第28話:不器用な激励と、瓦礫の中の矜持
崩れゆく玉座の間
「あはは! さよなら、無能な王子様に、燃えカスの勇者君! 最後にこのお城と一緒に、綺麗なお墓に入らせてあげるよ!」
ルカが指先を振り上げると、天井を支える巨大な大理石の柱が、魔力の糸に引き絞られて無惨な音を立てて折れ曲がった。シャンデリアが落下し、貴族たちの悲鳴が轟く中、瓦礫が雨のように降り注ぐ。
「…チッ、最悪の状況だ。構造計算上、あと三分でこの広間は完全に崩壊する」
コウは膝をつき、激痛に走る右腕を左手で押さえた。視界がかすんでいる。魔力枯渇の影響で、平衡感覚が狂い始めていた。
「コウさん! 逃げましょう、まだ間に合います!」
サラが必死にコウを支える。しかし、コウは首を振った。
「無理だ。俺一人ならまだしも、この場にいる負傷者を連れて逃げるのは、計算に合わない。…おい、そこの無能ども。いつまで地面を舐めている」
コウの冷徹な視線が、絶望に沈むヴィンセントとガゼルに向けられた。
不器用な一喝
ヴィンセントは、力なく横たわるゲルマン宰相の遺体を抱え、虚ろな目で呟いた。
「もういいんだ…私が殺した。私が全てを壊した…。ここで死ぬのが、私にふさわしい結末だ…」
ガゼルもまた、折れた聖剣を見つめ、震えていた。
「俺は勇者じゃなかった…。ただの操り人形で、仲間を傷つけて…今更、何をすればいいんだよ…」
二人の心を覆う深い闇。それを打ち破ったのは、コウの魔法でも、理路整然とした論理でもなかった。
「いい加減になさい!」
サラの鋭い声が、崩壊の轟音を切り裂いた。彼女は二人へと駆け寄り、その頬を、震える手で力いっぱい叩いた。
「サラ…?」
「ヴィンセント様、ガゼルさん。あなた方が犯した罪は、消えません。一生背負って、後悔して、償い続けなければならないものです。でも!」
サラは涙を溜めながら、しかし力強く二人を睨みつけた。
「ここで死んで逃げるなんて、一番卑怯で、一番非効率です! 今、この瞬間も、あなたたちのせいで多くの人が死にかけているんですよ! あなたたちにできることは、絶望することじゃなくて、一人でも多くの人を助けることじゃないんですか!」
サラの言葉は、洗練された演説ではなかった。むしろ、感情に任せた不器用な叱咤だった。だが、その純粋な怒りと悲しみが、二人の凍りついた心に火を灯した。
「一人でも…助ける…」
「そうだ。…ガゼル、お前のその頑丈な体は、何のためにある。ヴィンセント、お前のその魔力は、人を焼くためだけにあるのか」
コウが、ふらつきながらも立ち上がり、二人を見下ろした。
「あいつの糸を断ち切り、この城を支える。…やるか、やらないかだ」
奮起:泥臭い共闘
ガゼルが、ゆっくりと立ち上がった。その膝はまだ震えていたが、瞳には確かな光が宿っていた。
「…コウ。お前に言われるまでもない。俺は、これでも勇者なんだ」
ガゼルは折れた聖剣を投げ捨て、素手で落下してくる巨大な瓦礫を受け止めた。
「ぐ、おおおおおおっ! ここは俺が支える! 早く、みんなを外へ!」
ヴィンセントもまた、震える手で魔力を練り上げた。
「余は…第二王子、ヴィンセント・フォン・ロイヤル。この国の民を見捨てて死ぬなど…王族のプライドが許さぬ!」
ヴィンセントが放った火炎が、折れかけた柱を瞬時に熱し、膨張させて、崩落のバランスを無理やり食い止めた。
「へぇ、まだそんな元気があるんだ。でも、無駄だよ」
ルカが冷笑し、さらに多くの糸を操ろうとした。しかし、その動きをコウが逃さなかった。
「サラ。最大出力の『調律』を俺に。…この右腕はもう使えないが、俺の『刻印』はまだ生きている」
「はい! コウさん、これが最後です!」
サラが全ての魔力をコウの左腕に注ぎ込む。コウの刻印が、これまでにないほど青白く、神々しく輝いた。
「ルカ。お前の『脚本』は、ここで強制終了だ」
コウの左手から放たれたのは、攻撃魔法ではない。広間全体に張り巡らされたルカの魔力の糸、その全ての『振動数』を逆位相で上書きし、物理的に消滅させる、超精密な干渉波だった。




