第26話:歪な連弾と、狂気の代償
破れかぶれの猛攻
「死ね! 死ね死ね死ねぇ! お前さえ、お前さえ余を馬鹿にしなければ!」
ヴィンセントの手から放たれる黒い炎が、会場の豪奢なカーテンを焼き、大理石の床を黒く焦がしていく。ゲルマンを殺めてしまったという罪悪感と恐怖が、彼の理性を完全に焼き切っていた。
ガゼルもまた、折れた聖剣に無理やり魔力を注ぎ込み、雷を纏った斬撃を繰り出す。
「コウ、お前のその澄ました顔が気に入らねぇんだ! 俺を見下すな、俺を笑うなぁ!」
二人の攻撃は荒削りだが、ルカの糸によって強制的に引き出された出力は、以前の比ではなかった。コウは氷の盾を幾層にも重ねて防ぐが、その盾は次々と粉砕されていく。
非効率な自滅
「…見ていられないな」
コウは、防戦に回りながら冷静に状況を観察していた。彼の目には、二人の攻撃がどれほど「非効率」で、自分自身の寿命を削っているかが克明に映っていた。
「ヴィンセント。その黒炎の出力設定は致命的だ。熱量の半分以上がお前自身の腕を焼いているぞ。ガゼル、お前の剣筋もそうだ。筋繊維が断裂するほどの過負荷をかけて、次の一撃が振れると思っているのか?」
コウの言葉は、戦いの中での助言などではなく、ただの冷徹な事実確認だった。しかし、それが二人の自尊心をさらに深く傷つける。
「うるせえ! 俺の実力を効率だのなんだのと数値で測るな!」
ガゼルが無理な体勢から踏み込み、大剣を振り下ろす。その瞬間、彼の膝が嫌な音を立てて砕けた。筋肉が魔力の圧力に耐えきれず、自壊したのだ。
「ぐああああっ!」
無様に転倒するガゼル。コウはそれを避けることもなく、ただ一歩横に逸れるだけでやり過ごした。
「ほら見ろ。計算通りの自滅だ。…不器用な俺でも、流石にこれほど無茶な使い方はしないぞ」
コウの冷淡な声は、今の彼らにとってどんな攻撃魔法よりも鋭く突き刺さる。自分たちが信じていた「力」が、コウの前ではただの「無駄なエネルギーの浪費」として処理されていく屈辱。
サラの困惑と『不協和音』
「コウさん、待ってください! 調律が、上手くいかないんです!」
後方で魔力を集中させていたサラが、悲痛な声を上げた。彼女は二人の精神を落ち着かせようと魔力を送っていたが、そこから返ってくる反応が異常だった。
「ヴィンセント様とガゼルさんの心の奥から、聞いたこともないような嫌な音がします! 怒りや悲しみだけじゃなくて、もっと別の…機械的な何かが、彼らの感情を塗り潰しているみたいで!」
「機械的な何か、だと?」
コウは、ガゼルの不自然な起き上がり方に目を留めた。砕けたはずの膝が、まるで誰かに無理やり吊り上げられるように、不自然な角度で真っ直ぐに伸びたのだ。
「あ、あ…足が、動く…? まだ戦える、俺はまだ…!」
ガゼルの顔には驚愕の色が浮かんでいた。自分の意志とは無関係に動く身体。だが、極限状態の彼はそれを「勇者としての底力」だと勘違いし、再び剣を構える。
ルカの愉悦
「あはは! さすがサラちゃん、耳が良いねぇ! ボクの『調律』に気づきかけるなんて、やっぱり君も素材として最高だよ」
天井付近に浮かぶルカが、クロスバーを激しく動かす。
「でも、気づいたところで手遅れさ。この二人はもう、ボクの最高の操り人形だ。ほら、もっと激しく! もっと醜く! 悲劇を盛り上げてよ!」
ルカが指先を弾くと、ヴィンセントとガゼルの魔力がどす黒く変色し、二人の身体を無理やり繋ぎ合わせて一つの巨大な魔法陣を形成し始めた。
「なっ…二人の魔力を結合させているのか?」
コウは、その術式の禍々しさに戦慄した。それは、個人の意志を完全に無視し、二人を一つの「使い捨ての爆弾」に変える、最悪に効率的な破壊工作だった。
「…サラ、下がれ。ここからは、俺も『不器用』なやり方はしていられない」
コウは、ボロボロになった右腕を無理やり持ち上げ、左腕の刻印を輝かせた。




