第50話:天生者(テンセイジャー)の影と、賢者の遺産
馬車の中の対話:旅の真の目的
北の魔導大国・フェンリスへと向かう道中、揺れる馬車の中でコウ、サラ、シエルの三人は今後の指針について言葉を交わしていた。
「……結局、俺たちの目的は変わらない。効率的に路銀を稼ぎ、誰にも邪魔されない安全な拠点を確保することだ。王都の一件で、俺たちの顔は売れすぎたからな」
コウの言葉に、サラも深く頷く。
「そうですね。これからは追われる身ではなく、落ち着いてこれからのことを考えられる場所が必要です」
だが、その平穏への願いに冷水を浴びせかけたのは、シエルの重い告白だった。
「……二人に話しておかなければならないことがある。Rブレッドクランを倒したことで、君たちはより巨大な火種を抱え込んでしまったんだ」
シエルによれば、クランが汚職に染まっていた時代から現在に至るまで、ある特定の組織と極秘の取引が続いていたという。それは正体不明のナンバー1.5が主導していた個別取引だったが、実質的にはクランの主要な資金源や強力な武器の供給元となっていたため、ボスも含めクラン全体が黙認していたものだった。
「ボクは以前、クランに身を置いていた頃、その取引相手の実態を密かに探ったことがある。……彼らは、東方から現れた『天生者』と呼ばれる、異常なまでの力を持つ人族の集団だ」
「天生者……。東方の強者たちか」
コウが計算を巡らせるように目を細める。
「目的までは分からなかった。だが、ナンバー1.5のあの最後の様子……あの不敵な笑みから見て、間違いなく彼らは君たちを次の標的に定めている。クランという窓口を失った彼らにとって、君たちは排除すべき障害であり、あるいは……新たな興味の対象だ」
シエルは、かつて自分がこのアカデミーで教授をしていた頃を思い出し、決意を固めたように二人を見つめた。
「彼らに対抗するには、今のままでは足りない。ボクの研究室には、天生者の理不尽な力に対抗するために作り上げた『未完成の遺産』がある。それを取りに行くこと、そしてそこを君たちの安全な拠点にすることが、この地に来た本当の理由だ」
現在:アカデミーの門前にて
場面は現在に戻る。門番を術式凍結で黙らせ、学部長ボロフ教授の嫌悪に満ちた視線を受け流しながら、シエルは懐から二つの奇妙な魔道具を取り出した。
一つは、複雑な数式が刻まれた白銀の指輪。もう一つは、心臓の鼓動のように淡く光る結晶のブローチだ。
「コウ、サラ。これを持っていてくれ。ボクがかつてこの地で、彼らの脅威を予見して作り上げた防護具だ」
シエルはコウに指輪を、サラにブローチを手渡した。
「コウ、その指輪は君の演算能力を物理的な強度に変換する。天生者の暴力的な魔圧の中でも、君の思考を止まらせないための楔だ。……そしてサラ、そのブローチは君の調律を広域に展開し、敵の『急所』を常に可視化し続ける。……二人を死なせないための、ボクの最低限の責任だよ」
コウは指輪をはめ、その感触を確かめるように拳を握った。
「……なるほど。計算の補助としては上等だ。これなら、あの自称1.5が戻ってきても、効率的に処理できそうだな」
教授陣の困惑と「不純物」への宣告
シエルの行動を目の当たりにしたボロフ教授は、顔を真っ赤にして叫んだ。
「シエル! 貴公、そのような得体の知れない魔道具を、あろうことか『不適合者』に与えるとは! それはアカデミーの資産ではないのか!?」
「ボロフ教授、これはボクの私物です。そして、彼は今や不適合者ではない。……君たちが何と言おうと、この研究室の主はボクであり、私の助手はこのコウ・オガワだ」
シエルは冷徹に言い放ち、コウとサラを連れて校舎の奥へと歩き出した。
「待て! 勝手な振る舞いは許されん! コウ・オガワ、貴様が本当にその力を自らのものだと言うのなら、明日の『公開検証会』にて証明してみせろ! 出来なければ、その魔道具を没収し、この地から即刻追放する!」
ボロフの咆哮を背に、コウは一度も振り返ることなく、静かに呟いた。




