第49話:凍てつく学都と、無能の再臨
白銀の国境越え
聖地マギアを後にしてから数日。コウ、サラ、シエルの三人を乗せた馬車は、峻険な山々を越え、年中雪に覆われた「北の魔導大国・フェンリス」の国境へと到達した。
窓の外には、空中に浮かぶ巨大な魔力貯蔵結晶と、それを取り囲むようにそびえ立つ無数の尖塔が見える。そこは、世界中の英知が集まると同時に、血筋と適性こそが全てという、コウが最も嫌悪する「非効率な権威」が支配する街だった。
「……懐かしいね。ボクが君をあのアカデミーから連れ出した時も、こんな雪の日だった」
シエルが馬車の揺れに身を任せながら、遠い目をして呟く。シエルにとってはこの街はかつての研究拠点であり、コウにとっては「適性ゼロ」の烙印を押された屈辱の地でもあった。
アカデミーの門:拒絶の再会
街の中央に位置する世界最高峰の教育機関「王立魔導アカデミー」。その巨大な鉄門の前で、三人の馬車は止められた。
「止まれ。ここは選ばれし魔導師のみが入ることを許される聖域だ。……ん? 貴様、その顔は……」
門番をしていた若き魔導師が、コウの顔を見て露骨に眉をひそめた。彼は手元の魔道名簿を素早く検索し、嘲笑を含んだ声を上げる。
「思い出したぞ。数年前、全魔導適性試験において前代未聞の『全項目ゼロ』を叩き出し、アカデミー史上最大の恥晒しとして追放されたコウ・オガワじゃないか!」
門番の笑い声に、周囲の学生たちも足を止めて好奇の視線を向ける。
「おい、見ろよ。あの『計算バカ』が帰ってきたぞ」 「魔力回路が欠損している癖に、また入学の嘆願にでも来たのか?」
心ない言葉が投げかけられる中、サラが怒りで身を乗り出そうとしたが、コウは静かにそれを制した。
効率的な「挨拶」
「……数年経っても、この場所のセキュリティ・アルゴリズムは進歩していないようだな。門番が名簿の確認に5秒もかけるなど、時間の浪費だ」
コウは馬車から降り、門番の前に立った。
「何だと? 貴様、落ちこぼれの分際で生意気な……! 警備術式、起動! 排除せよ!」
門番が杖を振ると、門に刻まれた防御陣から複数の火球が放たれた。学生たちが悲鳴を上げ、サラが防御術式を唱えようとする。
だが、コウは指先一つ動かさず、ただ空中に微細な魔力の波を放った。
「《論理干渉・術式凍結》」
放たれた火球は、コウの目の前数センチのところで「静止」した。熱量も、ベクトルも、その存在を維持するための魔力構造さえもが固定され、まるで空間に貼り付けられた写真のようになる。
「……な、何をした!? 私の術式が、消されたわけでもなく……止まったのか!?」
「術式の構造が冗長すぎる。12%の無駄をカットすれば、もう少しマシな速度が出せたはずだ。……シエル、案内しろ。俺たちは『黎明』の記録を探しに来た。こんな門番に割く計算資源はない」
教授陣の動揺
コウが凍結した火球の横を平然と通り抜けると、門番は腰を抜かして座り込んだ。その騒ぎを聞きつけ、奥の校舎から一人の老魔導師が姿を現した。
「この騒ぎは何事だ。……シエル!? それに……あの時の『不適合者』か」
現れたのは、かつてコウに退学勧告を突きつけたアカデミーの学部長、ボロフ教授だった。彼はコウの周囲で停止している火球を見て、その老いた眼に驚愕と、そして拭いがたい嫌悪を宿した。
「コウ・オガワ。貴様、どこでそんな禁忌の術を盗んできた。……シエル、貴殿がこの無能に知恵を貸したのか?」
「ボロフ教授。……彼は『無能』ではありません。君たちが理解できなかっただけの、才能の秀才ですよ」




