第35話:道化たちの算盤と、師の横顔
偽りの和解
王都の主要区画の復興が完了し、街には久々に活気が戻っていた。広場では市民たちが再建を祝い、コウとサラ、そして不本意ながら協力したヴィンセントとガゼルを英雄として称えていた。
ヴィンセントとガゼルは、群衆の前では殊更に親しげな態度を見せていた。
「皆の者、見よ! 私たちの絆は、この災厄を経てより強固なものとなった!」
ヴィンセントが爽やかな笑みを浮かべて観衆に応える。その隣でガゼルも、折れた剣の柄を握りしめながら、頼もしい勇者を演じていた。
「勇者パーティーは不滅だ! どんな困難も、俺たちの連携があれば造作もないことだ!」
剥き出しの強欲
しかし、彼らの心の内は醜悪な計算で埋め尽くされていた。作業が一段落し、周囲に人がいなくなったタイミングを見計らって、二人はコウとサラに歩み寄った。
まず、ヴィンセントが芝居がかった仕草でサラの前に立った。
「さて、サラ。これまでのことは水に流そう。君のその素晴らしい『調律』の力、やはり王家には欠かせないものだと再確認したよ。改めて余の妃として、君を再び迎え入れる準備がある。余の隣に戻れば、君も地味な娘としてではなく、この国の頂点に立てる。どうだ、これ以上に効率的な話はないだろう?」
ヴィンセントは、一度は捨てた女に対して、慈悲を与えてやるかのような傲慢な笑みを浮かべた。
続いてガゼルが、コウの肩を馴れ馴れしく組もうと手を伸ばした。コウはそれを冷たく回避したが、ガゼルは気にせず言葉を続ける。
「コウ、お前もだ。お前のあの効率化術式があれば、俺は以前よりも強い『無敵の勇者』になれる。お前の追放は、俺たちが更なる高みへ行くための試練だったんだよ。さあ、また俺のサポートをしろ。俺たちのパーティーに戻れば、お前のその地味な才能も、俺の光の陰で最大限に活用してやるぜ」
彼らにとって、自分たちの提案を断る人間など存在しないという、底知れぬ身勝手な確信があった。
冷徹な拒絶
コウは持っていた魔導書をパタンと閉じ、無機質な瞳で二人を交互に見た。
「…ヴィンセント。お前の提案は、前提条件から間違っている。俺とサラがここへ来たのは『義理』を果たすためであり、お前の所有物に戻るためではない。サラを政治利用の道具として査定している時点で、お前の統治能力は極めて非効率だ」
コウの淡々とした指摘に、ヴィンセントの顔から余裕が消える。
「そしてガゼル。お前の誘いも論外だ。俺の術式をお前の『電池』として利用したいようだが、そのリターンとして俺が得るメリットが一つもない。欠陥だらけの勇者を介護し続けるのは、俺の人生の資源を最も浪費する行為だ」
「な、なんだと…!」
「断る。お前たちのその『計算間違い』に付き合うのは、もう終わりにさせてもらう。極めて非効率だからな」
コウはそう言い放つと、一度も後ろを振り返ることなく歩き出した。
成長した少女の決別
サラもまた、ヴィンセントに向けて静かに頭を下げた。
「ヴィンセント殿下。私はもう、あなたの隣で震えていた頃の私ではありません。私が調律を捧げるのは、私が信頼し、共に歩みたいと願う人のためだけです」
サラはコウの隣へと歩み寄り、その袖をぎゅっと掴んだ。
「さようなら、殿下。そしてガゼルさん。私たちは、私たちの道へ行きます」
二人が去った後、広場には「英雄」に捨てられ、計画を全て台無しにされた、滑稽で無力な王子と勇者が取り残された。彼らは自分たちがどれほど愚かな損失を出したのか、その取り返しのつかない「非効率さ」にようやく気づき、顔を真っ青に染めて震えていた。
不器用な師の視線
そんな一部始終を、遠く離れた時計塔の影からシエルが見つめていた。 彼は何も言わず、ただ指先で胸元の衣服を強く握りしめていた。
(…あんな奴らに、君を渡さなくてよかった。でも、ボクは…)
シエルの指先は微かに震えていた。コウを裏切ったあの日から、一度も止まったことのない後悔の振動。




