第29話:崩壊の序曲と、不器用な共鳴
断ち切られた虚構
コウの左腕から放たれた干渉波が、広間全体に響き渡る。パチン、パチンと、空中で何かが弾ける乾いた音が連続し、ルカが張り巡らせていた目に見えない魔力の糸が次々と霧散していった。
「あ、あはは…。ボクの糸が、全部消えちゃった。こんなの、予定にないよ。ひどい脚本だなぁ、コウ君」
ルカは床に降り立ち、不満そうに口を尖らせた。その瞳からは先ほどまでの無邪気な光が消え、底知れない冷たさが溢れ出している。
一方で、崩落を食い止めているガゼルとヴィンセントの身体からは、絶望の色がわずかに薄れていた。
「ぐ、うぅぅ…! コウ、早くしろ! 俺の腕が、あと数分も持つかわからねえ!」
ガゼルは歯を食いしばり、巨大な天井の破片を肩で支えている。筋肉が悲鳴を上げ、皮膚からは血が滲んでいるが、その顔は不思議と晴れやかだった。
「ヴィンセント、魔力の供給を絶やすな。お前の火炎が構造体の強度を維持する唯一の鍵だ」
コウは冷徹な口調で指示を飛ばしたが、その視線はどこか温かかった。
「わ、わかっている! 余に指図するなと言いたいところだが…今は、お前の計算に従ってやろう!」
ヴィンセントは震える手で魔力を練り上げ、折れかけた柱を焼き固めている。かつての傲慢な王子はそこにおらず、ただ必死に泥を啜りながら生きようとする一人の人間がいた。
不器用な連携
「サラ。あいつらの回復を優先しろ。俺のことは後でいい」
コウの言葉に、サラは一瞬躊躇したが、すぐに首を振った。
「いえ、コウさん。今のあなたを支えられるのは私だけです。お二人のことは、私の魔力を遠隔で分割して送ります。…それが、今の私にできる一番効率的な方法ですから!」
サラはコウの背中に手を添えたまま、もう片方の手をガゼルたちに向けた。淡い緑色の光が三人を結び、極限まで消耗した彼らの身体に活力を送り込む。
「…ふん。効率的、か。使い方が上手くなったな、サラ」
コウは少しだけ口角を上げた。彼にとっての効率とは、もはや冷たい計算式ではなく、大切な仲間たちを誰一人欠かさずに救い出すための、不器用な愛の別名だった。
ルカの変貌
「…イライラするなぁ。ボクの舞台をめちゃくちゃにして、勝手に感動的なシーンを作っちゃって。そんなの、ボクのクランには必要ないんだよ」
ルカが懐から、歪な形をした魔石の塊を取り出した。それは、ヴェルトが使っていたものよりも遥かに高密度の、どす黒い輝きを放つ結晶だった。
「脚本を書き直すよ。主役はボクだ。君たちは、ただの死体役に格下げさ」
ルカがその魔石を自分の胸に押し当てると、石は肉体に吸い込まれるように消えていった。瞬間、ルカの小さな身体が激しく波打ち、背中から無数の銀色の触手が、まるで生きている糸のように噴き出した。
「ギフト、真・操演。ボク自身が糸になり、ボク自身が針になる。これなら、君の干渉波も届かないよね?」
ルカの姿はもはや少年ではなく、巨大な蜘蛛を思わせる異形の怪物へと変わり果てていた。銀色の糸は一本一本が鋼鉄のような強度を持ち、同時に触れた者の精神を汚染する猛毒を孕んでいる。
「コウさん、危ない!」
サラの叫びと同時に、ルカの銀糸がコウの喉元へと迫る。
最後の計算
コウは動かなかった。いや、避ける必要がないと判断したのだ。
「…ガゼル。お前のその馬鹿げたパワー、まだ残っているな?」
「ああ! お前の合図を待ってたぜ!」
ガゼルは支えていた瓦礫を一時的にヴィンセントの炎の壁に預け、全身のバネを活かしてコウの前へと跳躍した。
「《勇者の盾》!」
ガゼルの肉体が銀糸を真っ向から受け止める。糸は彼の肩を貫いたが、ガゼルはそれを笑い飛ばした。
「痛くもねえな! 行け、コウ! こいつの顔に、お前の理屈を叩き込んでやれ!」
「感謝する。…サラ、最後の調律だ。あいつの『核』を、俺の視界に固定しろ」
「はい! …見えました! あの子の胸の奥、一番醜く光っている場所!」
サラの魔力がコウの左腕の刻印に収束し、純白の閃光へと変わる。
「ルカ。お前の物語は、ここで完結だ」
コウは一歩踏み出し、左腕を突き出した。それは、これまで積み重ねてきた全ての経験と、失いかけた絆を繋ぎ止めるための、最高効率の最後の一撃だった。




