第31話:不器用な決別と、最後の一仕事
燃え殻の中の八つ当たり
夜が明け、朝日が崩壊した王城の瓦礫を照らし出していた。避難した貴族や兵士たちが遠巻きに見守る中、泥まみれのヴィンセントとガゼルが、コウとサラの元へふらふらと歩み寄ってきた。
感謝の言葉が出るかと思いきや、ヴィンセントの口から漏れたのは、煮え切らない呪詛だった。
「…コウ、満足か。余が、余の手でゲルマンを殺すのを黙って見ていて、さぞかし愉快だっただろうな!」
ヴィンセントは血走った目でコウを睨みつけた。婚約破棄したサラのことも直視できず、ただ自分の無様な境遇を他人のせいにせずにはいられないようだった。
ガゼルもまた、折れた剣の柄を握りしめ、地面を強く蹴った。
「そうだ! お前にこれほどの力があったなら、最初からもっと効率よく片付けておけばよかったんだ! 俺に恥をかかせて、勇者の座から引きずり下ろして…お前、復讐のつもりか!」
圧倒的な実力差を見せつけられ、さらに自分たちの醜態を晒したことが、彼らの歪んだプライドを逆撫でしていた。助けられたことへの感謝よりも、自分たちが「持たざる者」に成り下がった現実を、コウたちのせいにすることで保とうとしていた。
コウの冷淡な通告
コウは、だらりと下がった重傷の右腕を庇いながら、冷徹な視線を二人へ向けた。
「…相変わらず、計算の合わない思考回路だな。お前たちがゲルマンを殺したのは、お前たちの弱さと慢心の結末だ。俺が関与する余地など、最初から一分もなかった。ガゼル、お前が勇者でなくなったのは、俺が追放されたからではなく、お前が研鑽を怠ったからだ」
コウの淡々とした指摘は、どんな罵倒よりも二人の心を抉った。
「なんだと…!」
「黙れ。お前たちの感情的な八つ当たりに付き合うのは、今の俺にとって人生で最も非効率な時間だ。本来なら、このままこの国を見捨てて立ち去るのが、俺とサラにとっての最適解だが…」
コウは一度言葉を切り、背後のサラを見た。サラは悲しげに、しかし決然とした表情で頷いた。
最後の一仕事
「ヴィンセント殿下、ガゼルさん。私たちは、あなたたちのために戦ったのではありません」
サラが静かに、しかし凛とした声で二人を遮った。
「ですが、私はこの国で育ててもらいました。コウさんも、この国の平穏を守るために多くの時間を費やしてきました。だから、義理はあります。その義理を、ここで一度だけ、果たし切ることにしました」
コウがサラの言葉を引き継ぐ。
「現在、王都の指揮系統は崩壊し、Rブレッドクランの残党が略奪を始めている。国王も意識不明。このままでは数日以内にこの国は終わる。…一度だけだ。一度だけ、この混乱を収束させ、国としての機能を再建する手助けをしてやる」
ヴィンセントは呆然とした。自分たちが捨てた二人が、自分たちを見捨てずに、国を救うと言っているのだ。
「勘違いするなよ。お前たちを許したわけではない。俺たちの過去への『清算』だ。これが終われば、俺たちは二度とお前たちの前には現れない」
コウはそう言い放つと、残った左腕で即座に状況分析を開始した。
「ガゼル、動けるなら残った兵を集めろ。略奪者の掃討が先決だ。ヴィンセント、お前は王族として民の前に立て。不安を鎮静化させるのが唯一の役割だ。サラは負傷者の救護所の設営を。俺は、クランが残した汚染魔力の除去と結界の再構築を行う」
不器用な再起
「…命令するなと言いたいが、今は、お前の言う通りにするしかないようだな」
ヴィンセントは悔しそうに顔を歪めたが、初めて自分の足で民衆の方へと歩き出した。ガゼルもまた、泥を拭い、重い足取りで兵士たちを鼓舞しに向かった。
彼らの中にあるのは、まだコウたちへの反発や嫉妬だった。しかし、それ以上に「ここでやらなければ本当に全てを失う」という恐怖が、彼らを突き動かしていた。
「コウさん、これで良かったんですよね」
「ああ。感情を切り離し、義理という債務を履行する。それが最も後腐れのない決別の仕方だ。…さあ、やるぞ、サラ。この国を、一回だけ、救ってやる」




