第38話:三位一体の共鳴と、偽りの支配者
深淵の本気
「ほう…面白い。私の『理』を力業でねじ伏せるとは。だがコウ君、その一撃で君の魔力回路はもう限界のはずだ。次はどうする?」
ボスの声に、さらなる冷徹さが加わる。彼の背後から、先ほどとは比較にならないほど巨大な「虚無の翼」が広がった。羽ばたくたびに、周囲の空間がガラスのようにひび割れ、吸い込まれて消えていく。
「…が、はっ…」
コウは膝をつき、激しく吐血した。右腕は凍りつき、左腕は過負荷で感覚を失っている。魔力残量はほぼゼロ。計算するまでもなく、次の攻撃を受ければ全滅する。
「そこまでだ、ボス。君の相手は、ボクだと言ったはずだよ」
師の覚醒
その時、背中に楔を打ち込まれていたはずのシエルが、ゆっくりと立ち上がった。彼の全身からは、どす黒い呪いの煙が噴き出しているが、その瞳にはかつての賢者としての、鋭い光が戻っていた。
「シエル様! ダメです、それ以上魔力を使えば、呪いが心臓に…!」
サラが叫ぶが、シエルは不器用な、しかし確かな微笑をコウに向けた。
「…コウ。ボクは君に『嘘』をついていた。君を遠ざけることが、君をこの泥沼から守る唯一の道だと信じていた。でも、それはボクの弱さだったんだ」
シエルは自分の胸に突き刺さっていた最後の楔を、自らの手で引き抜いた。鮮血が舞うが、彼はそれを意に介さず、空中に巨大な魔法陣を描き始める。
「ボクには覚悟が足りなかった。だが、今の君にはそれがある。なら、師匠として最後の『補講』を始めようか」
三位一体:至高の共鳴
「サラ! コウとボクを繋げ! 君の『調律』で、バラバラになった僕たちの魔力を一つの旋律にまとめ上げるんだ!」
「は、はい! 任せてください!」
サラが両手を広げ、全霊の祈りを捧げる。《至高の調律・三位共鳴》。 シエルの持つ膨大な「知識と魔力」、コウの持つ「精密な演算と実行力」、そしてサラの持つ「純粋な生命力」。本来、反発し合うはずの三つの個性が、サラの媒介によって一本の、眩いほどに白い光の柱へと昇華された。
「…計算完了だ。シエル、あんたの回路を借りるぞ」
「ああ、好きに使いな。ボクの理論の『正解』を見せてくれ、コウ!」
決戦の終止符
ボスが放つ、空間ごと全てを消し去る絶望の奔流。 それに対し、コウたちは三人の力を合わせた最後の一撃を放った。
「《事象凍結・三壊終焉(絶対零度・デッドエンド)》」
白銀の光が、ボスの「虚無」を真っ向から貫いた。 ぶつかり合う魔力。だが、単なる力押しではない。サラがボスの魔力の『隙』を見つけ、シエルがその術式の構造を分解し、コウが最も効率的な一点に全エネルギーを叩き込んだのだ。
「…何だと!? 私の理を、書き換えたというのか…っ!」
ボスの仮面が砕け、衝撃波が王都の正門付近を包み込んだ。 凄まじい光の後に残ったのは、深々と雪が降り積もったかのような、静寂に包まれた戦場だった。
敗退と疑惑
爆煙の中から、ボスの姿は消えていた。 ただ、夜空の彼方から、苦々しげな声だけが響いてくる。
「…素晴らしい。だが、忘れるな。Rブレッドクランの真の目的は、まだ始まったばかりだ。シエル、君の裏切りは高くつくぞ」
ボスの気配が完全に消える。 同時に、シエルはその場に力なく崩れ落ちた。
「…はは、ようやく…肩の荷が下りたよ」
「シエル様!」
サラが駆け寄り、シエルの傷を癒し始める。コウもまた、ふらつきながら師の元へ歩み寄った。
遠くで見つめるクズたちの計算
そんな感動的な光景を、瓦礫の陰から見つめている二人の男がいた。 ヴィンセントとガゼルだ。
「(…見たか、ヴィンセント殿下。あの三人、とんでもねえ力だ)」 ガゼルが忌々しげに、しかし欲望に満ちた目で呟く。
「(ああ。あのエルフの男も含めれば、この国の軍事力は一気に大陸一になるだろう。サラの調律とコウの演算、そしてあの男の知識…。ふふふ、やはり一度の失敗で手放すには惜しすぎる素材だ。どうにかして、彼らを再び『王家の犬』として縛り付ける方法を考えねばな…)」
彼らの中にあるのは、助けられたことへの感謝ではなく、ただ「あの力をどう自分のものにするか」という、どこまでも救いようのない独占欲だった。
「コウ。…悪かった」
シエルが、血の混じった声で小さく、本当に小さく、何年も言えなかった言葉を口にした。 コウはそれを聞き、不器用そうに視線を逸らした。
「…謝罪はいい。その分、効率的に働いて借りを返せ。あんたの知識、まだ俺には必要だからな」




