第45話:不器用な逆転と、計算済みの「毒」
隷属の呪具
「シエル殿、エルフは古来よりこの呪具には逆らえぬ。――《隷属の鎖》!」
ヴィンセントが懐から取り出した古びた金の輪が、禍々しい光を放つ。その瞬間、シエルの全身に光の鎖が巻き付き、彼は悲鳴を上げることすら許されず、その場に膝をついた。
「……が、あ……」
「シエル様!?」
サラが駆け寄ろうとするが、ガゼルがその前に立ちふさがり、折れた聖剣の切っ先を彼女の喉元に突きつけた。
「動くな。この地味女の命が惜しければ、コウ、お前は今すぐその回路を俺に譲渡しろ。いいか、これは『勇者』としての命令だ」
ガゼルの瞳には、かつての仲間への情など微塵もなく、ただ強大な力を手に入れようとする醜い欲望だけが渦巻いていた。
屑たちの勝算
ヴィンセントは勝ち誇ったように、倒れ伏すコウを見下ろした。
「ふふふ……。コウ、君はいつも効率、効率と言っていたね。だが、今の君は動くことすらままならない。対して余たちは万全の隠密部隊を引き連れている。この状況で抵抗するのは、君の言う『最も非効率な選択』ではないかな?」
ヴィンセントは、サラの腕を乱暴に掴み、自分の方へ引き寄せようとする。
「さあ、サラ。世界を再構築する力を余に捧げよ。余がお前を、この世界の神の妃にしてやろう」
「……お断り、します。私は、あなたのような方の道具にはなりません!」
サラは必死に抵抗するが、魔力を使い果たした彼女の力は弱い。
隠し計算
その時、血反吐を吐きながら倒れていたコウが、低く笑った。
「……ハ、ハハ。……やはりな。お前たちは、俺の計算通りの行動を取った」
「……何がおかしい、負け惜しみか?」ガゼルが苛立ちを露わにする。
「ガゼル。お前は俺を『便利な道具』だと言ったな。……なら、道具を使う時は、その『仕様書』をよく読んでおくべきだったな」
コウは震える左手で、地面に描かれた崩壊しかけの魔法陣に触れた。
「俺が王都の復興術式を組んだ時、そしてこの図書館の魔力供給を安定させた時……。俺はある『毒』を混ぜておいた」
「毒……だと?」ヴィンセントの眉が跳ねる。
「《最適化・論理崩壊》――発動」
効率的な報復
コウが指先を弾いた瞬間、ヴィンセントが持っていた呪具と、ガゼルが握っていた聖剣が、激しい火花を散らして爆発した。
「ぎゃああああああっ!?」 「あ、熱い! 余の手が、余の顔がぁ!」
二人は悲鳴を上げて転げ回った。コウが仕掛けていたのは、物理的な毒ではない。特定の「強欲な魔力波形」――つまり、他者の力を強引に奪おうとする意志に反応して、対象の魔力回路を内部からショートさせる論理的なトラップだった。
「お前たちが俺やサラの力を『再利用』しようとした瞬間、その術式は自壊し、お前たち自身の魔力を燃料にして暴走するように設計してあった。……極めて効率的な自業自得だ」
「き、貴様ぁ……!」
ガゼルが顔を火傷させながら飛びかかろうとするが、呪具の束縛から解放されたシエルが、容赦ない氷の弾丸をその足元に叩き込んだ。
「……下がれ。ボクの弟子を、これ以上汚い手で触れることは許さない」
不器用な決別(二度目)
シエルの冷徹な威圧感に、ヴィンセントたちは恐怖で腰を抜かした。隠密部隊も、コウの仕掛けた「広域魔力遮断」によって魔法が使えなくなり、次々と逃げ出していく。
「……ヴィンセント、ガゼル。これが最後だ」
コウはサラに支えられながら、冷たい瞳で二人を見下ろした。
「お前たちの『計算』には、自分たちがどれだけ嫌われているかという変数が抜けていた。……二度と俺たちの前に現れるな。次は、お前たちの存在そのものを効率的に排除する」
三人は、泣き叫びながら許しを乞うクズたちを捨て置き、大図書館の奥へと消えていった。
「……コウ。君は、最初から彼らが裏切ることを見越していたのかい?」
シエルが少しだけ呆れたように問う。コウは不器用そうに視線を逸らした。
「……リスク管理は魔術師の基本だ。それに、あいつらの性格の悪さは、数式にするまでもなく明らかだったからな」
「ふふ。コウさんらしいです」




