第41話:可視化される旋律と、空白の補完
無音の処刑場
「……ッ!」
ゼノが指先を横に薙ぐと、コウたちの周囲から空気が一瞬で吸い出された。完全なる真空状態。音だけでなく、酸素さえも奪われた空間で、コウの肺が焼けるような痛みを訴える。
「(喋る必要はない。計算は脳内ですでに終わっている)」
コウは言葉を捨て、目配せだけでサラとシエルに合図を送った。酸素がないなら、魔力で酸素を生成し、膜を作るのは非効率だ。コウが選んだのは、**「真空そのものを媒体にする」**術式だった。
視覚化される音
コウは左腕の刻印を叩き、シエルから流れ込む膨大な魔力の波動を強引に変換した。
「《魔力共鳴・振動知覚》!」
声にはならないが、魔力の奔流が波紋となって真空を伝わる。ゼノが放つ「静寂の刃」——空気の疎密波を操る不可視の攻撃が、コウの視界には鮮やかな青い光の線となって浮かび上がった。
「見えたぞ。……シエル、あんたが教えてくれた『振動の基礎理論』、ここで使わせてもらう!」
コウはシエルの杖を掴み、二人で一つの魔法陣を描く。師匠が供給する莫大なエネルギーを、弟子が極限まで無駄を削ぎ落として最適化する。二人の魔力回路が、過去の確執を越えて完璧に同期した。
沈黙を破る絶唱
ゼノの瞳に初めて焦りが浮かんだ。文字が空中に乱れ飛ぶ。
「馬鹿な……真空の中で、どうやって私の攻撃を読み切っている!? 物理法則を無視するつもりか!」
「物理法則は無視しない。俺たちが、新しい法則をここに書き加えるだけだ!」
コウの脳裏に、シエルの古い研究ノートの断片が浮かぶ。 「サラ、仕上げだ! この不協和音を、世界で一番綺麗な音に調律しろ!」
「はい……! 《至高の調律・万象共鳴》!」
サラの調律が、真空という「空白」に、三人の意志を音色として刻みつけた。それはもはや空気の振動ではない。世界そのものを震わせる、魂の絶唱だった。
ドォォォォォン!!
真空状態を内側から爆破するように、光と音が溢れ出した。ゼノの鉄の枷が粉々に砕け散り、彼は大図書館の壁まで吹き飛ばされた。
大図書館の最深部へ
ゼノは意識を失い、街を覆っていた静寂の呪縛が解ける。 ようやく呼吸を取り戻した三人は、肩で息をしながら、目の前にそびえ立つ大図書館の重厚な扉を見上げた。
「……コウ。君に、見せたいものがある」
シエルは震える手で扉に触れた。彼が組織に奪われ、そして守り抜いた研究成果。 扉が開いた先、地下へと続く階段の底には、淡く青白い光を放つ**「巨大な結晶柱」**が鎮座していた。
「これが、『完全版・事象凍結』。そして、君の欠損した回路を補完する、**『失われた歯車』**だ」
弟子の涙と、師の横顔
結晶の中に浮かんでいたのは、かつてシエルがコウから「奪った」はずの、純粋な魔力回路の破片だった。シエルはそれを破壊したのではなく、いつかコウが自分を乗り越えた時に返せるよう、組織の目から隠して保管し続けていたのだ。
「あんたは……どこまで、非効率な生き方をすれば気が済むんだ」
コウの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。それは効率を重んじる彼にとって、人生で最も無駄な水分のはずだったが、その温かさは何よりも心地よかった。
シエルは相変わらず不器用そうに顔を背けながら、小さく呟いた。
「……君が、生きていてくれれば、それでよかった。それ以上の計算は、ボクにはできなかったんだ」




