第39話:不器用な門出と、計算外の置き土産
夜明けの包囲網
ボスの撤退から一夜明け、王都の正門前には、朝日を浴びて整列する王宮騎士団の姿があった。その中心には、煌びやかな礼装に身を包んだヴィンセントと、無理やり傷を隠して胸を張るガゼルが立っていた。
「待て、コウ! サラ! そしてシエル殿。これほどの功績を挙げた英雄たちが、何も告げずに去ることは許されない」
ヴィンセントが、芝居がかった仕草で手を広げた。その背後では、騎士たちがさりげなく三人の退路を断つように配置されている。
「余は考えたのだ。君たちには王宮直属の『三賢者』としての地位と、未来永劫変わらぬ特権を約束しよう。この国を共に統治する…それこそが、君たちにとっても最も『効率的』な人生だろう?」
ヴィンセントの瞳には、サラの調律能力を王家の「洗脳装置」として、シエルの知識を「兵器」として利用しようとする、どす黒い計算が透けて見えていた。
勇者の傲慢
ガゼルもまた、親しげな笑みを浮かべてコウに歩み寄る。
「コウ、お前もさっきはあんなことを言ったが、本当は俺がいないと寂しいんだろ? お前の魔術で俺を強化すれば、俺たちはまた伝説を作れる。お前は俺の『最高の道具』として、世界一の栄誉を掴めるんだぜ」
ガゼルは、コウが自分なしでは生きていけない「便利な付属品」であると信じて疑っていなかった。彼にとって、コウを呼び戻すことは、失った自分の価値を取り戻すための「再利用」に過ぎない。
師の冷徹な一瞥
「…相変わらず、耳の痛くなるような低俗な騒音だ」
口を開いたのは、シエルだった。彼はまだ顔色が悪いものの、その立ち姿は凛としていた。
「君たちの提案には、論理的な一貫性が欠如している。コウ。この者たちとの会話に割く時間は、君の寿命の数時間を無駄に浪費するのと同義だ」
「…ああ。一秒でも惜しいな。サラ、準備はいいか?」
コウが短く問うと、サラは毅然とした表情で頷いた。
「はい。私はもう、誰の所有物でもありません。…殿下、ガゼルさん。これが本当にお別れです」
効率的な脱出
「ふ、ふざけるな! 騎士団、その者たちを拘束せよ! 国外逃亡は反逆罪に――」
ヴィンセントが叫ぶより早く、コウが指先を鳴らした。
「《事象凍結・偽りの残像》」
騎士たちが一斉に三人に飛びかかったが、その身体は手応えもなくすり抜けた。 本物のコウたちは、既に数十メートル後方の門の外、馬車を停めていた場所に立っていた。
「…あ、あんたたちには、最後のアドバイスだ。この国の復興術式には、俺が『特定の条件下で自動消滅する』プログラムを組み込んである。お前たちが民を虐げ、私欲のために力を使おうとした瞬間、王都の壁は再び瓦礫に戻るぞ」
「な、何だと!?」
「計算通りに生きろ。…不器用な俺たちよりもな」
コウはそう言い捨てると、馬車を急かした。背後ではヴィンセントとガゼルが、いつ崩れるかわからない王都という「爆弾」を抱え、恐怖と怒りで顔を真っ赤に染めていた。
新たな目的地へ
馬車の中、静かな時間が流れる。
「シエル様、大丈夫ですか? まだ傷が…」
サラが心配そうにシエルの手に触れる。シエルは一瞬、ビクッと身体を強張らせたが、すぐに不器用そうに視線を逸らした。
「…感謝する。君の調律は、コウが言っていた以上に…その、心地よいものだ」
「…あんたが人を褒めるなんて、雪でも降るんじゃないか」
コウの毒舌に、シエルは少しだけ口角を上げた。
「さて、コウ。目的地だが、魔導の聖地『マギア』を目指す。ボクがかつてRブレッドクランに奪われた、事象凍結の『完全版』の研究成果が、あそこの大図書館の地下に隠されているはずだ」
「完全版…? まだ先があるのか」
コウの瞳に、知的好奇心と闘志が宿る。
「ああ。それを手に入れれば、ボスに対抗できる。…そして、ボクが君に伝えたかった『本当の真実』も、そこに置いてきた」




