第2話 最悪の接触
王都から遠く離れた辺境の街道は、土埃が舞い、容赦のない太陽が照りつけていた。
コウ・ブリッドは、その道端で魔力を完全に使い果たし、倒れ伏していた。追放されてからの数日間、逃亡と戦闘を強いられ、彼の魔術師のローブは泥と血で汚れていた。ダウナー系の顔は土まみれで、瞳には光がなく、意識は既に霧の中に沈みかけている。
(こんな場所で……無様に死ぬ。これもまた、効率が悪い末路、か)
意識が薄れていく中、微かに人の気配を感じた。
目の前に現れたのは、質素な旅装に身を包んだ一人の女だった。地味な茶色の髪と、常に俯きがちな姿勢。全身から「ここにいてはいけない」と訴えるような自信のなさが滲み出ていた。
それが、サラ・ブレッドとの、最初の最悪の出会いだった。
コウが苦痛に呻き、わずかに身動ぎした瞬間、サラは過剰なまでに反応した。
「ひっ……! ご、ごめんなさい! 邪魔になってごめんなさい!」
サラは、魔術師のローブを着たコウが少し動いただけで、悲鳴に近い声を上げて後ずさった。王族に見捨てられ、実父に愚か者と追放された彼女は、誰かから少しでも怒りの感情を向けられると、反射的に謝罪の言葉が出るようになっていた。
「……うるさい」
コウはかすれたダウナーな声で一言だけ吐き捨てた。しかし、その虚ろな瞳の奥で、彼はサラの極端なまでの怯えと、控えめな仕草の中に、自分と同じく**「世界から否定された者」**の影を、冷たく認識した。
サラは怯えながらも、倒れているコウを放置できなかった。彼女は震える手で、自身の地味な治癒魔術を発動させる。光は弱く、派手さも華々しさも一切なかったが、それは確実にコウの魔力回路を修復していった。
その瞬間、コウの体内で異変が起きていた。サラの**《至高の調律》が、コウの魔力回路を静かに最高効率へと調整し始める。それは、コウの左腕に刻まれた《無限進化の刻印》**の封印を、そっと押し開く鍵となった。
魔力を注ぎ終えると、サラはふたたびオドオドと周囲を窺った。そして、旅装の袋から、布に包まれたおにぎりを一つ取り出した。それは彼女の残りの食料の最後の一つだった。
「ご、ご迷惑を…おかけしたお詫びに…」
サラは、コウが目を覚まさないよう、まるで気配を殺すかのように素早くおにぎりを彼の傍にそっと置いた。そして、振り返ることなく、慌ててその場から走り去っていった。
目覚めと、まさかの感想
どれほどの時間が経っただろうか。
コウは冷徹な頭で、魔力回路の回復を確認しながら、完全に意識を取り戻した。体は重いが、魔力は全回復していた。
(治癒魔術……? 効率の悪い、地味な魔術だったが、ここまで完全に回復させるとは。まるで、魔力回路そのものが新しくなったようだ)
コウは起き上がり、周囲を見渡した。誰もいない。
そして、視線を落とした先に、粗末な布に包まれたおにぎりが置かれているのを見つけた。
コウは凍り付いた。
「役立たず」と嘲笑され、見捨てられた自分に、誰かが食べ物を置いていった。しかも、そのおにぎりは、辺境の旅人が持てる最後の食料である可能性が高い。
(あの地味な女か。治癒魔術を施し、さらに食料まで……なぜ?この非効率的で無意味な善意が、理解できない)
コウはおにぎりを手に取り、静かにかぶりついた。
「……は?」
一噛みして、コウは思わず間抜けな声を出した。塩と米だけ。それだけなのに、極限状態だった体に、そのシンプルな味が稲妻のように染み渡る。
「え、何これ……めっちゃ、うめぇ」
ダウナーな表情が崩れるほど、シンプルな味の衝撃は強かった。冷たい塩味が、彼の腹ではなく、凍り付いた心を温めた。
彼は、サラの怯えと、その行動の裏にある純粋な優しさを結びつけた。




