「飢え」ゆえの殺気は本物だった。
「……なるほど。天生者本人が出てくるまでもない、というわけか。俺たちを『効率的』に削るための使い捨ての駒。……合理的だが、不愉快だな」
コウは指輪を輝かせ、演算を開始する。
「おやおや、怖いね。だが、このアカデミーの地下迷宮にあるという『遺産』……それを狙っているのは、俺たちだけじゃない。俺たちの仲間の数、甘く見ないことだ」
男は煙のようにその場を逃れ、スラムの者たちが一斉に襲いかかってくる。
「シエル、サラ! 相手は素人だが、数が多すぎる。地下の迷宮へ急ごう! ここで消耗するのは非効率だ!」




